2-5. 残酷な腕
やがて爆煙がおさまってくると、俺は倉庫だった所に降り立った。
倉庫は跡形もなく吹き飛び、焼けて溶けた壁の石がゴロゴロと転がる
あまりの惨状に身体がガクガクと震える。
俺はまだブスブスと煙を上げる
熱い石をポイポイと放りながら一心不乱に掘っていく。
「ドロシー! ドロシー!!」
とめどなく涙が流れる。
石をどけ、ひしゃげた木箱や柱だったような角材を抜き、どんどん掘っていくと床が出てきた……が、赤黒く染まっている。なんだろう? と手についたところを見ると鮮やかに赤い。
血だ……。
俺は心臓がキュッとなって、しばらく動けなくなった。
鮮やかな赤はダイレクトに俺の心を貫く……。
手がブルブルと震える。
いや、まだだ、まだドロシーが死んだと決まったわけじゃない。
俺は首をブンブンと振ると、血の多い方向に掘り進める。
石をどかしていくと、見慣れた白い綺麗な手が見えた。
見つけた!
「ドロシー!!」
俺は急いで手をつかむ……が、何かがおかしい……。
「え? なんだ?」
俺はそーっと手を引っ張ってみた……。
すると、スポッと簡単に抜けてしまった。
「え?」
なんと、ドロシーの手は
「あぁぁぁぁ……」
俺は崩れ落ちた。
ドロシーの腕を抱きしめながら、俺は、自分が狂ってしまうんじゃないかという程の激しい衝撃に全身を貫かれた……。
「ぐわぁぁぁ!」
俺は激しく叫んだ。無限に涙が湧き出してくる。
あの美しいドロシーが腕だけになってしまった。俺と関わったばかりに殺してしまった。
なんなんだよぉ!
「ドロシー! ドロシー!!」
俺はとめどなくあふれてくる涙にぐちゃぐちゃになりながら、何度も叫んだ。
「ドロシー!! うわぁぁぁ!」
俺はもうすべてが嫌になった。何のために異世界に転生させてもらったのか?
こんな悲劇を呼ぶためだったのか?
なんなんだ、これは……、あんまりだ。
絶望が俺の心を塗りたくっていった。
俺はレベル千だといい気になっていた自分を呪い、勇者をなめていた自分を呪い、心がバラバラに分解されていくような、自分が自分じゃなくなっていくような喪失感に侵されていった。
◇
死んだ魚のような目をして動けなくなっていると、ボウっと明かりを感じた。
「うぅ?」
どこからか明かりがさしている……。ガレキの中の薄暗がりが明るく見える……。
辺りを見回すと、なんと、抱いていた腕が白く光り始めたのだ。
「え!?」
腕はどんどん明るくなり、まぶしく光り輝いていった。
「えっ!? 何? なんなんだ?」
すると、腕は浮き上がり、ちぎれた所から二の腕が生えてきた。さらに、肩、鎖骨、胸……、どんどんとドロシーの身体が再生され始めたのだ。
「ド、ドロシー?」
驚いているとやがてドロシーは生まれたままの身体に再生され、神々しく光り輝いたのだった。
「ドロシー……」
あまりのことに俺は言葉を失う。
そして、ドロシーの身体はゆっくりと降りてきて、俺にもたれかかってきた。俺はハグをして受け止める。
ずっしりとした重みが俺の身体全体にかかる。柔らかくふくよかな胸が俺を温めた。
「ドロシー……」
俺は目をつぶってドロシーをぎゅっと強く抱きしめた……。
しっとりときめ細やかで柔らかいドロシーの肌が、俺の指先に吸い付くようになじむ。
「ドロシー……」
華やかで温かい匂いに包まれながら、俺はしばらくドロシーを抱きしめていた。
ただ、いつまで経ってもドロシーは動かなかった。身体は再生されたが、意識がないようだ
「ドロシー! ドロシー!」
俺は美しく再生された綺麗なドロシーの頬をパンパンと叩いてみた。
「う……うぅん……」
まゆをひそめ、うなされている。
「ドロシー! 聞こえる?」
俺はじっとドロシーを見つめた。
美しく伸びたまつ毛、しっとりと透き通る白い肌、そしてイチゴのようにプックリと鮮やかな紅色に膨らむくちびる……。
すると、ゆっくりと目が開いた。
「ユータ……?」
「ドロシー!」
「ユータ……、良かった……」
そう言って、またガクッと力なくうなだれた。
俺はドロシーを鑑定してみる。すると、HPが1になっていた。
これは『光陰の杖』の効果ではないだろうか?
『HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える』
確か、こう書いてあったはずだ。
HPが1なのはまずい。早く回復させないと本当に死んでしまう。
俺は焼け焦げた自分のパジャマを脱いでドロシーに着せ、お姫様抱っこで抱きかかえると急いで家へと飛んだ。
寒くならないよう、風が当たらないよう、細心の注意を払いつつ必死に飛んだ。
途中、アバドンから連絡が入る。
「旦那様! 大丈夫ですか?」
「俺もドロシーも何とか生きてる。お前は?」
「私はかなり吹き飛ばされまして、身体もあちこち失いました。ちょっと再生に時間かかりそうですが、なんとかなりそうです」
「良かった。再生出来たらまた連絡くれ。ありがとう、助かったよ!」
「旦那様のお役に立てるのが、私の喜びです。グフフフフ……」
俺はいい仲間に恵まれた……。
自然と涙が湧いてきて、ポロッとこぼれ、宙を舞った。
◇
「あらあら、実に面白い方だわ……」
王宮の尖塔で、遠見の魔道具を持った少女がつぶやいた。少女は18歳前後だろうか、透き通るような白い肌にくっきりとしたアンバーの瞳……、そして美しいブロンドにはルビーのあしらわれた髪飾りを着けており、たぐいまれなる美貌を引き立たせていた。金の刺繍がふんだんに施された豪奢なワンピースの腹部にはヒモが編まれ、豊かな胸を強調している。かなり高い階級のようだ。
彼女はたまたま街の上を飛ぶ人影をみつけ、気になってわざわざ魔道具を用意してユータの行動を追っていたのだった。まさか勇者の側近を叩きのめし、あの大爆発の中でも生き残って女の子救出するとは……、予想をはるかに超えたユータの力に彼女は驚嘆していた。
彼女はサラサラと何かをメモると、
「バトラー!」
と、叫び、執事を呼んだ。
「至急、この男を調査して! 面白くなってきたわよ!」
ニヤッと笑って執事にメモを渡した。
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