3-3. タコ刺し一丁

 バババババ……

 新幹線並みの速度で海面スレスレを爆走する。シールドのすそから風をばたつかせる音が響く。


 日差しが海面をキラキラと彩り、どこまでも続く水平線が俺たちのホリディを祝福している。

「ふふふっ、何だか素敵ね!」

 ドロシーはすっかり行楽気分だ。

 俺も仕事ばかりでここのところ休みらしい休みはとっていなかった。今日はじっくりと満喫したいと思う。


「あ、あれは何かしら!」

 ドロシーがまた何か見つけた。

 遠くに何かが動いている……。俺はすかさず鑑定をした。



キャラック船 西方商会所属

西洋式帆船 排水量 千トン、全長五十二メートル



「帆船だ! 貨物を運んでいるらしいよ」

「へぇ! 帆船なんて初めて見るわ!」

 ドロシーは嬉しそうに徐々に大きくなってきた帆船を眺める……。

 だが、急にまゆをひそめた。

「あれ……? 何かおかしいわよ」

 ドロシーが帆船を指さす。

 よく見ると、帆船に何か大きなものがくっついているようだ。鑑定をしてみると……、




クラーケン レア度:★★★★★

魔物 レベル280



「うわっ! 魔物に襲われてる!」

「え――――っ!」


 俺は帆船の方にかじを切り、急行する。

 近づいていくと、クラーケンの恐るべき攻撃の全貌が明らかになってきた。二十メートルはあろうかという巨体から伸ばされる太い触手が次々とマストに絡みつき、船を転覆させようと引っ張っている。船は大きく傾き、船員が矢を射ったり、触手に剣で切りつけたり奮闘しているものの、全く効いてなさそうだ。


「ユータ! どうしよう!?」

 ドロシーは自分のことのように胸を痛め、悲痛な声を出す。ドロシーにそう言われちゃうと助けない訳にはいかない。

「イッチョ、助けてやりますか!」

 俺はクラーケンに近づくと、飛行魔法を思いっきりかけてやった。

 クラーケンの巨体は海からズルズルと引き出され、徐々に上空へと引っ張られていく。ヌメヌメとうごめくクラーケンの体表は、陽の光を受けて白くなったり茶色になったり、目まぐるしく色を変えた。

「いやぁ! 気持ち悪い!」

 ドロシーはそう叫んで俺の後ろに隠れる。

 クラーケンは「ぐおぉぉぉ!」と重低音の叫びをあげ、触手をブンブン振り回しながら抵抗するが、俺はお構いなしにどんどん魔力を上げていく……。

 何が起こったのかと呆然ぼうぜんとする船員たち……。

 ついにはクラーケンは巨大な熱気球のように完全に宙に浮きあがり、船のマストにつかまっている触手でかろうじて飛ばされずにすんでいた。

 ★5の凶悪な海の魔物もこうなってしまえば形無しである。と、思っていたらクラーケンは辺り一面にスミを吐き始めた。

 まるで雨のように降り注ぐスミ、カヌーにもバシバシ降ってくる。さらに、スミは硫酸のように当たったところを溶かしていく。

 「うわぁ!」「キャ――――!!」

 多くはシールドで防げたものの、カヌーの後ろの方はスミに汚され、あちこち溶けてしまった。


「あぁ! 新品のカヌーが――――!!」

 頭を抱える俺。

 ものすごく頭にきた俺はクラーケンをにらむと、

「くらえ! エアスラッシュ!」

 そう叫んで、全力の風魔法をクラーケンに向けて放ってやった。

 風の刃が空気を切り裂きながら音速でクラーケンの身体に食い込み……、


 バシュッ!


 派手な音を立てて真っ二つに切り裂いた。

「ざまぁみろ! タコ刺し、一丁!」

 俺は大人げなく叫んだ。

 無残に切り裂かれたクラーケンは徐々に薄くなり……最後は霧になって消えていった。水色に光る魔石がキラキラと輝きながら落ちてくるので、俺はすかさず拾う。


「倒した……の?」

 ドロシーはそっと俺の肩の上に顔を出し、聞いてくる。

「一発だったよ。どう? 強いだろ俺?」

 俺は美しい輝きを放つ魔石を見せながら、ドヤ顔でドロシーを見る。

「うわぁ……、綺麗……。ユータ……もう、言葉にならないわ……」

 ドロシーは圧倒され、軽く首を振った。


「大魔導士様! おられますか? ありがとうございます!」

 船から声がかかる。船長の様だ。

 隠ぺい魔法をかけているから、こちらの事は見えないはずだが、シールドに浴びたスミは誤算だった。スミは見えてしまっているかもしれない。

「あー、無事で何よりじゃったのう……」

 俺は頑張って低い声を出し、答えた。

「このご恩は忘れません。何かお礼の品をお贈りしたいのですが……」

 俺は浮かれてドロシーに聞く。

「お礼だって、何欲しい? 宝石とかもらう?」

 ドロシーは少し考えると、

「私は……特に欲しい物なんてないわ。それより、孤児院の子供たちに美味しい物をお腹いっぱい食べさせてあげたいわ……」

 と、俺を見つめて言った。俺は欲にまみれた俺の発想を反省し、

「そうだよ、そうだよな……」

 と、言いながら目をつぶってうなずく。

 パサパサでカチカチのパンしか無く、それでも大切に食べていた孤児院時代を思い出す。後輩にはもうちょっといいものを食べさせてあげる……それが先輩の責務だと思った。

 そして、軽く咳払いし、言った。

「あー、クラーケンの魔石はもらったので、ワシはこれで十分。ただ、良ければアンジューの孤児院の子供たちに、美味しい物をお腹いっぱい食べさせてあげてくれんかの?」

 船長はそれを聞くと、

「アンジューの孤児院! なるほど……、分かりました! さすが大魔導士様! 私、感服いたしました。美味しい料理、ドーンと届けさせていただきます!」

 そう言って、嬉しそうにほほ笑んだ。

 やはり、恵まれない子供たちに対する支援というのは人の心を動かすらしい。

 孤児のみんなが大騒ぎする食堂を思い浮かべながら、俺も今度、何か持って行こうと思った。

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