第15話2-2デート

翌週

「デメさん、デートしましょう」

 ドアの向こうから響く声とともに例の男がやってきました。営業トークなのかもしれませんが、元気すぎて空回りしている印象です。

「――またあなたですか?」

 ご主人様は興味なさそうに淡々と対応してました。

「はい、そのあなたです。デートしましょう」

「わかりました。明日の一時に来てください」

「かー、まだ名前で……え?」

 え?

「どうしました?明日は厳しいですか?それとも、時間ですか」

「いや、デートしてくれるのですか?」

 そう、デートするのですか?

「はい、そう言いましたが、やめましょうか?」

「やめないでやめないで、デートしましょうデートしましょう」

「かしこまりました、デートしましょう」

「約束ですよ。明日来ますよ。逃げないでくださいね」

 ドアを閉められた後、僕は思わずご主人様に駆け寄りました。あのデートに興味がないご主人様がデートだなんて、何か悪いものでも食べたのか天変地異の前触れなのかメドューサ社会が崩壊してしまったのか。

「デートするんですか?」

「そうだよ。何か問題でも?」

「問題はないですが、興味が無いのでは?」

「興味がないから、興味を持ってみようと思うんだ」

「それは興味を持つとは言わないのでは?」

「よく言うだろ、習うより慣れろと」

 その言葉は関係ないと思いましたが、今はそれはどうでもいいことです。学者肌は急に興味を持てば突き進むものだと思いますので、そのまま興味に任せようと思います。僕が思うに、デートは特別悪いものではありません。

「……僕の愚かな頭では理解できませんが、ご主人様がそれでいいのならいいと思います」

「ふむ。では、この問題は明日に回すとしよう」

 ご主人様は机に紙を置き、ペンを手に取りましたがくるくると回すだけに終わりすぐにてから離してカランカランと鳴らしました。

「――そういえば、ご主人様は普段は何をしているのですか?」

「何をって、生きているよ」

「わかりました。追究は致しません」

「ここは笑うところだよ」

 笑うタイミングは難しいと思いました。真顔のご主人様は冗談を言うタイプではないと思っていたので、余計にです。

「笑えませんよ。冗談にもなんにもなっていませんよ。何を言っているんですか?」

「さてと……」

「無視ですか!?」

 ご主人様は立ち上がり奥の部屋に向かいました。その奥の部屋はご主人様しか入れないもので、僕が受けた数少ない命令が、奥の部屋に入らない。というものでした。特に命令をしないご主人様が命令するのだから、よっぽろな秘密なのでしょう。

「いえね、そろそろ実験の成果が出るところだから、向かわないと」

「実験?」

「そうだよ。私は研究者でね、普段は実験をしてレポートを作成しているのだ」

 そんな雰囲気はしていましたが、改まって言われると研究者に見えました。服装や異性とかを気にしないスタイルはステレオタイプ的な研究者像に見えました。あまりにもステレオタイプすぎて嘘でないかと思うくらい。

「それならそうと言ってくださいよ。変な冗談なんか言わないで」

「冗談ではないよ。私は生きることについて実験しているんだよ」

 学者特有のわかりにくい言い方。

「どういうことですか?すごく抽象的ですが」

「君は知っていると思うが、私は石を生き物に変換する能力を持っている」

「そうですね。普通のメデューサなら生き物を石に変換しますから、逆ですね」

「そうなんだ。それが自分でもよくわからないのだ。だから自分の能力、石を生き物に変換する能力について自分で研究するのだ」

「なるほど。ところで、そういう実験はほかの人としたほうが捗るのではないですか?」

「共同研究なんかしたら、私がモルモットとしてめちゃくちゃにされるよ」

「あっ、そうですね」

 僕は絶句しました。ご主人様はもしかしたら過去に相当苦労したのかもしれません。それこそモルモットにされる生活とか。

 そうなると、ご主人様の感情がない理由もわかります。僕が奴隷生活で培ったように、感情を削ぎ落としてしまったのかもしれません。だとすると、こうして生きていることが奇跡的なメドューサということになります。

「でも、私が思うに、私の能力だけの問題ではないと思うのだ」

「どういうことです?」

「ほかのメドューサたちは当たり前だと思って疑問に思っていないが、メドューサの能力、生き物を石に変える能力がそもそもおかしいだろ」

「それは、そういう性質では?」

 何を言っているのかわかりませんでした。

「そうだけれども、それはどういう理屈なのかということだ。よく聞く理屈では、美しいものを見たことにより体が石のように硬直するところから来ると聞くが、本当に石になるとはどういうことだろうか?」

「それは、メドューサの進化によるものではないのですか?」

「仮にそうだとしても、それがどういう進化なのかがわからない。どういう目的があり、どういう生存競争に勝ち上がり、どういう歴史と効率があるのかがわからない」

 ご主人様は奥の部屋と机の間を行ったり来たりしながらブツクサと理論武装を見せつけてきました。学者はこういうものなのでしょうか?

「それを研究しているのですね」

「そうなのだ。しかし、なにも分からないのだ。笑ってしまうだろ?笑うところだろ?」

「笑うところって、そういう意味ですか」

「そうだよ。君は勝手にボケや冗談によるプラスの感情の笑いと勘違いしていたらしいが、私が言いたいのは冷笑等のマイナスの感情の笑いだよ」

 僕は話が思ったより真面目で笑えませんでした。ご主人様は自分の話に興奮したのか、演説のように立ち止まって両手を広げていました。

「そうですか。そうですね、勘違いしていました、すみません」

「ううん。謝るところではないですよ。それよりも、実験のところに向かわないと」

 その瞬間、奥の扉から見たこともない生き物たちが、液状型・気体型・個体型に限らす様々なものがうねうねしていました。


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