3-10. ドロシーの味方

 さて、帰ってきたぞ……。

 午前中、飛び立ったばかりの空き地なのに何だか久しぶりの様な少し遠い世界のような違和感があった。それだけ密度が濃い時間だったということだろう。

 俺はすっかり傷だらけで汚れ切った朱色のカヌーに駆け寄り、横たわるドロシーの様子を見た。

 ドロシーはスースーと寝息を立てて寝ている。

「はい、ドロシー、着いたよ」

「うぅん……」

 俺は優しくほほをなで、

「ドロシー、起きて」

 と、声をかけた。

 ドロシーはむっくりと起き上がり、

「あ、あれ? ド、ドラゴンは?」

 と、周りを見回す。そして、

「うーん……、夢だったのかなぁ……?」

 と、首をかしげる。

「ドラゴンはね、無事解決。ところで、今晩『お疲れ会』やろうと思うけどどう?」

 ドラゴンの話はちょっと難しいので今晩の予定に話しを振る。

「さすがユータね……。お疲れ会って?」

「仲間一人呼んで、美味しいもの食べよう」

 そろそろアバドンもねぎらってあげたいと思っていたのだ。ドロシーにも紹介しておいた方が良さそうだし。

「え? 仲間……? い、いいけど……誰……なの?」

 ちょっと警戒するドロシー。

「ドロシーが襲われた時に首輪を外してくれた男がいたろ?」

「あ、あのなんか……ピエロみたいな人?」

「そうそう、アバドンって言うんだ。彼もちょっと労ってやりたいんだよね」

「あ、そうね……助けて……もらったしね……」

 ドロシーは少し緊張しているようだ。

「大丈夫、気の良い奴なんだ。仲良くしてやって」

「う、うん……」

 俺はアバドンに連絡を取る。アバドンは大喜びで、エールとテイクアウトの料理を持ってきてくれるらしい。


        ◇


 日も暮れて明かりを点ける頃、ドロシーがお店に戻ってきた。

「こんばんは~」

 水浴びをしてきたようで、まだしっとりとした銀髪が新鮮に見える。

 俺はテーブルをふきながら、

「はい、座った座った! アバドンももうすぐ来るって」

 と言って、椅子を引いた。

「なんか……緊張しちゃうわ」

 ちょっと伏し目がちのドロシー。


カラン! カラン!

 タイミングよく、ドアが開く。

「はーい、皆さま、こんばんは~!」

 アバドンが両手に料理と飲み物満載して上機嫌でやってきた。

「うわー、こりゃ大変だ! ちょっとドロシーも手伝って!」

「う、うん」

 俺はアバドンの手からバスケットやら包みやらを取ってはドロシーに渡す。あっという間にテーブルは料理で埋め尽くされた。

「うわぁ! 凄いわ!」

 ドロシーはキラキラとした目で豪華なテーブルを見る。

 アバドンは

「ドロシーのあねさん、初めて挨拶させていただきます、アバドンです。以後お見知りおきを……」

 と、うやうやしく挨拶をする。

 ドロシーは赤くなりながら、

「あ、あの時は……ありがとう。これからもよろしくお願いします」

 そう言ってペコリと頭を下げた。

 俺は大きなマグカップに樽からエールを注いで二人に渡し、

「それでは、ドロシーとアバドン、二人の献身に感謝をこめ、乾杯!」

「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 俺はゴクゴクとエールを飲んだ。爽やかなのど越し、鼻に抜けてくるホップの香りが俺を幸せに包む。

「くぅぅ!」

 俺は目をつぶり、今日あったいろんなことを思い出しながら幸せに浸った。

「姐さんは今日はどちら行ってきたんですか?」

 アバドンがドロシーに話題を振る。

「え? 海行って~、クジラ見て~」

 ドロシーは嬉しそうに今日あった事を思い出す。

「クジラって何ですか?」

「あのね、すっごーい大きな海の生き物なの! このお店には入らないくらいのサイズよね、ユータ!」

「そうそう、海の巨大生物」

「へぇ~、そんな物見たこともありませんや」

「それがね、いきなりジャンプして、もうバッシャーンって!」

「うわ、そりゃビックリですね!」

 アバドンは両手を広げながら上手く盛り上げる。


「で、その後、帆船がね、巨大なタコに襲われてて……」

「巨大タコ!?」

 驚くアバドン。

「クラーケンだよ、知らない?」

「あー、噂には聞いたことありますが……、私、海行かないもので……」

「それをユータがね、バシュ!って真っ二つにしたのよ」

「さすが旦那様!」

「いやいや、照れるね……、カンパーイ!」

 俺は照れ隠しに乾杯に持っていく。

「カンパーイ!」「カンパーイ!」

「で、その後ね……ユータが指輪をくれたんだけど……」

 『ブフッ』っと吹き出す俺。

 ドロシーは右手の薬指の指輪をアバドンに見せる。

「お、薬指じゃないですか!」

 アバドンが盛り上げるように言う。

「ところが、ユータったら『太さが合う指にはめた』って言うのよ!」

 そう言ってふくれるドロシー。

「え――――! 旦那様、それはダメですよ!」

 アバドンはオーバーなリアクションしながら俺を責める。

「いや、だって、俺指輪なんてあげた事……ないもん……」

 そう言ってうなだれる。持ち上げられたと思ったらすぐにダメ出しされる俺……ひどい。

「あげた事なくても……ねぇ」

 アバドンはドロシーを見る。

「その位常識ですよねぇ」

 二人は見つめ合って俺をイジる。

「はいはい、私が悪うございました」

 そう言ってエールをグッと空けた。


「私、アバドンさんってもっと怖い方かと思ってました」

 酔ってちょっと赤い頬を見せながらドロシーが言う。

「私、ぜーんぜん! 怖くないですよ! ね、旦那様!」

 こっちに振るアバドン。確かに俺と奴隷契約してからこっち、かなりいい奴になっているのは事実だ。

「うん、まぁ、頼れる奴だよ」

「うふふ、これからもよろしくお願いしますねっ!」

 ドロシーは嬉しそうに笑う。

 その笑顔に触発されたか、アバドンはいきなり立ち上がって、

「はい! お任せください!」

 と、嬉しそうに答えると、俺の方を向いて、

「旦那様と姐さんが揉めたら私、姐さんの方につきますけどいいですか?」

 と、ニコニコと聞いてくる。

 俺は目をつぶり……

「まぁ、認めよう」

 と、渋い顔で返した。これで奴隷契約もドロシー関連だけは例外となってしまった。しかし、『ダメ』とも言えんしなぁ……。

 アバドンはニヤッと笑うと、

「旦那様に不満があったら何でも言ってください、私がバーンと解決しちゃいます!」

 そう言ってドロシーにアピールする。

「うふふ、味方が増えたわ」

 と、ドロシーは嬉しそうに微笑んだ。


 と、その時、急にアバドンが真顔になって入り口のドアを見た。

 俺も気配を察知し、眉をひそめながらドロシーに二階への階段を指さし、ドロシーを避難させる。

 俺はアバドンに階段を守らせると裏口から外へ出て屋根へと飛び、上から店の表をのぞいた。

 そこにはフードをかぶった小柄の怪しい人物が、店の内部をうかがっている姿があった。俺は勇者の手先だと思い、背後に飛び降りると同時に腕を取り、素早く背中に回して極めた。

「きゃぁ!」

 驚く不審者。

「何の用だ!?」

 と、言って顔を見ると……美しい顔立ち、それはリリアンだった。

 こんな街外れの寂れたところに夜間、王女がお忍びでやってくる……。もはや嫌な予感しかしない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る