第16話2-3準備

「――大変だったね」

「そうですね」

 貯蔵庫に新鮮な肉を直しながら僕たちは会話しました。

「でも、こんな大変なことはよくあるから」

「よくあるんですか?いやですよ」

 珍しいことであって欲しかったです。

「まぁ、楽しく生きていきましょう。家族なんだし」

「僕は奴隷なのですが……それよりも、明日の準備は大丈夫なのですか?」

「明日の準備って、何?」

「デートに行くのですよね。だったら、服装とかはどうするのです?」

 僕は貯蔵庫に鍵をかけるご主人様に問いかけました。

「服装って、着られれば何でもいいだろ?」

 鍵を閉めながらの返事です。

「これはやばいですね」

「何がやばいのだ?さっきの研究のことか?」

「そうではなくてですね、異性とのデートの時はオシャレをするのが女性の常識というものですよ、普通はね」

 ご主人様の白のノースリーブと黒の短パンに目が行きました。

「またまた、冗談を」

 ご主人様は気にしていない様子。

「やばいですね。本当にやばいですね」

「……冗談でしょ?」

 ご主人様は気にしている様子。

「冗談じゃないですよ。そのヨレヨレの白いノースリーブに黒い短パンと裸足で行くのですか?というか、泥とかついていますよ」

 ジト目で見ている僕の前で、ご主人様は自分の服を見下ろしていました。もしかして、お気に入りの服装を馬鹿にされて傷ついているのか?

「そういえば、君と出会った日から変えていないな」

「何しているんですか!?」

 自分の服を指でつまんで伸ばしながら思い出したように呟くご主人様に、僕は予想と違う事実を驚きました。

「何しているって、何が?」

「着替えていないことですよ」

「だって、着替えるのが面倒くさいだろ?」

「面倒くさいにも限度があります。どうりで洗濯物が少ないと思いました」

 洗濯は楽で嬉しかったですが……

「別にいいではないか。減るものじゃないんだし」

「減るんです。ご主人様の威厳が減るんです」

「減ってもいいではないか、増える方が問題のものだってあるだろう」

「増えるんです。匂いや汚れが増えるんです」

 僕はご主人様の服を無理やり剥ぎ取りました。母親が言うことを聞かない子供に強制的にするように剥ぎ取りました。決して追い剥ぎが犯罪としてしているような悪いやり方ではなく、のほほんとしたはぎ取り方です。

「あぁ、私のノースリーブがっ!」

「ほら、汚れがたまって匂いが……」

 ノースリーブは煌めいていました。

「?」

「……匂いがしない。むしろいい匂い。というか、泥や血以外のご主人様発信の汚れがなくて、特に内側はすごく綺麗です」

「私の体は特殊らしくて、汚れないのだ」

 ご主人様は腰に手を置き自慢げに言いました。感情がない表情なので人形のポーズ変更にしか見えませんでしたが、自慢の体質らしいです。

「どうしてですか?今までの主人の方々は汚れていましたよ」

「不思議だろ?だから、それを解明するために研究をしているんだ」

「――まぁ、そんなことはどうでもいいので、オシャレな服はどこですか?」

「珍しく強引だな。腕を引っ張らないでくれたまえ」

 いちいち相手にしていても話が進まないので、上半身裸のご主人様を2階のご主人様の部屋に強制送還することにしました。


 ご主人様の部屋。

「ノースリーブと短パンしかないじゃないですか」

「失礼な、タンクトップもあるぞ」

 部屋中が衣服で散らかりました。ご主人様がタンスやクローゼットから衣服を投げ飛ばしてきました。僕が服を見ると言いましたから保存している服を私てくれているのですが、渡し方が雑を通り過ぎて競技感があります。

「同じようなものでしょ」

「では、買い物に行きましょう」

「何?これらのものではダメなのか?」

 さらに服を投げつけてきました。

「ダメです。スポーツジムに行くのなら別ですが」

 僕は服に埋もれながら返事しました。

「よし、明日はスポーツジムに行くとしよう」

「よし、今日は服屋に行きますよ」


 赤い外装の服屋の前。

「では、申し訳ないが」

「わかってます。待ってます」

僕は紐を石柱に結び付けられました。

「前に行った人間用の服屋と違って、ここはメドューサ用の服屋だから入れないのだ」

 ご主人様は服屋に入って行きました。


 あくびをするくらい時間が経ちました。

「おい、上手くいっているんだろうな」

「あぁ、任せとけ」

 聞いたことがある声でした。

「それにしても、よくあの堅物を説得できたな」

「そこはもう、粘り勝ちだ。何年も毎週デートに誘ったからな」

「やつも所詮は女というわけか」

「そうだな。まぁ何を考えているのかは分からないが。急に了解するし」

 2体のうちの片方は、ご主人様をデートに誘ったメデューサでした。

「それにしても可愛そうだな。デートに誘ってくれた男が、実験体としてパクろうとしていただけだなんて」

「何を言う。かわいそうではないだろ。実験体として可愛がってやるよ」

「かわいいやつだな、お前は」

 肘で小突かれて笑っていました。

「実際、俺はかわいい方だ。無理やり連れて行こうと思ったらいつでも連れていけた。しかし、それをせずに何年も交渉したんだぜ?」

「何を言うんだ、どうせパクるときには無理やり実行することがあるだろ?」

「それは仕方がない。最悪の場合は力づくも仕方ない。でも、平和主義者の俺はできる限り交渉だけで終わりたいものだ」

「かっかっか。とんだ平和主義者だぜ。自分の足がつきたくないだけだろ?」

「何とでも言え。俺は明日のことで頭がいっぱいだ」

 僕に気づかず去っていったようでした。


「お待たせ」

「ご主人様、大変です」

 僕はご主人様が帰ってくるなり吠えました。

「どうしたのだ?」

「デートに行かないでください。あの男性は悪者です。ご主人様を実験体として捕縛するつもりです」

「そうなのか?何か根拠はあるのか?」

「さっき、あの男性がここで話していたのです。あの男性には気をつけてください」

「彼がここにいたという証拠は?」

 ご主人様は冷静でした。

「え?だから僕がここで聞いたのです」

「君の言いたいことはわかる。しかし、私から見て証拠がないのだ。だから、ドペカの言うことは鵜呑みにはできないのだ」

「じゃあ、どうすれば信用してくれるのですか?」

「私が直接確かめよう。それでクロだったら信用する」

「確かめるって、どうやって確かめるのですか?」

「私が明日のデートで探りを入れる」

「そんな、ミイラ取りがミイラですよ。明日のデートが危険だというのに、それを確認に明日のデートに行くって本末転倒ですよ」

「まぁ、実験だって目的と違う現象が起きた方が楽しい場合あるし」

 ご主人様は冷静な顔を少し紅潮させていました。目は輝いているし、ヨダレも少したれています。

「――知識欲ですか?少し興奮していますが」

「とりあえず、明日の楽しみだ」


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