3-5. マッハを超えるカヌー

 俺はグングンと速度を上げ、さらに高い空を目指す。

「これより、当カヌーは超音速飛行に入りま~す。ご注意くださ~い!」

「え? 超音速って……何?」

 ドロシーがバタつく銀色の髪を押さえながら、不安そうに聞いてくる。

「音が伝わる速さを超えるって事だよ、とんでもない速度で飛ぶって事」

「もっと速くなるの!? 音より速い!? なんなのそれ!?」

 ドロシーがまん丸い目をして俺を見る。

「しっかりつかまっててよ!」

 俺はそう言うと注入魔力をグンと増やした。

 カヌーはビリビリと震えながら速度を上げていく。表示速度もガンガン上がっていく。


対地速度 500km/h

  :

対地速度 600km/h

  :

対地速度 700km/h


 どんどんと上がっていく速度。さらに高度を上げていく。

 雲のすき間をぬって飛んでいくが、大きな雲が立ちふさがった。


「雲を抜けるよ、気を付けて!」

「く、雲!?」

 いきなり視界がグレー一色になる。

「きゃぁ!」

 俺にしがみつくドロシー。

 雲の中に突っ込んだのだ。

 俺は構わずさらに速度と高度を上げていく。


対地速度 800km/h

  :

対地速度 900km/h


 ジェット旅客機の速度に達し、船体がグォングォンとこもった音を響かせ始める。

 すると急に視界が開けた。

 真っ青な青空に燦燦さんさんと照り付ける太陽、雲の上に出たのだ。

「ヒャッハー!」

 俺は思わず叫んだ。

「すごーい……」

 ドロシーは初めて見る雲の上の景色に圧倒される。

「ここが雲の上だよ」

「なんて神秘的なのかしら……」

 ドロシーは雲と空しかない風景にしばし絶句していた。


 その間にも速度はぐんぐんと上がる。


対地速度 1000km/h

  :

対地速度 1100km/h

  :

対地速度 1200km/h

  :


 カヌーの周りにドーナツ状の霧がまとわりつく。亜音速に達したのだ、いよいよ来るぞ……。


 ドゥン!


 激しい衝撃音が響き、カヌーが大きく揺れる。ついに音速を超えたのだ。

「キャ――――!!」

 ドロシーが叫ぶ。


 俺は

「Yeah――――!!」

 と、叫び、さらに魔力を上げた。


対地速度 M1.1

  :

対地速度 M1.2

  :

対地速度 M1.3

  :


 速度表示がマッハ(M)に変わり、どんどん増えていく。

 音速を超えるとシールドにぶつかってくる空気は逃げられない。がったシールドの先端では圧縮された空気が衝撃波を作り、周りに広がっていく。この衝撃波は強力で、遠く離れていても窓ガラスを割る事もあるらしいので、なるべく海上を飛んでいく。


 ギュゥゥゥ――――!

 カヌーからきしむ音が響く。ピカピカの朱色のカヌーは今、超音速飛行船となって空の上高く爆走しているのだ。カヌーを作ったおじさんにこの光景を見せたら、きっとぶったまげるだろうな……。俺はそんな事を思いながらニヤッと笑った。


 雲の合間に四国の先端、室戸岬を確認できる頃にはマッハ3に達していた。そこから宮崎まで約5分、さらに南下して種子島・屋久島を抜け、奄美大島まで5分。戦闘機レベルの高速巡行は気持ちいいくらいに風景を塗り替えていく。

 空から見る奄美大島はサンゴ礁に囲まれ、淡い青緑色の蛍光色に縁どられて浮いて見える。この世界は文明があまり発達していないから環境汚染もないだろう。まさに手付かずの美しい自然、ありのままの姿なのだ。

 ドロシーにも見てもらおうと後ろを見たら……、俺にしがみついたまま動かなくなっている。

「ドロシー?」

 声をかけても返事がない。

「うぅん……」

 どうやら眠いようだ。

「もう少しで着くからね」

 俺は優しくそう声をかけた。


 沖縄列島の島々を次々と見ながら南西に飛び、10分程度するとヒョロッと長い半島が突き出た独特の島、石垣島が見えてきた。俺は学生時代、一か月ほど石垣島で民宿のアルバイトをやったことがあった。石垣島の人たちは温かく、優しく、ちょっとひねくれていた学生時代の俺をまるで自分の子供のように扱ってくれた。暇なときは海に潜って遊び、夜は満天の星空を見ながらオリオンビールでいつまでも乾杯を繰り返した。それは今でも大切な記憶として俺の中では宝になっている。

 はるばるやってきた懐かしの島が徐々に大きくなっていく。


 俺は速度と高度を落としながら石垣島の様子を観察する。サンゴ礁に囲まれた美しい楽園、石垣島。その澄みとおる海、真っ白なサンゴ礁の砂浜の美しさは俺が訪れていた時よりもずっと輝いて見えた。

 一通り島を回ってみたが、誰も住んでいないし魔物がいる形跡もない。手つかずの無人島の様だ。

「ドロシー、着いたよ!」

 俺はドロシーを起こす。

「う?」

 ドロシーは目をこすりながら周りを見回し……

「うわぁ!」

 と、歓声を上げた。

「ようこそ石垣島へ」

 俺はドヤ顔でドロシーを見つめる。

「すごい! すごーい!」

 エメラルド色に輝く海、それはドロシーが想像もしたこともない、まさに南国の楽園だった。

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