3-9. 海王星の衝撃

 実際、彼女は美しかった。整った目鼻立ちにボーイッシュな笑顔、もう少し成長したらきっと相当な美人に育つに違いなかった。

「そうじゃろう、そうじゃろう、キャハッ!」


 『キャハッ!』? 俺はこの独特の笑い方に心当たりがあった。夢の中のドロシーが同じ笑い方をしていたのだ。

「もしかして……夢の中で話されてたのはレヴィア様でしたか?」

「ふふん、つまらぬことに悩んでるから正解を教えてやったのじゃ」

「ありがとうございます。でも……ふとももを触らせるのはマズいですよ」

「あれはお主の願望を発現させてやっただけじゃ」

「私の願望!?」

「さわさわしたかったんじゃろ?」

 無邪気に笑うレヴィア。

「いや、まぁ……、そのぉ……」

「ふふっ、われはお見通しなのじゃ」

 ドヤ顔のレヴィア。

「参りました……。で、おっしゃった正解とは、この世界も地球も全部コンピューターの作り出した世界ということなんですね?」

 俺は強引に話題を変える。

「そうじゃ。海王星にあるコンピューターが、今この瞬間もこの世界と地球を動かしているのじゃ。何か問題でもあるのか?」

 いきなり開示された驚くべき事実に俺は衝撃を受けた。具体的なコンピューター設備のこともこのドラゴンは知っているのだ。さらに、その設置場所がまた想像を絶する所だった。海王星というのは太陽系最果ての惑星。きわめて遠く、地球からは光の速度でも4時間はかかる。

「か、海王星!? なんでそんなところに?」

 俺は唖然あぜんとした。

「太陽系で一番冷たい所だったから……かのう? 知らんけど」

 レヴィアは興味なさげに適当に答える。

「では、今この瞬間も、私の身体もレヴィア様の身体も海王星で計算されて合成レンダリングされているってこと……なんですね?」

「そうじゃろうな。じゃが、それで困る事なんてあるんかの?」

「え!? こ、困る事……?」

 俺は必死に考えた。世界がリアルでないと困る事なんてあるのだろうか? そもそも俺は生まれてからずっと仮想現実空間に住んでいたわけで、リアルな世界など知らないのだ。熱帯魚が群れ泳ぐ海を泳ぎ、雄大なマンタの舞を堪能し、ドロシーの綺麗な銀髪が風でキラキラと煌めくのを見て、手にしっとりとなじむ柔らかな肌を感じる……。この世界に不服なんて全くないのだ。さらに、俺はメッチャ強くなったり空飛んだり、大変に楽しませてもらっている。むしろメリットだらけだろう。あるとすると、ヌチ・ギのような奴がのさばる事だろうか。管理者側の無双はタチが悪い。

「ヌチ・ギ……みたいな奴を止められないことくらいでしょうか……」

「あー、奴ね。あれは確かに困った存在じゃ……」

 レヴィアも腕を組んで首をひねる。

「レヴィア様のお力で何とかなりませんか?」

「それがなぁ……。奴とは相互不可侵条約を結んでいるんじゃ。何もできんのじゃよ」

 そう言って肩をすくめる。

「女の子がどんどんと食い物にされているのは、この世界の運用上も問題だと思います」

「まぁ……そうなんじゃが……。あ奴も昔はまじめにこの世界を変えていったんじゃ。魔法も魔物もダンジョンもあ奴の開発した物じゃ。それなりに良くできとるじゃろ?」

「それは確かに……凄いですね」

「最初は良かったんじゃ。街にも活気が出てな。じゃが、そのうち頭打ちになってしまってな。幾らいろんな機能を追加しても活気も増えなきゃ進歩もない社会になってしまったんじゃ」

「それで自暴自棄になって女の子漁りに走ってるってことですか?」

「そうなんじゃ」

「でも、そんなの許されないですよね?」

われもそうは思うんじゃが……」

「私からヴィーナ様にお伝えしてもいいですか?」

 レヴィアは目をつぶり、首を振る。

「お主……、ご学友だからと言ってあのお方を軽く見るでないぞ。こないだもある星がヴィーナ様によって消されたのじゃ」

「え!? 消された?」

「そうじゃ、一瞬で全部消された……それはもう跡形もなく……」

「え? なぜですか?」

「あのお方の理想に合致しない星はすぐに消され、また新たな別の星が作られるんじゃ。もし、お主の注進で、気分を害されたら……この星も終わりじゃ」

「そ、そんな……」

 俺は全身から血の気が引くのを感じた。この星が消されるということは、俺もドロシーもみんなも街も全部消されてしまう……そんな事になったら最悪だ。

「元気で発展しているうちはいい、じゃが……停滞してる星は危ない……」

「じゃぁここもヤバい?」

「そうなんじゃよ……。わしが手をこまねいてるのもそれが理由なんじゃ……。消されたら……、困るでのう……」

 俺は絶句した。

 美奈先輩の恐るべき世界支配に比べたら、ヌチ・ギのいたずらなんて可愛いものかもしれない。サークルでみんなと楽しそうに踊っていた先輩が、なぜそんな大量虐殺みたいなことに手を染めるのか、俺にはさっぱりわからなかった。


「そもそも、ヴィーナ様とはどんなお方なんですか?」

「神様の神様じゃよ。詳しくは言えんがな」

 神様とは『この星の製造者』って意味だろうが、単に製造者ではなく、そのまた神様だという……。一体どういう事だろうか……。


「ちと、しゃべり過ぎてしまったのう、もう、お帰り」

 レヴィアはそう言うと、指先で斜めに空中に線を引いた。すると、そこに空間の切れ目が浮かび、レヴィアはそれを両手でぐっと広げた。向こうを見ると、なんとそこは俺の店の裏の空き地だった。

 そして、レヴィアはドロシーが寝ているカヌーをそっと飛行魔法で持ち上げると、切れ目を通して空地に置いた。

「何か困ったことがあったらわれの名を呼ぶのじゃ。気が向いたら何とかしよう」

 レヴィアはそう言ってニッコリと笑った。

「頼りにしています!」

 俺はそう言うと切れ目に飛び込む……。

 そこは確かにいつもの空き地だった。宮崎にいたのに一歩で愛知……。確かに仮想現実空間というのはとても便利なものだな、と感心してしまった。

「では、達者でな!」

 そう言ってレヴィアは、俺に手を振りながら空間の切れ目を閉じていった。

「ありがとうございました!」

 俺は深々と頭を下げ、思慮深く慈愛に満ちたドラゴンに深く感謝をした。


 それにしても、この世界も地球も海王星で合成されているという話は、一体どう考えたらいいのか途方に暮れる。俺を産み出し、ドロシーやこの街を産み出し、運営してくれていることについては凄く感謝するが……、一体何のために? そして、活気がなくなったら容赦なく星ごと消すという美奈先輩の行動も良く分からない。

 謎を一つ解決するとさらに謎が増えるという、この世界の深さに俺は気が遠くなった。

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