3-2. クジラの挨拶

「これより当カヌーは石垣島目指して加速いたします。危険ですのでしっかりとシートベルトを確認してくださ~い」

「はいはい、シートベルト……ヨシッ!」

 ドロシーは可愛い声で安全確認。

 俺はステータス画面を出し、

「燃料……ヨシッ! パイロットの健康……ヨシッ!」

 そしてドロシーを鑑定して……、

「お客様……あれ? もしかしてお腹すいてる?」

 HPが少し下がっているのを見つけたのだ。

「えへへ……。ちょっとダイエット……してるんだ」

 ドロシーは恥ずかしそうに下を向く。

「ダメダメ! 今日はしっかり栄養付けて!」

 俺は足元の荷物からおやつ用のクッキーとお茶を取り出すと、ドロシーに渡した。

「ありがと!」

 ドロシーは照れ笑いをし、クッキーをポリっと一口かじる。

 そよ風になびく銀髪が陽の光を反射してキラキラと輝く。

「うふっ、美味しいわ! 景色がきれいだと何倍も美味しくなるのね」

 とても幸せそうな顔をした。

 

 ドロシーがクッキーを食べている間、ゆっくりと街の上を飛び、城壁を越え、麦畑の上に出てきた。

 どこまでも続く金色の麦畑、風が作るウェーブがサーっと走っていく。そして、大きくカーブを描く川に反射する陽の光……、いつか見たゴッホの油絵を思い出し、しばし見入ってしまった。

「美味しかったわ、ありがと! 行きましょ!」

 ドロシーが抱き着いてくる。

 俺は押し当てられる胸に、つい意識がいってしまうのをイカンイカンとふり払い、

「それでは行くよ~!」

 と、言った。

 防御魔法でカヌーに風よけのシールドを張る。この日のために高速飛行にも耐えられるような円すい状のシールドを開発したのだ。石垣島までは千数百キロ、ちんたら飛んでたら何時間もかかってしまう。やはり音速を超えて一気に行くのだ。


 俺は一気に魔力を高めた。急加速するカヌー。

「きゃあ!」

 後ろから声が上がる。

 カヌーを鑑定すると対地速度が表示されている。ぐんぐんと速度は上がり、十秒程度で時速三百キロを超えた。

 景色が飛ぶように流れていく。

「すごい! すご~い!」

 耳元でドロシーが叫ぶ。

 しばらくこの新幹線レベルの速度で巡行し、観光しながらドロシーに慣れてもらおうと思う。

 俺はコンパスを見ながら川沿いに海を目指す。


      ◇


 しばらく行くと海が見えてきた。

「これが海だよ、広いだろ?」

 俺は後ろを向いて声をかける。

 すると、ドロシーは身を乗り出して俺の肩の上で黄色い声で叫んだ。

「すご~い!!」

 もはや「すごい」しか言えなくなっている。

 俺は、目をキラキラと輝かせながら海を眺めるドロシーを見て、つれてきて良かったと思った。


 それにしても、日本だったらこの辺に中部国際空港の人工島があるはずなのだが……、見えない。単純に地球をコピーしたわけではなさそうだ。


 俺は海面スレスレまで降りてきてカヌーを飛ばした。新幹線の速度でかっ飛んでいく朱色のカヌーは、海面に後方乱気流による航跡を残しながら南西を目指す。


 ドロシーは初めて見る水平線をじーっと眺め、何か物思いにふけっていた。

 どこまでも続く青い水平線……、18年間ずっと城壁の中で暮らしてきたドロシーには、きっと感慨深いものがあるのだろう。


「あ、あれ何かしら?」

 ドロシーが沖を指さす。

 見ると何やら白い煙が上がっている……。

 鑑定をしてみると、



マッコウクジラ  レア度:★★★

ハクジラ類の中で最も大きく、歯のある動物では世界最大



 と、出た。

「クジラだね、海にすむデカい生き物だよ」

「え、そんなのがいるの?」

 ドロシーは聞いたこともなかったらしい。

 俺は速度を落とし、クジラの方に進路をとった。


 近づいていくと、長く巨大なマッコウクジラの巨体が悠然ゆうぜんと泳いでいるのが見えた。その長さはゆうに十メートルを超えている。デカい。そばに小型のクジラが寄り添っている。多分、子供だろう。


「うわぁ! 大きい!」

 嬉しそうにクジラを見つめるドロシー。

「歯がある生き物では世界最大なんだって」

「ふぅん……あっ、潜り始めたわよ」

 クジラはゆったりと潜っていく……

「どこまで潜るのかしら?」

「さぁ……、深海でデカいイカを食べてるって聞いたことあるけど……」

 などと話をしていると、急にクジラが急上昇を始めた。

「え? まさか……」

 クジラはものすごい速度で海面を目指してくる。

「え、ちょっと、ヤバいかも!?」

 クジラはそのまま空中にジャンプをした。二十トンはあろうかと言う巨体がすぐ目の前で宙を舞う。巨大なヒレを大きく空に伸ばし、水しぶきを陽の光でキラキラと輝かせながらその美しい巨体は華麗なダンスを披露した。

「おぉぉぉ……」「うわぁ……」

 見入る二人……。


 そのまま背中から海面に落ちていくクジラ……。


 ズッバーン!

 ものすごい轟音が響き、多量の海水が巻き上げられた。海水がまともにカヌーを襲って大きく揺れる。

「キャ――――!!」

 俺にしがみついて叫ぶドロシー。

 シールドは激しく海水に洗われ、向こうが見えなくなった。シールドがなかったら危なかったかもしれない。

「はっはっは!」

 俺は思わず笑ってしまう。

「笑い事じゃないわよ!」

 ドロシーは怒るが、俺はなぜかとても楽しかった。

「クジラはもういいわ! バイバイ!」

 ドロシーは驚かされてちょっとご機嫌斜めだ。

「ハイハイ、それでは当カヌーは再度石垣島を目指します!」

 俺はそう言うとコンパスを見て南西を目指し、加速させた。


 ブシュ――――!

 後ろでクジラが潮を吹いた。まるで挨拶をしているみたいだった。

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