2章 横暴なる勇者
2-1. 最悪な邂逅
武器の扱いが増えるにつれ、店舗でゆっくりと見たいという声が増え、俺は先日から工房を改装して店としてオープンしていた。店と言っても週に2回、半日開く程度なんだけれども。
店では研ぎ終わった武器を陳列し、興味のあるものを裏の空き地で試し斬りしてもらっている。
店の名前は「武器の店『星多き空』」。要はレア度の★が多いですよって意味なのだが、お客さんには分からないので、変な名前だと不思議がられている。
店の運営は引き続きドロシーにも手伝ってもらっていて、お店の清掃、経理、雑務など全部やってもらっている。本当に頭が上がらない。
「ユータ! ここにこういう布を張ったらどうかなぁ? 商品が映えるよ!」
ドロシーはどこからか持ってきた紫の布を、武器の陳列棚の後ろに当てて微笑んだ。
「おー、いいんじゃないか? さすがドロシー!」
「うふふっ」
ドロシーはちょっと照れながら布を貼り始める。
ガン!
いきなり乱暴にドアが開いた。
三人の男たちがドカドカと入ってくる。
「いらっしゃいませ」
俺はそう言いながら鑑定をする。
ジェラルド=シャネル 王国貴族 『人族最強』
勇者 レベル:218
嫌な奴が来てしまった。俺はトラブルの予感に気が重くなる。
勇者は手の込んだ金の刺繍を入れた長めの白スーツに身を包み、ジャラジャラと宝飾類を身に着けて金髪にピアス……。風貌からしてあまりお近づきになりたくない。
勇者は勇者として生まれ、国を守る最高の軍事力として大切に育てられ、貴族と同等の特権を付与されている。その強さはまさに『人族最強』であり、誰もかなわない、俺を除けば。
「なんだ、ショボい武器ばっかだなぁ! おい!」
入ってくるなりバカにしてくる勇者。
「とんだ期待外れでしたな!」
従者も追随する。
「それは残念でしたね、お帰りはあちらです!」
ドロシーがムッとして出口を指さす。
俺は冷や汗が湧いた。接客業はそれじゃダメなんだドロシー……。
勇者はドロシーの方を向き、ジッと見つめる。
そして、すっとドロシーに近づくと、
「ほぅ……掃き溜めに……ツル……。今夜、俺の部屋に来い。いい声で鳴かせてやるぞ」
そう言ってドロシーのあごを持ち上げ、いやらしい顔でニヤけた。
「やめてください!」
ドロシーは勇者の手をピシッと払ってしまう。
勇者はニヤッと笑った。
「おや……不敬罪だよな? お前ら見たか?」
勇者は従者を見る。
「勇者様を叩くとは重罪です! 死刑ですな!」
従者も一緒になってドロシーを責める。
「え……?」
青くなるドロシー。
俺は急いでドロシーを引っ張り、勇者との間に入る。
「これは大変に失礼しました。勇者様のような高貴なお方に会ったことのない、礼儀の分からぬ孤児です。どうかご容赦を」
そう言って、深々と頭を下げた。
「孤児だったら許されるとでも?」
難癖をつけてくる勇者。
「なにとぞご容赦を……」
勇者は俺の髪の毛をガッとつかむと持ち上げ、
「教育ができてないなら店主の責任だろ!? お前が代わりに牢に入るか?」
そう言って間近で俺をにらんだ。
「お
俺はそう言うのが精いっぱいだった。
「じゃぁ、あの女を
いやらしく笑う勇者。
「孤児をもてあそぶようなことは勇者様のご評判に関わります。なにとぞご勘弁を……」
勇者は少し考え……ニヤッと笑うと、
「おい、ムチを出せ!」
そう言って従者に手を伸ばした。
「はっ! こちらに!」
従者は、細い棒の先に平たい小さな板がついた馬用のムチを差し出した。
「お前、このムチに耐えるか……女を差し出すか……選べ。ムチを受けてそれでも立っていられたら引き下がってやろう」
勇者は俺を見下し、笑った。
ムチ打ちはこの世界では一般的な刑罰だ。しかし、一般の執行人が行うムチ打ちの刑でも死者が出るくらい危険な刑罰であり、勇者の振るうムチがまともに入ったら普通即死である。
「……。分かりました。どうぞ……」
そう言って俺は勇者に背中を向けた。
「ユータ! ダメよ! 勇者様のムチなんて受けたら死んじゃうわ!」
ドロシーが真っ青な顔で叫ぶ。
従者は『また死体処理かよ』という感じで、ちょっと憐みの表情を見せる。
俺はドロシーの頬を優しくなでると、ニッコリと笑って言った。
「大丈夫、何も言わないで」
ドロシーの目に涙があふれる。
「ほほう、俺もずいぶんなめられたもんだな!」
そう言って勇者は俺を壁の所まで引っ張ってきて、手をつかせた。
そして、ムチを思いっきり振りかぶり、
「死ねぃ!」
と叫びながら、目にも止まらぬ速度で俺の背中にムチを叩きこんだ。
ビシィ!
ムチはレベル二百を超える圧倒的なパワーを受け、音速を越える速度で俺の背中に放たれた。服ははじけ飛び、ムチもあまりの力で折れてちぎれとんだ。
「イヤ――――!! ユータ――――!」
悲痛なドロシーの声が店内に響く。
誰もが俺の死を予想したが……。
俺はくるっと振り向いて言った。
「これでお許しいただけますね?」
勇者も従者たちもあまりに予想外の展開に、目を丸くした。
レベル二百を超える『人族最強』のムチの攻撃に耐えられる人間など、あり得ないからだ。
「お、お前……、なぜ平気なんだ?」
勇者は驚きながら聞いた。
「この服には魔法がかけてあったんですよ。一回だけ攻撃を無効にするのです」
そう、ニッコリと答えた。もちろん、全くのウソである。レベル千を超える俺にはムチなど効くはずがないのだ。
「けっ! インチキしやがって!」
そう言って勇者は俺にペッとツバを吐きかけ、
「おい、帰るぞ!」
そう言って出口に向かった。
途中、棚の一つを、ガン! と蹴り壊し、武器を散乱させながら進み、出口で振り返ると、
「女、俺の誘いを断ったことはしっかり後悔してもらうぞ!」
そう言ってドロシーをにらんで出ていった。
「ユータ――――!」
ドロシーは俺に抱き着いてきてオイオイと泣いた。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
そう言いながら涙をポロポロとこぼした。
俺は優しくドロシーの背中をなでながら、
「謝ることないよ、俺は平気。俺がいる限り必ずドロシーを守ってあげるんだから」
そう言ってしばらくドロシーの体温を感じていた。
「うっうっうっ……」
なかなか涙が止まらないドロシー。
十二歳の頃と違ってすっかり大きくなった胸が柔らかく俺を温め、もう甘酸っぱくない大人の華やかな香りが俺を包んだ。
あまり長くハグしていると、どうにかなってしまいそうだった。
◇
最後の勇者の言葉、あれは嫌な予感がする。俺は棚から『光陰の杖』を出し、
光陰の杖 レア度:★★★★
魔法杖 MP:+10、攻撃力:+20、知力:+5、魔力:+20
特殊効果: HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える
「いいかい、これを肌身離さず身に着けていて。お守りになるから」
おれはドロシーの目をしっかりと見据えて言った。
「うん……分かった……」
ドロシーは
「それから、絶対に一人にならないこと。なるべく俺のそばにいて」
「分かったわ。ず、ずっと……、一緒にいてね」
ドロシーは少し照れてうつむいた。
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