2-12. 王女からの依頼

 翌日、久しぶりに店を開け、掃除をしているとドアが開いた。


 カラン! カラン!

 女の子と初老の紳士が入ってきた。


「いらっしゃいませ」

 明らかに冒険者とは違うお客に嫌な予感がする。

 女の子はワインレッドと純白のワンピースを着こみ、金髪を綺麗に編み込んで、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。鑑定をしてみると……、



リリアン=オディル・ブランザ 王女

王族 レベル12



 なんとお姫様だった。

 リリアンは俺を見るとニコッと笑い、胸を張ってカツカツとヒールを鳴らし近づいてくる。

 整った目鼻立ちに透き通る肌、うわさにたがわない美貌に俺はドキッとしてしまう。

 俺は一つ深呼吸をすると、ひざまずいて言った。

「これは王女様、こんなむさくるしい所へどういったご用件でしょうか?」

 リリアンはニヤッと笑って言った。

「そんなかしこまらないでくれる? あなたがユータ?」

「はい」

「あなた……私の騎士ナイトになってくれないかしら?」

 いきなり王女からヘッドハントを受ける俺。あまりの事に混乱してしまう。

「え? わ、私が騎士ナイト……ですか? 私はただの商人ですよ?」

「そういうのはいいわ。私、見ちゃったの。あなたが倉庫で倒した男、あれ、勇者に次ぐくらい強いのよ。それを瞬殺できるって事はあなた、勇者と同等……いや、勇者よりも強いはずよ」

 リリアンは嬉しそうに言う。

 バレてしまった……。

 俺は、苦虫を噛み潰したような顔をしてリリアンを見つめた。


騎士ナイトなら貴族階級に入れるわ、贅沢もできるわよ。いい事づくめじゃない!」

 無邪気にメリットを強調するリリアン。平穏な暮らしにずかずかと入ってくる貴族たちには本当にうんざりする。

「うーん、私はそう言うの興味ないんです。素朴にこうやって商人やって暮らしたいのです」

「ふーん、あなた、孤児院出身よね? 孤児院って王国からの助成で運営してるって知ってる?」

 リリアンは意地悪な顔をして言う。

 孤児院を盾に脅迫とは許しがたい。

「孤児院は関係ないですよね? そもそも、私が勇者より強いとしたら、王国など私一人でひっくり返せるって思わないんですか?」

 俺はそう言いながらリリアンをにらんだ。つい、無意識に「威圧」の魔法を使ってしまったかもしれない。

「あ、いや、孤児院に圧力かけようって訳じゃなくって……そ、そう、もっと助成増やせるかも知れないわねって話よ?」

 リリアンは気おされ、あわてて言う。

「増やしてくれるのは歓迎です。孤児院はいつも苦しいので。ただ、騎士ナイトの件はお断りします。そういうの性に合わないので」

 この世界で貴族は特権階級。確かに魅力的ではあるが、それは同時に貴族間の権力争いの波に揉まれる事でもある。そんなのはちょっと勘弁して欲しい。


「うーん……」

 リリアンは腕を組んでしばらく考え込む。

「分かったわ、こうしましょう。あなた勇者ぶっ飛ばしたいでしょ? 私もそうなの。舞台を整えるから、ぶっ飛ばしてくれないかしら?」

 どうやら俺が勇者と揉めている事はすでに調査済みのようだ。

「なぜ……、王女様が勇者をぶっ飛ばしたいのですか?」

「あいつキモいくせに結婚迫ってくるのよ。パパも勇者と血縁関係持ちたくて結婚させようとしてくるの。もう本当に最悪。もし、あなたが勇者ぶっ飛ばしてくれたら結婚話は流れると思うのよね。『弱い人と結婚なんてできません!』って言えるから」

 なるほど、政略結婚をぶち壊したいという事らしい。

「そう言うのであればご協力できるかと。もちろん、孤児院の助成強化はお願いしますよ」

 俺はニコッと笑って言った。行方も知れない勇者と対決できる機会を用意してくれて、孤児院の支援もできるなら断る理由はない。

「うふふ、ありがと! 来月にね、武闘会があるの。私、そこでの優勝者と結婚するように仕組まれてるんだけど、決勝で勇者ぶちのめしてくれる? もちろんシード権も設定させるわ」

 リリアンは嬉しそうにキラキラとした目で俺を見る。長いまつげにクリッとしたアンバー色の瞳、さすが王女様、美しい。

「分かりました。孤児院の助成倍増、建物のリフォームをお約束していただけるなら参加しましょう」

「やったぁ!」

 リリアンは両手でこぶしを握り、可愛いガッツポーズをする。


「でも、手加減できないので勇者を殺しちゃうかもしれませんよ?」

「武闘会なのだから偶発的に死んじゃうのは……仕方ないわ。ただ、とどめを刺すような事は止めてね」

「心がけます」

 俺はニヤッと笑った。

「良かった! これであんな奴と結婚しなくてよくなるわ! ありがとう!」

 リリアンはそう言って俺にハグをしてきた。ブワっとベルガモットの香りに包まれて、俺は面食らった。


 トントントン

 ドロシーが二階から降りてくる。なんと間の悪い……。

 絶世の美女と抱き合っている俺を見て、固まるドロシー。

「ど、どなた?」

 ドロシーの周りに闇のオーラが湧くように見えた。


 リリアンは俺から離れ、

「あら、助けてもらってた孤児の人ね。あなたにはユータはもったいない……かも……ね」

 そう言いながらドロシーをジロジロと見回した。

「そ、それはどういう……」

「ふふっ! 冗談よ! じゃ、ユータ、詳細はまた後でね!」

 そう言って俺に軽く手を振り、出口へとカツカツと歩き出した。

 唖然あぜんとしながらリリアンを目で追うドロシー。


 リリアンは出口で振り返り、ドロシーをキッとにらむと、

「やっぱり、冗談じゃない……かも」

 そう言ってドロシーと火花を散らした。

 そして、

「バトラー、帰るわよ!」

 そう言って去っていった。

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