2-7. 乳酸菌の衝撃
この世界は生き返る魔法にしても、レベルアップや鑑定スキルにしても、あまりにゲーム的でとてもリアルな世界には感じない。明らかに誰かが作らないとこんな事にはならないだろう。となると、この世界は誰かが作ったMMORPGのような、リアルに見える世界に違いない。
で、あるならば、一般にゲーマーがやらない事をやれば世界は破綻してバグが見えるだろう。俺はありとあらゆる手段を使ってバグ探しをしてみる事にした。
◇
翌日、俺は鋳造所へ足を運んだ。鋳物製品を作るところだ。鍋とか銅像なんかを作っている。
「こんにちは~」
俺は恐る恐る入ってみる。敷地の隅にはスクラップみたいな金属のクズが山盛りにされており、中には大きな教会の鐘も転がっていた。
俺は鐘に近づき、じっくりと観察する。高さは人の身長くらい、サイズは十分だ。
「坊主、どうした?」
ガタイのいい、筋肉質の男が声をかけてくる。
「この鐘、捨てちゃうんですか?」
「作ってはみたが、いい音が出なかったんでな、もう一度溶かして作り直しだよ」
そう言って肩をすくめる。
「これ、売ってもらえませんか?」
俺はニッコリと笑って聞いてみる。
「え!? こんなの欲しいのか?」
「ちょっと実験に使いたいんです」
「うーん、まぁスクラップだからいいけど……、それでも金貨五枚はもらうぞ?」
「大丈夫です! ついでにフタに出来る金属板と、こういう穴開けて欲しいんですが……」
俺はそう言って、メモ帳を開いてサラサラと図を描いた。
すると男は首を振って言う。
「おいおい、ここは鋳造所だぞ。これは鉄工所の仕事。紹介してやっからそこで相談しな」
「ありがとうございます!」
「じゃ、ちょっと事務所に来な。書類作るから」
「ハイ!」
俺はこうやって巨大な金属のカプセルを手に入れた。
そう、俺は宇宙へ行くのだ。
◇
続いて俺はメガネ屋へ行った。この世界でも近眼や老眼の人はいて、メガネは重宝されている。ただ、値段はメチャクチャ高いので一般人がそう簡単に気軽に買えるものではないようだ。俺はここで
この世界がどういう風に構成されているかは、細かく観察するとわかる事があるに違いない。地球では顕微鏡があり、電子顕微鏡があり、ありとあらゆる物を、それこそ原子のレベルまで微細に観察できる。さらに言うならヨーロッパには直径十キロの巨大な加速器があって、素粒子同士を光速に近い速度でぶつけ、出てくる粒子の動きを観察して素粒子レベルの観察までやってしまっている。
しかし、この世界ではそんなのは無理なので、
表通りから小路に入り、しばらく行くとメガネの形の小さな看板を見つけた。
ショーウィンドーにはいろいろなメガネが並べてある。
「こんにちは~」
俺は小さなガラス窓のついたオシャレな木のドアを開ける。
「いらっしゃいませ……。おや、可愛いお客さんね、どうしたの? 目が悪いの?」
30歳前後だろうか、やや面長で笑顔が素敵なメガネ美人が声をかけてくる。
「
「えっ!?
「大丈夫です!」
俺はニコッと笑って答えた。
「あらそう? じゃ、ちょっと待ってて!」
彼女は店の奥へ入ると木製の箱を持ってきた。
「倍率はどの位がいいのかしら?」
「一番大きいのをください!」
彼女はちょっと
「倍率が高いって事は見える範囲も狭いし、暗いし、ピントも合いにくくなるのよ? ちゃんと用途に合わせて選ばないと……」
「大丈夫です! 僕は武器屋をやってまして、刃物の
適当に嘘をつく。
彼女の俺の目をジッと見た。
その鋭い視線に俺はたじろいだ……。
「嘘ね……」
彼女はメガネをクイッと上げると、
「私、嘘を見破れるの……。お姉さんに正直に言いなさい」
彼女は少し怒った表情を見せる。
スキルか何かだろうか……面倒な事になった。
とは言え、この世界がゲームの世界かどうか調べたいなどという
俺は大きく深呼吸をし、言った。
「……。参りました。本当のことを言うと、この世界のことを調べたいのです。この世界の仕組みとか……」
彼女は、首を左右に動かし、俺の事をいろいろな角度から観察した。
「ふぅん……嘘は言ってないみたいね……」
そう言いながら腕を組み、うんうんと、軽くうなずいた。
「私ね、こう見えても王立アカデミー出身なのよ。この世界の事、教えられるかもしれないわ。何が知りたいの?」
彼女はニコッと笑って言った。
「ありがとうございます。この世界が何でできているかとか、細かい物を見ていくと何が見えるかとか……」
「この世界の物はね、火、水、土、風、雷の元素からできてるのよ」
中世っぽい理論だ。
「それは拡大していくと見たりできるんですか?」
「うーん、アカデミーにはね、倍率千倍のすごい顕微鏡があるんだけど、それでも見る事は出来ないわね……。その代わり、微生物は見えるわよ」
「え!? 微生物?」
俺は予想外の回答に驚かされた。
「ヨーグルトってなぜできるか知ってる?」
「牛乳に種のヨーグルトを入れて温めるんですよね?」
「そう、その種のヨーグルトには微生物が入っていて、牛乳を食べてヨーグルトにしていくのよ」
「その微生物が……、見えるんですか?」
「顕微鏡を使うといっぱいウヨウヨ見えるわよ!」
俺はヨーグルトのCMで見た、乳酸菌の写真を思い出す。
「もしかして……、それってソーセージみたいな形……してませんか?」
「えっ!? なんで知ってるの!?」
彼女は目を丸くして驚いた。
「いや、なんとなく……」
そう言いながら俺はうつむき、考え込んでしまった。この世界にも乳酸菌がある。しかし、MMORPGのゲームに乳酸菌などありえない。顕微鏡使わないと見えないものなどわざわざ実装する意味などないのだから。しかし、乳酸菌は『顕微鏡の中で生きている』と彼女は言う。この世界はゲームの世界じゃないという事なのだろうか? では、魔法はどうなる? ここまで厳密に緻密に構成された世界なのに、なぜ死者が復活するような魔法が存在するのだろうか……。
「不思議な子ね。で、
彼女は
「あ――――、一応自分でも色々見てみたいのでください」
俺は顔をあげて言う。
「まいどあり~」
彼女は棚から皮袋を取り出すと、
「はい! 金貨九枚に負けてあげるわ」
「ありがとうございます……」
俺は力なく微笑んで言った。
金貨をていねいに数えながら払うと、彼女は、
「良かったらアカデミーの教授紹介するわよ」
と、言いながら俺を上目づかいにチラッと見る。
「助かります、また来ますね」
俺はそう言って頭を下げ、店を後にした。
乳酸菌を実装しているこの世界、一人前のヨーグルトには確か十億個程度の乳酸菌がいるはずだ。それを全部シミュレートしているという事だとしたら、誰かが作った世界にしては手が込み過ぎている。意味がないし、ばかげている。
となると、この世界はリアル……。でもドロシーは腕から生き返っちゃったし、レベルや鑑定のゲーム的なシステムも生きている。この矛盾はどう解決したらいいのだろうか?
帰り道、俺は公園に立ち寄り、池の水を観察用にと水筒にくみながら物思いにふけっていた。
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