3-12. デジタルコピーの限界

「レヴィア様! 服! 服!」

 俺が焦ってみんなの視線を遮ると。

「あ、忘れとったよ、てへ」

 そう言ってサリーを巻いた。そして、みんなを見回し……、

「おう、なんじゃ、楽しそうなことやっとるな。われも混ぜるのじゃ!」

 そう言って、ツカツカとテーブルに近づくと、エールの樽の上蓋をパーンと割って取り外すとそのまま樽ごと飲み始めた。

 ドラゴンの常軌を逸した振る舞いにみんな唖然あぜんとしている。

 俺は財布をアバドンに渡すと、

「ゴメン、酒と食べ物買えるだけ買ってきて!」

 と、拝むように頼んだ。


 レヴィアはそのまま一気飲みで樽を開けると、

「プハー! このエールは美味いのう」

 と、満足げな笑みを浮かべた。


 リリアンはおずおずと声をかける。

「ド、ドラゴン様……ですか?」

「そうじゃ、われがドラゴンじゃ。……、あー、お主はリリアン、お前のじいさまはまだ元気か?」

「は、はい、隠居はされてますが、まだ健在です」

「お主のじいさまは根性なしでのう、われがちょっと鍛えてやったら弱音はいて逃げ出しおった」

「えっ? 聞いているお話とは全然違うのですが……」

「あやつめ、都合のいい事ばかり抜かしおったな……」

 レヴィアはそう言いながらステーキの皿を取ると、そのまま全部口の中に流し込み、噛む事なく丸呑みした。

 そして、舌なめずりをすると、

「おぉ、美味いのう! シェフは肉料理を良く分かっておる!」

 と、上機嫌になった。丸呑みで味なんかわかるのだろうか?

「おい、ユータ! 酒はどうなった? あれで終わりか?」

「今、買いに行かせてます。もうしばらくお待ちください」

「用意が悪いのう……」

 渋い顔を見せるレヴィア。王女もレヴィアもいきなりやってきて好き放題言って、なんなんだろうか?

 リリアンがおずおずと声をかける。

「あのぅ、レヴィア様は可愛すぎてあまりドラゴンっぽくないのですが、なぜそんなに可愛らしいのでしょうか?」

「我はまだ四千歳じゃからの。ピチピチなんじゃ。後一万年くらいしたらお主のようにボイーンとなるんじゃ。キャハッ!」

「あ、龍のお姿にはならないんですか?」

「なんじゃ、見たいのか?」

 リリアンもドロシーもうなずいている。

 確かにこんなちんちくりんな小娘をドラゴンと言われても、普通は納得できない。

「龍の姿になったらこの建物吹っ飛ぶが、いいか?」

 俺にとんでもない事を聞いてくる。いい訳ないじゃないか。

「ぜひ、あの美しい神殿でレヴィア様の偉大なお姿を見せつけてあげてください」

 そう言って、開きっぱなしの空間の裂け目を指さした。

「お、そうか? じゃ、お主ら来るのじゃ」

 レヴィアはそう言うと、リリアンとドロシーの手を引っ張って空間の裂け目の向こうへと行った――――。

 直後、『ボン!』という変身音がして、

「キャ――――!!」「キャ――――!!」

 という悲鳴が裂け目の向こうから聞こえてきた。そして、

「グワッハッハッハ!!」

 という重低音の笑い声の直後、

『ゴォォォォ!』

 という何か恐ろしい実演の音が響いた。

「キャ――――!!」「キャ――――!!」

 また、響く悲鳴。

 そして、二人が逃げるように裂け目から出てきた。

 まるでテーマパークのアトラクションである。

 二人はお互い手をつなぎ合いながら、青い顔をして震える。

「レヴィア様の凄さがわかったろ?」

 俺が聞くと、二人とも無言でうなずいていた。


「我の偉大さに恐れ入ったか? キャハッ!」

 上機嫌で戻ってくるレヴィアだが、また全裸である。

「レヴィア様、服、服!」

 俺が急いで指摘すると、

「面倒くさいのう……」

 と、言いながらサリーをまとった。


「お待たせしましたー」

 アバドンがまた両手いっぱいに酒と料理を持ってきた。

「お、ありがとう」

 俺が隣に台を広げて、調達した物を並べてると、レヴィアはウイスキーのビンを一本取った。そして、逆さに持つと、指をビンの底の所でパチッと鳴らす。すると、底の部分がきれいに切り取られ、まるでワイングラスのようになった。そのまま飲み始めるレヴィア。

 ゴクゴクと一気飲みすると、

「プハー! 最高じゃな!」

 と、素敵な笑顔で笑った。

 ドラゴンはやることなすこと全部規格外で思わず笑ってしまう。

「カーッ! のどが渇くわい! チェイサー! チェイサー!」

 そう言いながらエールの樽のフタを『パカン!』と割って、また一気飲みしようとする。

「レヴィア様! ちょっとお待ちを! それ、我々も飲むので、シェアでお願いします」

「もう……ケチ臭いのう」

 レヴィアはそう言うと、両手を樽に置いたまま何か考え込んでブツブツ言いだした。

 すると、隣に『ボン!』といって、全く同じ樽が現れた。

「コピーしたからお主らはそれを飲むのじゃ」

 そう言って現れた樽を指さした。

「コ、コピー!?」

 俺が驚いていると、

「なぜお主が驚くんじゃ? なぜコピーできるか、お主なら知っておろう?」

「いや、まぁ、原理は分かってますよ、分かってますけど、初めて見たので……」

「ならいいじゃろ」

 そう言ってコピー元の樽を丸呑みしようとするレヴィア。

「ちょっとお待ちください」

「何じゃ?」

「我々がそっち飲んでもいいですか?」

「な、何を言うておる。デジタルコピーは寸分たがわず本物じゃぞ」

「なら、そっち飲んでもいいですよね?」

「いや、ほれ、気持ちの問題でな、コピーしたものを飲むのはちょっと風情に欠けるのじゃ……」

 バツが悪そうなレヴィア。

「折角なので飲み比べさせてください」

 俺がニッコリと提案する。

「仕方ないのう……」

 俺は交互に飲み比べた。

 確かに、コピーした物もちゃんとしたエールである。そこそこ美味い。でも、なぜかオリジナルの樽の方が味に奥行きがある気がするのだ。

「やはりオリジナルの方が美味いじゃないですか」

「なんでかのう?」

 レヴィアも理由は分からないらしい。以前、成分分析をしたそうだが違いは見つからなかったそうだ。

 でもまぁ酔っぱらってしまえば分からないくらいのささいな違いなので、気にせず、俺たちはコピー物を飲む事にした。ついでにレヴィアに料理やほかの酒もどんどんコピーしてもらって店内は飲食物でいっぱいになった。

 次々にコピーされる料理にリリアンたちは唖然あぜんとしている。


 俺はスクッと立ち上がると、

「偉大なるレヴィア様に感謝の乾杯をしたいと思いまーす!」

「うむ、皆の衆、お疲れじゃ! キャハッ!」

 レヴィアも上機嫌である。

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 俺たちはレヴィアの樽にマグカップをゴツゴツとぶつけた。

 こんな豪快な乾杯は生まれて初めてである。

 レヴィアは美味そうにオリジナルのエールの樽を一気飲みする。

「クフーッ! やはりオリジナルは美味いのう」

 そう言って目をつぶり、満足げに首を振った。数十リットルのエールがこの中学生体形のおなかのどこに消えるのか非常に謎であるが、まぁ、この世界はデータでできた世界。管理者権限を持つドラゴンにとっては何でもアリなのだろう。俺もいつか樽を一気飲みしてみたいと思った。

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