2-6. 月が示す真実
俺はドロシーをベッドに横たえ、身体を少し起こし、ポーションをスプーンで少しずつドロシーに飲ませる。
「う、うぅん……」
最初はなかなか上手くいかなかったが、徐々に飲んでくれるようになった。鑑定してみると少しずつHPは上がっていってるのでホッとした。
俺はポーションを飲ませながら、伝わってくるドロシーの温かい体温を受けて、心の底から愛おしさが湧き上がってくるのを感じていた。
整った目鼻立ちに紅いくちびる……、綺麗だ……。もはや、少女ではない事に気づかされる。幼いころからずっと一緒だった俺は、彼女にはどこか幼女だったころのイメージを重ねていたが、改めて見たらもうすっかり大人の女性なのだった。
HPも十分に上がったのでもう大丈夫だとは思うのだが、ドロシーはずっと寝たままである。俺はベッドの脇に椅子を持ってきて、しばらくドロシーの手を握り、その美しくカールする長いまつげを見つめていた。
勇者とは決着をつけねばならない。しかし、相手はタチの悪い特権階級。平民の俺が下手な事をすれば国家反逆罪でおたずね者になってしまう。勇者を相手にするというのは国のシステムそのものを相手にする事だ、とても面倒くさい。
「はぁ~……」
俺は深いため息をつく。
しかし、ドロシーをこれ以上危険な目に遭わせるわけにはいかない。何か考えないと……。
俺はうつむき、必死に策をめぐらした。
ドロシーのスースーという静かな寝息が聞こえる。
◇
夕方になり、俺が夕飯の準備をしていると、ドロシーが毛布を羽織って起きてきた。
「あっ! ドロシー!」
俺が驚くと、
「ユータ、ありがとう……」
ドロシーはうつむきながらそう言った。
「具合はどう?」
俺が優しく声をかけると、
「もう大丈夫よ」
そう言って、優しく微笑んだ。
「それは良かった」
俺はニッコリと笑う。
「それで……、あの……」
ドロシーが真っ赤になって下を向く。
「ん? どうしたの?」
「私……まだ……綺麗なまま……だよね?」
「ん? ドロシーはいつだって綺麗だよ?」
鈍感な俺は、何を聞かれてるのか良く分からなかった。
「そうじゃなくて! そのぉ……男の人に……汚されてないかって……」
ドロシーは耳まで真っ赤にして言う。
「あ、そ、それは大丈夫! もう純潔ピッカピカだよ!」
俺は真っ赤になりながら答えた。
「良かった……」
ドロシーは胸をなでおろしながら目をつぶり、ゆっくりと微笑んだ。
「怖い目に遭わせてゴメンね」
俺は謝る。
「いやいや、ユータのせいじゃないわ。私がうかつに一人で動いちゃったから……」
すると、
ギュルギュルギュル~
と、ドロシーのおなかが鳴った。
また真っ赤になってうつむくドロシー。
「あはは、おなかすいたよね、まずはご飯にしよう」
その後、二人で夕飯を食べた。今日の事は触れないようにしようという暗黙の了解のもと、孤児院時代にバカやった話や、院長の物まねなど、他愛のない事を話して笑い合う。朝の大事件が嘘のように、二人はリラックスして温かい時間を過ごした。
日本にいた時、俺は何をやっていたんだろう。なぜ、日本では女の子とこうやって笑えなかったのだろう? 俺はちょっと感傷的になりながらも、のびやかに笑うドロシーを見て、心が温かくなっていくのを感じていた。
食事が終わると、俺はドロシーを家まで送っていった。
念のためにセキュリティの魔道具を設置し、誰かがやってきたら俺の所に連絡がくるようにしておく。さすがにしばらくは勇者側も動かないとは思うが。
◇
ドロシーの家からの帰り道、俺は月を見ながら歩いた。
月は石畳の道を青く照らし、明かりのついた窓からはにぎやかな声が漏れてくる。
「今日は月のウサギが良く見えるなぁ……」
満月の真ん丸お月様にウサギが餅つきしている模様……。
しかしこの時、俺は重大な事に気が付いた。
あれ? なんで日本から見てた月とこの月、模様が同じなんだろう……?
今まで月はこういうものだ、と思って何の不思議にも思ってこなかったが、よく考えるとそんなはずはない。ここはもう地球じゃないのだ。どこか別の星だとすれば、衛星も二個だったり色もサイズも模様も別になるはずだ。しかし、実際は地球と同じような衛星が一個だけ全く同じ模様で浮かんでいる。あり得ない……。
これは一体どういう事だろう?
俺は気づいてはいけない事に気づいた気がして、思わず背筋がゾッとするのを感じた。
そもそも、この世界はおかしい。ドロシーは死んで潰されて腕だけになったのに再生してしまった。そんなバカげた話、科学的にあり得ない。もちろん、俺自身が日本で死んでここに転生してきたのだから『そういう世界だ』と言ってしまえばそれまでなんだが。だが、そうであるならば地球とは全く違う世界になってるはずじゃないか?
あの月は何なのか? なぜ、地球の時と同じなのか?
俺はこの世界の事を調べてみようと思った。この世界の事をちゃんと知る事が出来たら、ドロシーをこれ以上危険な目に遭わせなくても済むような気がしたのだ。
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