第13話1-12悪知恵

「――静かすぎるな」

「やれやれ。こんなものか」

 人間奴隷が嵐のように吹き飛んでいました。その周りには得体の知らないものが蠢いていました。僕とご近所さんは口を開けて驚きました。

「御主人様!ご無事で」

「お前、どうやって」

「石を生物にしただけだ」

 得体の知れない生き物の正体はご主人様が生命を与えた石のようです。僕は思い出すに、首輪を生物に変えた光景です。

「生物に奴隷の相手を」

「殺しはしないよ。動きを止めるだけだ」

「近づくな。こいつを殺すぞ」

「それは困るな」

「私はお前と違って、奴隷を殺すことに戸惑わないぞ」

「ん?私は別に戸惑わないが」

 御主人様は近くの人間を殺した。

「な?」

「さっきも殺していただろ?何を見ていたんだ?」

 たしかに僕が捕まる前に殺していた。

「――そうだったな。忘れていた」

「忘れていたのなら仕方がない」

「でも、それならどうしてこいつらは生かしている?」

 生物に吹き飛ばされて巻き付かれたり乗っかったりされて動きを止められている人間奴隷を指しながらご近所さんは右眉をピクリとさせる。

「言う必要はないだろ」

「はっ、やっぱり無駄な殺生をしたくないのか。そうだな」

「私は効率を考えただけだよ。殺すよりも足止めをしたほうが楽だと考えただけだ」

「じゃあ、こいつが死んでもいいのか」

 僕は前面に出されて盾にされました。

「それは良くない」

「どうしてだ。お前が殺したそれと同じだろ?」

「同じではない。その子は私の家族のドペカだ。一緒にするな」

 その声には少し怒りを感じました。どうやら僕のことで怒っているようです。1歩2歩と砂浜に足跡をつけてきます。

「一緒ではないか」

「他者の家族を可愛いと思ったことはないが、自分の家族は可愛いものだ」

「家族?これは奴隷ではないか」

「いいや。家族だ」

「やはり噂通り変わり者だな」

 話の最中、敵の奴隷のうちの1人が御主人様の後頭部を襲った。

「御主人様―!」

 ご主人様は前に倒れました。そのまま顔から倒れて、まずい倒れ方だと思いました。僕の戦いは始まりました。

「バカめ。私が時間稼ぎしているうちに奴隷どもにやられおって」

「この。卑怯者」

「卑怯者?いい言葉だな。世の中で生き残るのは圧倒的な実力者か卑怯者といわれている」

「くそ。くそ。くそ」

「早くそいつを殺せ。私がこいつを捕まえている限りそいつは何もできない」

 ご主人様は倒れたまま動きません。

僕はご近所さんに足をかけて倒そうとしました。しかし、彼女は足に力を入れて倒れませんでした。失敗です。

「くそ」

「そんなこと、全ての奴隷がしてきたことだ」

 そう憮然とした態度で見下されました。

 それを見て、僕は右の義手を無理やり取り外した。そのままメドューサの顎に向かって頭突きをしました。

「どうだ……」

「危ないな」

 手で顔が見えませんでした。

「手でふさいで……」

「今まで何人もの奴隷を相手にしてきた。義手を外してくるくらい、少し珍しいくらいだ」

「そうかい」

 右の腕の付け根からは血が滲んでいました。

「これはどうだ」

 僕は右足の義足を蹴り上げた。

「そんな蹴りをくらうわけないだろ」

 ご近所さんは仰け反りました。 

外れた。

「あぁ、分かっています」

「?」

「狙い通りです」

 僕の右義足は、僕の生左腕を真っ二つに切った。骨がきれいに切れるかが危惧することでしたが、大丈夫でした。

 綺麗に真っ二つ。

「なっ?!」

「ッッッ!!!」

「自分の腕をッ?!」

僕は転がりながら離れた。

 離れたところに転がる腕が目に付く。

「逃がすか……」

「逃がさないよ」

「っ!」

 ご近所さんの後ろにご主人様が幽霊のように静かに立っていました。

「私の作った生物は、なかなか丈夫なんだよ。まぁ、元は石だからね」

「私の奴隷たちが……」

 人間奴隷が皆死んでいました。肉と骨の山になっていました。ご近所さんは青ざめながら背中のご主人様に震えていました。

「なかなか脆いものですね。大切に扱わないと」

「たかが人間など、いちいち丁寧に扱うわけないだろ」

「まぁー、普通はそうですよね」

「掃いて捨てればいいだけだ」

「それは、私たち自身にも言えますよ」

「お前と一緒にするな。私たちメドューサと違って、お前はメデューサだ」

「その言葉、聞き飽きました」

 ご近所さんはその場に血を流しながら崩れ落ちました。海岸は血まみれです。潮の匂いと血の匂いが混ざって吐き気を催します。

――

「さて、また同族を殺してしまいましたよ」

「御主人様、大丈夫でしたか?」

「私は大丈夫ですが、あなたは大丈夫ではないでしょ」

 ご主人様は僕のちぎれた手足を見ていました。その顔は心配の様相を見せると期待していたのですが、興味なさそうに冷静でした。やはり僕はただの奴隷であり、本心では家族と思われていないと気を落としました。

「私のことはどうでもいいのです」

「どうでもよくはないだろ。死ぬぞ」

「死んでもいいです。ご主人が無事なら。それに、もう助からないです!」

「ちょっと待ってね」

 ご主人様は軽い言い方でした。そのまま離れました。僕を無視しました。

「何ですか?」

 僕は気持ちを込めたのに脱力してしまいました。

「いい感じにリラックスしているねぇ。いいよいいよ」

「何をしているのですか?」

 ご主人様は大量の石を持って戻ってきました。

「この石を生物にして、ちぎれた腕と繋げます」

「え?」

 手際よく作業をしていました。僕は何が起きているのかよくわかりませんが、ご主人の言葉によると、石を生物にしてちぎれた腕と繋げるようです。頭では理解できるのですが、実感としてはわかりません。

「さて、これで大丈夫です」

「いや、これって、生命への冒涜では?」

「どうしてです?植物だって結びつけて修復するでしょ?」

 接ぎ木のことのようです。

「僕、動物なのですが」

「細かいところは気にしない」

「それに、この生物が勝手に動くのですが」

「そのうち馴染むでしょう」

「そういう問題ですか?」

 僕は置いてきぼりのされている気分でした。研究者肌と言いましょうか、自分の興味の持ったことに集中してこちらを見てくれていません。優しいのか否かがわかりにくいかたですが、おそらく不器用なだけだと短い生活からも理解しました。

「それに、これ以上の義手は必要ないでしょ」

「それはそうですが」

「ついでにその義手と義足も戻してあげましょうか?」

「いえ、そこまでは迷惑はかけられません」

「ものはついでですよ。それに呪われているようで嫌でしょ?」

「確かにそうですが、でも、もう慣れましたので、大丈夫です」

「そうですか、仕方ないですね」

 ご主人様は残念そうに肩を落としていました。どうしてこの時だけこんなにわかりやすい反応をするのだろう。申し訳ない。

「――やっぱり、お願いします」

「分かりました」

 元気に即答したご主人様は義手の石を生物にしようと見つめました。僕はそれを内心期待していました。それらの義手義足は僕の今までの辛い奴隷生活の象徴であり、それがなくなることは嫌な過去との決別を意味します。

 僕は見つめていました。

「――あれ?」

「おや?石のままですね」

「どうして?」

「うーん。もう一度やってみましょうか」

 ご主人様はもう一度見つめようとしましたが……

「いいえ。やっぱり大丈夫です」

 僕は止めました。

「でも」

「気長に待ちますよ。ご主人様が直してくれる方法を見つけるまで」

「そうですか。ではそうしましょう」

 僕は奴隷生活もご主人様と続ける口実に義手と義足が役立てようと悪知恵を立てました。


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