1-18. 恐るべき魔物、ダンジョンボス

「じゃぁ行きましょう!」

 俺は一人だけ元気よくこぶしを振りあげてそう叫ぶと、景気よくバーンと扉を開いた。


 扉の中は薄暗い石造りのホールになっていた。壁の周りにはいくつもの石像があり、それぞれにランプがつけられ、不気味な雰囲気だ。

 皆、恐る恐る俺について入ってくる。


 全員が入ったところで自動的にギギギーッと扉が閉まる。

 もう逃げられない。


 すると、奥の玉座の様な豪奢な椅子の周りのランプがバババッと一斉に点灯して、玉座を照らした。

 何者かが座っている。


「グフフフ……。いらっしゃーい」

 不気味な声がホール全体に響く。


「ま、魔物がしゃべってるわ!」

 エレミーがビビって俺の腕にしがみついてきた。彼女の甘い香りと豊満な胸にちょっとドギマギさせられる。


「しゃべる魔物!? 上級魔族だ! 勇者じゃないと倒せないぞ!」

 エドガーは絶望をあらわにする。


「ガハハハハハ!」

 不気味な笑い声がしてホール全体が大きく振動した。

「キャ――――!!」

 エレミーが耳元で叫ぶ。俺は耳がキーンとしてクラクラした。


 ドロテは、

「この魔力……信じられない……もうダメだわ……」

 そう言って顔面蒼白になり、ペタンと座り込んでしまう。


 皆、戦意を喪失し、ただただ、魔物の恐怖に飲まれてしまった。

 俺からしたらただの茶番にしか見えないのだが。


 でも、この声……どこかで聞いたことがある。

 おれは薄暗がりの中で玉座の魔物をジッと見た。


「あれ? お前何やってんだ?」

 なんと、そこにいたのはアバドンだった。


「え? あ? だ、旦那様!」

 アバドンは俺を見つけると驚いて玉座を飛び降りた。


「早く言ってくださいよ~」

 アバドンは嬉しそうに、俺に駆け寄ってきた。


「なにこれ?」

 俺がいぶかしそうに眉をひそめて聞くと、


「いや、ちょっと、お仕事しないとワタクシも食べていけないもので……」

 恥ずかしそうに、何だか生臭い事を言う。


「あ、これ、アルバイトなの?」

「そうなんですよ、ここはダンジョンの80階、いいお金になるんです!」

 アバドンは嬉しそうに言う。

「まぁ、悪さしてる訳じゃないからいいけど、なんだか不思議なビジネスだね」

「その辺はまた今度ゆっくりご説明いたします。旦那とは戦えませんのでどうぞ、お通りください」

 そう言って、奥のドアを手のひらで示した。するとギギギーッとドアが開く。


「え? これはどういう事?」

 エレミーが唖然あぜんとした表情で聞いてくる。

「この魔人は俺の知り合いなんだよ」

「し、知り合い~!?」

 目を真ん丸にするエレミー。


「はい、旦那様にはお世話になってます」

 ニコニコしながら揉み手をするアバドン。


 パーティメンバーは、一体どういうことか良く分からずお互いの顔を見合わせる。

「通してくれるって言うから帰りましょう。無事帰還できてよかったじゃないですか」

 俺はそう言ってニッコリと笑った。


 ドアの向こうの床には青白く輝く魔法陣が描かれ、ゆっくりと回っている。これがポータルという奴らしい。

「さぁ、帰りましょう!」

 俺はそう言いながら魔法陣の上に飛び乗った。


 ピュン!


 不思議な効果音が鳴り、俺はまぶしい光に目がチカチカする。

 にぎやかな若者たちの声が聞こえ、風がほおをなでる……。

 ゆっくり目を開けると……澄みとおる青い空、燦燦と日の光を浴びる屋台、そして冒険者たち。

 そこは洞窟の入り口だったのだ。


        ◇


 帰り道、皆、無言で淡々と歩いた。

 考えている事は皆同じだった――――

 ヒョロッとした未成年の武器商人が地下80階の恐るべき魔物と知り合いで、便宜を図ってくれた。そんな事、いまだかつて聞いたことがない。あの魔物は相当強いはずだし、そもそも話す魔物なんて初めて見たのだ。話せる魔物がいるとしたら魔王とかそのクラスの話だ。と、なると、あの魔物は魔王クラスで、それがユータの知り合い……。なぜ? どう考えても理解不能だった。


 街に戻ってくると、とりあえず反省会をしようという事になり、飲み屋に行った。


「無事の帰還にカンパーイ!」

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 俺たちは木製のジョッキをぶつけ合った。

 ここのエールはホップの芳醇な香りが強烈で、とても美味い。俺はゴクゴクとのど越しを楽しむ。


「で、ユータ、あの魔物は何なんだい?」

 早速エドガーが聞いてくる。


「昔、ある剣を買ったらですね、その剣についていたんですよ」

 俺は適当にフェイクを入れて話す。

「剣につく? どういう事?」

 エレミーは怪訝けげんそうに俺を見る。

「魔剣って言うんですかね、偉大な剣には魔物が宿るらしいですよ」

 アルが目を輝かせて聞いてくる。

「魔剣持ってるの?」

「あー、彼が抜け出ちゃったからもう魔剣じゃないけどね」

「なんだ、つまんない」

「それは、魔物を野に放ったという事じゃないか?」

 ジャックは俺をにらんで言う。

「剣から出す時に『悪さはしない』という事を約束してるので大丈夫ですよ。実際、まじめに働いてたじゃないですか」

 俺はにっこりと笑って言う。

「ダンジョンのボスがお仕事だなんて……一体何なのかしら……?」

 エレミーはため息をつきながら言う。

 それは俺も疑問だ。金塊出したり、魔物雇ったり、ダンジョンの仕組みは疑問な事が多い。

「今度彼に聞いておきますよ。それともこれから呼びましょうか?」

 俺はニヤッと笑った。

「いやいやいや!」「勘弁して!」「分かった分かった!」

 皆、必死に止める。

 あんな恐ろしげな魔物、下手したらこの街もろとも滅ぼされてしまうかもしれない、と思っているのだろう。皆が二度と会いたくないと思うのは仕方ない。俺からしたらただの奴隷なのだが。

「そうですか? まぁ、みんな無事でよかったじゃないですか」

 そう言ってエールをグッとあおった。


 みんなに落ちない表情だったが、これ以上突っ込むとやぶ蛇になりそうだと、お互い目を見合わせて渋い表情を見せた。


「そうだ! そもそもジャックがあんな簡単なワナに引っかかるからよ!」

 エレミーがジャックにかみついた。

 ジャックはいきなり振られて慌てたが、

「すまん! あれは本当にすまんかった!」

 そう言って深々と頭を下げた。


 俺は、立ち上がり、

「終わった事は水に流しましょう! カンパーイ!」

 と、ジョッキを前に掲げた。

 エレミーはジャックをにらんでいたが……、目をつぶり、軽くうなずくとニコッと笑ってジョッキを俺のにゴツっとぶつけ、

「カンパーイ!」

 と、言った。

 そして、続くみんな。

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 皆のジョッキがぶつかるゴツゴツという音が響いた。


 俺は念願のダンジョンに行けて満足したし、結構楽しかった。

 今度また、アバドンに案内させて行ってみようかな? 俺は、日本では考えられない、楽しい異世界ライフに思わずニヤッと笑ってしまった。

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