3-4. 右手の薬指

「では、頼んだぞ!」

 俺はそう言うと、カヌーに魔力を込めた。


 カヌーはするすると加速し、また、バタバタと風を巻き込む音を立てながら海上を滑走した。

「ありがとうございました――――!」

 後ろで船員たちが手を振っている。

「ボンボヤージ!」

 ドロシーも手を振って応える。まぁ、向こうからは見えないんだが。


「人助けすると気持ちいいね!」

 俺はドロシーに笑いかける。

「助かってよかったわ。ユータって凄いのね!」

 ドロシーも嬉しそうに笑う。

「いやいや、ドロシーが見つけてくれたからだよ、俺一人だったら素通りだったもん」

「そう? 良かった……」

 ドロシーは少し照れて下を向いた。

「さて、そろそろ本格的に飛ぶからこの魔法の指輪つけて」

 俺は懐のポケットから『水中でもおぼれない魔法の指輪』を出した。

「ゆ、指輪!?」

 驚くドロシー。

「はい、受け取って!」

 俺が差し出すとドロシーは

「ユータがつけて!」

 そう言って両手を俺の前に出した。

「え? 俺が?」

「早くつけて!」

 ドロシーは両手のひらを開き、嬉しそうに催促する。

 俺は悩んでしまった。どの指につけていいかわからないのだ。

「え? どの指?」

「いいから早く!」

 ドロシーは教えてくれない……。

 中指にはちょっと入らないかもだから薬指?

 でも、確か……左手の薬指は結婚指輪だからつけちゃまずいはず?

 なら右手の薬指にでもつけておこう。

 俺は白くて細いドロシーの薬指にそっと指輪を通した。


「え?」

 ちょっと驚くドロシー。

「あれ? 何かマズかった?」

「うふふ……、ありがと……」

 そう言って真っ赤になってうつむいた。

「このサイズなら、薬指にピッタリだと思ったんだ」

「……、もしかして……指の太さで選んだの?」

「そうだけど……マズかった?」

 ドロシーは俺の背中をバシバシと叩き、

「知らない!」

 そう言ってふくれた。

「あれ? 結婚指輪って左手の薬指だよね?」

 俺が聞くと、ドロシーは俺の背中に顔をうずめ、

「ユータはね、ちょっと『常識』というものを学んだ方がいいわ……」

 と、すねた。

「ゴメン、ゴメン、じゃぁ外すよ……」

 そう言ったらまた背中をバシバシと叩き、

「ユータのバカ! もう、信じらんない!」

 と言って怒った。前世含めて、女性と付き合った経験のない俺に乙女心は難しい……。

 俺は何だか良く分からないまま平謝りに謝った。

 どこまでも続く水平線を見ながら、

『帰ったら誰かに教えてもらおう。こんな時スマホがあればなぁ……』

 と、情けない事を考えた。


        ◇


 さらにしばらく海面をすべるように行くと、断崖絶壁の上に立つ灯台が見えてきた。本州最南端、潮岬だ。灯台は石造りの立派な建築で、吹き付ける潮風の中、威風堂々と海の安全を守っている。

 潮岬を超えたら少し右に進路を変え、四国の南をかすめながら宮崎を目指そう。


「うわー! あれ、灯台よね?」

 ドロシーは初めて見る灯台に興奮気味だ。機嫌が直ってきたようでホッとする。

「よし、灯台見物だ!」

 俺は灯台の方向にかじを切る。徐々に近づいてくる灯台……。

「しっかりつかまっててよ!」

「えっ!? ちょっと待って!」

 ギリギリまで近づくと俺は高度を一気に上げ、断崖絶壁をスレスレにかすめる。生えていた草がパシパシっとシールドを叩く。

 そして、ぐっと大きく迫ってくる灯台のすぐ横を飛んだ。

 視野を大きく灯台の石壁が横切る。

「きゃぁ!」

 俺にしがみつくドロシー。


 ドン!


 カヌーが引き起こす後方乱気流が灯台にぶつかって鈍い音を放つ。


「ははは、大丈夫だよ」

「もぉ……」

 ドロシーは俺の背中をパンと叩き、振りむいて、ぐんぐんと小さくなっていく灯台を眺めた。

「なんだかすごいわ……。ユータは大魔導士なの?」

「大魔導士であり、剣聖であり、格闘家……かな?」

 俺はニヤッと笑う。

「何よそれ、全部じゃない……」

「すごいだろ?」

 俺がドヤ顔でそう言うと……

「すごすぎるのも……何だか怖いわ……」

 そう言って、俺の背中に顔をうずめた。

 確かに『大いなる力は大いなる責任を伴う』という言葉もある。武闘会で勇者叩きのめしちゃったらもう街には居られないだろう。

 リリアンの騎士にでもなれば居場所はできるだろうけど、そんな生き方も嫌だしなぁ……。

 俺はぽっかりと浮かんだ雲たちをスレスレでよけながら高度を上げ、遠くに見えてきた四国を見つめた。

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