第14話2-1知らない男のメドューサ


 僕の義足と義手は修理されました。ご主人様が器用にも直してくれました。もちろん、石のままです。

「ありがとうございます。ご主人様」

「どういたしまして。それよりも、今日はメドューサが来るよ」

「お友達ですか?」

「いや、販売員だ」

 僕はどんなメドューサが来るのだろうかと予想していました。無難に綺麗でオシャレな女性だろうか?

 ドアの開く音。

知らない男のメドューサがやってきました。不精髭を生やして筋骨隆々でした。なんかショックでした。

メドューサといったら女性だけでなく男性もいるのですが、最近は女性のメドューサばかり会っていたので忘れていました。肌の色や髪の調子は女性と変わらないのですが、少し筋肉質でヒゲもある感じです。そんな男メドューサは低い声を家の中に響かせていましたが、そのこと音量を気にしていません。

「デメさん、デートしましょう」

「――またあなたですか」

 ご主人様は対応していました。そして、その時に初めて知ったのですが、ご主人様の名前はデメというらしいです。

「はい、そのあなたです。デートしましょう」

「申し訳ないですが、あなたさんとはデートしません」

「かー!まだ名前で読んでくれないのですか?俺の名前は……」

「それはそうと……」

「かー!興味なしか!」

 男は手で自分の頭を勢いよく叩いていました。これは一本取られたなといいたそうな雰囲気でした。おそらくノリがいい人であり、出世しやすい人であり、僕には無理なことであり苦手なタイプなのだろう。

「……いつもお魚ありがとう」

「いえいえ、そんな滅相もない」

「お金持ってきますから、待ってくださいね」

 ご主人様は奥の部屋に入って行きました。いつもこうして部屋を空っぽにしてきたのかと考えると、防犯意識が足りないなと思いました。今までモノを取られなかったことが不思議であり、もしかしたら盗まれているのかもしれないと思いました。

ご主人様を見送る僕に気づく男。

「これは珍しい。デメさんのうちの中に人間がいる」

「はい。ドペカと申します」

 彼は手を伸ばしてきた。こういう時は挨拶がわりに殴られるのが人間の宿命だ。僕は歯を食いしばりました。

「これはご丁寧に。ドペカさん、よろしくお願いします」

 握手を求められました。僕は予想と違うことで反応に困って、その手に応えました。僕は彼の手に温もりを感じました。

「――よろしくお願いします」

「どうした?目をつぶって」

 僕は条件反射で目をつぶっていたらしいです。

「いえ、殴られると思いまして」

「なるほど。たしかにそれは賢明な判断だな」

「いえ、ただの条件判断です」

 そう言ってから、自分が正直に話しすぎていることに気づきました。そんな舐めた態度でいると張り倒されるのがこの世界の理なので、僕は自重してきたはずです。しかし話してしまったということは、少し気が緩みすぎていたのだと反省です。

「――お前さんたち人間の奴隷が苦労していることは俺も知っている。はっきり言って俺にはどうしようもできないんだ。すまない」

 怒られなかったことに驚きです。澄んだ目で優しい口調でした。僕は何も悪いことをしていない自分が悪い気になってしまいました。

「いえ、あなたさんが悪いわけではないので」

「そっか。でも、あなたさんはやめてくれ。きちんと名前があるのに、人間さん、奴隷さん、と言われると嫌だろ?」

 頭を抱えながら悲しい習性を見たような悲しい目を僕に見せていました。たしかに奴隷根性の習性ですが、そんなに悲しいものなのかは実感としてはなく、普通だと思っていました。だからこういうふうに悲しい目を見られると自分の境遇が悲しくなり胸が痛くなることを今初めて知りました。

「いえ、特には」

「お前さんがそうでも俺はそうなんだよ。俺の名前は……」

「こちらお代です」

 石の硬貨をご主人様が渡しました。

「ありがとうございます」

「何をしていました?」

「いえね、この子に名乗ろうと思いまして」

「それよりも、次のところに行かないといけないのでは?」

 時計を見せた。

「いっけね。失礼します」

 結局名乗らすに男は走って急ぎました。


 昼食後、椅子に座りながら頭を垂らすご主人様。食後は仮眠を取る習慣らしく、目をつぶってヨダレを下に垂らしていました。

「ご主人様」

「――なんだい、改まって?」

 いつでも対応できるように浅い眠りだったらしく、すぐに僕へ返事してくれました。ヨダレを手で拭いながら目をしょぼしょぼさせていました。

「先ほどの方とはどういった関係で?」

「特に関係はないですよ。強いて言うなら、お店とお客さんとの関係です」

 ご主人様はあっけらかんと言いましたが、僕にはそういうふうには見えませんでした。明らか向こうはご主人様に脈があるように見えたのです。

「――恐れ多いですが、おそらく先ほどの方はご主人様を意識しておられると思います」

「それはまぁ、客のニーズを意識することは大切だと思います」

「いや、そうではなくて、ご主人様が好きなのだと思います」

 ご主人様は後頭部をかきながら考えるように机を見下ろしました。

「そんな訳無いだろ。何か根拠はあるのかい?」

「デートに誘っておられたと記憶しております」

「あれは社交辞令だろう?本気にすることではないだろう」

 その言葉を聞いて、そういうものなのかと納得できるところはありました。どこまで行っても僕はメドューサの世界の価値観を分からない人間奴隷ですので、理屈が通っていたら納得してしまうのです。ですが……

「――たしかにそういう考え方もありますが、本気で誘っているふうにも見えました」

「ドペカはそういうのは察しがいい方なのかい?私は疎いと自覚している」

「僕も疎い方ですけど、さすがにあれは本気だと思います」

 僕は頭ではなく直感で述べました。本当ならこういう理屈なしの発言は反逆的態度として奴隷はダメなのですが、ご主人様への安心感で述べました。

「そうなのか?それでは私はどうしたらいいのだ?」

「断るか承諾するかだと思います」

 ご主人様は姿勢を正して腕組み考えました。

「それはどっちがいいのだ?」

「それはご主人様の決めることです。僕にはわかりかねます」

 ご主人様は右足を左足の上に組み、さらに考えました。

「私もわからない。そういうことは興味がないのでな」

「僕の勝手な先入観では、メドューサの方々は恋愛とかに興味が強いと思いましたが」

「そうなのか?私が変なのか?」

 そう言われると僕も自信がありません。僕はメドューサの常識を知りませんし、その種族そのものでもないのです。全ては今までの経験則に則って予想しただけであり、ご主人様以外が変な場合もあります。

「少なくとも僕が今まで従った方々はそうでした」

「そうなのか。まぁ、メデューサそれぞれだからな」

 それを言ったら終わりだが……

「それで、どうするのですか?デートのお誘いとか」

「うーん。興味ないな」

 本当に興味なさそうに、手と足を組むのをやめていました。

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