3章 真実への旅

3-1. 空飛ぶ夢のカヌー

「あの人、なんなの!?」

 ドロシーはひどく腹を立てて俺をにらむ。

「王女様だよ。この国のお姫様」

 俺は肩をすくめて答える。

「お、お、王女様!?」

 目を真ん丸くしてビックリするドロシー。

「なんだか武闘会に出て欲しいんだって」

「出るって言っちゃったの!?」

「なりゆきでね……」

「そんな……、出たら殺されちゃうかもしれないのよ!」

「そこは大丈夫なんだ。ただ……、ちょっと揉めちゃうかもなぁ……」

「断れなかったの?」

「ドロシーの安全にもかかわる事なんだ、仕方ないんだよ」

 俺はそう言って、諭すようにドロシーの目を見た。

 ハッとするドロシー。

「ご、ごめんなさい……」

 うつむいて、か細い声を出す。

「いやいや、ドロシーが謝るような事じゃないよ!」

「私……ユータの足引っ張ってばかりだわ……」

「そんな事ないよ、俺はドロシーにいっぱい、いっぱい助けられているんだから」

「うぅぅ……どうしよう……」

 ポトリと涙が落ちた。

 俺はゆっくりドロシーをハグする。

「ごめんなさい……うっうっうっ……」

 俺は優しく背中をトントンと叩いた。

 店内にはドロシーのすすり泣く音が響いた。

「ドロシー、あのな……」

 俺は自分の事を少し話そうと思った。

「……。うん……」

「俺、実はすっごく強いんだ」

「……」

「だから、勇者と戦っても、王様が怒っても、死んだりすることはないんだ」

「……」

 いきなりのカミングアウトに、ドロシーは理解できてない感じだった。

「……、本当……?」

 ドロシーは涙でいっぱいにした目で俺を見つめた。

「本当さ、安心してていいよ」

 俺はそう言って優しく髪をなでた。

「でも……、ユータが戦った話なんて聞いた事ないわよ、私……」

「この前、勇者にムチ打たれても平気だったろ?」

 俺はニヤッと笑った。

「あれは魔法の服だって……」

「そんな物ないよ。あれは方便だ。勇者の攻撃なんていくら食らっても俺には全く効かないんだ」

「えっ!? それじゃあ勇者様より強い……って事?」

「もう圧倒的に強いね」

 俺はドヤ顔で笑った。

 ドロシーは唖然あぜんとして口を開けたまま言葉を失っている。

「あ、今日はもう店閉めて海にでも行こうか? なんか仕事する気にならないし……」

 俺はニッコリと笑って提案する。

 ドロシーは呆然ぼうぜんとしたまま、ゆっくりとうなずいた。


       ◇


 俺はランチのセットを準備し、ドロシーは水着に着替えてもらった。

 短パンに黒いTシャツ姿になったドロシーに、俺は日焼け止めを塗る。白いすべすべの素肌はしっとりと手になじむほど柔らかく、温かかった。

「で、どうやって行くの?」

 ドロシーがウキウキしながら聞いてくる。

 俺は、用意しておいた防寒着を渡し、

「裏の空き地から行きまーす」

 そう言って裏口を指さした。


       ◇


 俺は店の裏の空き地のすみに置いてあったカヌーのカバーをはがした。

「この、カヌーで行きまーす!」

 買ってきたばかりのピカピカのカヌー。朱色に塗られた船体はまだ傷一つついていない。

「え? でも、ここから川まで遠いわよ?」

 どういうことか理解できないドロシー。

 俺は荷物をカヌーに積み込み、前方に乗り込むと、

「いいから、いいから、はい乗って!」

 そう言って、後ろの座布団をパンパンと叩いた。

 首をかしげながら乗り込むドロシー。

 俺は怪訝けげんそうな顔のドロシーを見ながらCAの口調で言った。

「本日は『星多き空』特別カヌーへご乗船ありがとうございます。これより当カヌーは離陸いたします。しっかりとシートベルトを締め、前の人につかまってくださ~い」

「シートベルトって?」

「あー、そこのヒモのベルトを腰に回してカチッとはめて」

「あ、はいはい」

 器用にベルトを締めるドロシー。

「しっかりとつかまっててよ!」

「分かったわ!」

 そう言ってドロシーは俺にギュッとしがみついた。ふくよかな胸がムニュッと押し当てられる。

「あ、そんなに力いっぱいしがみつかなくても大丈夫……だからね?」

「うふふ、いいじゃない、早くいきましょうよ!」

 嬉しそうに微笑むドロシー。

「当カヌーはこれより離陸いたします」

 俺は隠ぺい魔法と飛行魔法をかけ、徐々に魔力を注入していった……。

 ふわりと浮かび上がるカヌー。

「えっ!? えっ!? 本当に飛んだわ!」

 驚くドロシー。

「何だよ、冗談だと思ってたの?」

「こんな魔法なんて聞いたことないもの……」

「まだまだ、驚くのはこれからだよ!」

 俺はそう言って魔力を徐々に上げていった。

 カヌーは加速度的に上空へと浮かび上がり、建物の屋根をこえるとゆっくりと回頭して南西を向いた。

「うわぁ! すごい、すご~い!」

 ドロシーが耳元で歓声を上げる。

 上空からの風景は、いつもの街も全く違う様相を見せる。陽の光を浴びた屋根瓦はキラキラと光り、煙突からは湯気が上がってくる。

「あ、孤児院の屋根、壊れてるわ! あそこから雨漏りしてるのよ!」 

 ドロシーが目ざとく、屋根瓦が欠けているのを見つけて指さす。

「本当だ、後で直しておくよ」

「ふふっ、ユータは頼りになるわ……」

 そう言って俺をぎゅっと抱きしめた。

 ドロシーのしっとりとしたほほが俺のほほにふれ、俺はドギマギしてしまう。


 高度は徐々に上がり、街が徐々に小さくなっていく。

「うわぁ~、まるで街がオモチャみたいだわ……」

 気持ちよい風に銀色の髪を躍らせながら、ドロシーが嬉しそうに言う。

 石造りの建物が王宮を中心として放射状に建ち並ぶ美しい街は、午前中の澄んだ空気をまとって一つの芸術品のように見える。ちょうどポッカリと浮かぶ雲が影を作り、ゆったりと動きながら陰影を素敵に演出していた。

「綺麗だわ……」

 ドロシーはウットリとしながら街を眺める。

 俺はそんなドロシーを見ながら、これから始まる小旅行にワクワクが止まらなかった。

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