第12話1-11夜

 夜の浜辺。波の音と塩の匂いがする場所。月夜で意外と明るい。

「来ないかと思ったわ」

「この眠り薬、本当に効くのですね」

 袋の中の白い粉をシャカシャカ振りました。

「入れたら寝てしまうから眠り薬よ」

 寒い風が吹きました。

「――ところで、昼の話ですけど」

「そうね、あなたをきちんとしたご主人様のところに斡旋してあげる」

「ありがとうございます。でも、大丈夫でしょうか?」

「何が?」

「僕がいなくなったら、御主人様は心配になるのでは」

「それは大丈夫よ」

「どうしてですか?」

 僕はご近所さんに伺いました。

「私たちが始末するから」

「始末……ですか」

「そうよ。犯罪をする前に殺すのがリスクヘッジというものよ」

「そんな難しい言葉はわかりませんし、正しいのかもわかりません」

「そうね。私も意味が分からず難しい言葉を言うときがあるわ」

「そんな問答はどうでもいいのです。僕はあなたに言いたいことがります」

「なに?」

「僕は、あなたのことは信じません」

 ご近所さんはイラついたように右眉毛をぴくりと動かしました。僕は眉ひとつ動かさずにその様子を凝視していました。

「どうして?」

「僕は、色々と地獄を見てきました。誰がいい方で誰が悪い方かは、自分なりに分かるつもりです。僕の御主人様はいい方です」

「そんなこと、わからないでしょ」

「僕は知っています。悪い方は上手に作り笑いをすることを。この前のの奴隷を殺した方がそうでしたし。あなたもそうです」

「だったらどうしたの」

 ご近所さんは地面を右足で強く蹴りました。それに起こされたように何者かが周りの影から出てきました。それは、首輪を光らせた二足歩行するものでした。

「たくさんの人間?」

「私の仕事を手伝う奴隷よ。あなたはこの中を逃げられるかしら?」

 ご近所さんは笑顔による威圧を絶やしていませんでした。

「別に僕は逃げられなくてもいい」

「?」

「僕は、少しでもお世話になった御主人様のためになれればそれでいいのです。ここで僕が死んでも、ご主人様が生きていればそれでいいのです」

「馬鹿ね。ここであなたを殺してあいつも殺すわ」

 奴隷人間が僕に向かってきましたが、直ぐに真っ二つになりました。そこからご主人様が血を浴びながら姿を現しました。

「よく頑張ったよ、ドペカ」

「御主人様」

 僕の背中にご主人様が立ちました。互いに相手に背中をあずけて敵を威嚇する形です。ご近所さんは笑顔の右眉をぴくりとしました。

「どうしてここに?睡眠薬で寝ているのでは?」

「そんなのはウソに決まっているだろ?ドペカが君のことを話してくれたよ。まぁ、わたしも前から怪しいと思っていたからね」

「どこで怪しいと?」

「私に近づいてきたことさ。みんなが近づこうとしない私に近づくなんて、よほどの変好きか悪巧みをする者だけだ」

 ご主人様のよる元も子もないような理由を述べられました。しかし、それは意外に的を得たものにも感じました。悪党は弱いものを狙うと聞いたことがありますので、孤立しているご主人様を狙うのはある意味当然です。

 さて、敵と戦うわけですが、敵のことがわからないことは不利です。敵の能力は何なのか、数は本当にこれで全てなのか、等等。

「そこの人間」

「呼ばれても見ないよ。石にされますから」

「くそ」

 ご近所さんの反応から、生物を石にするというメドューサにとって普通の能力のようです。ご主人様のような特殊な能力なら大変でしたが、どうやら今までの飼い主にしてきた対抗策で通用するようです。

「それは僕には効かない」

「バレたか。では、お前、こっち見ろ」

奴隷の1人が敵のメドューサの目を見て石になった。そして、ご近所さんはそのまま石の奴隷を掴んで持ち上げました。

「くらえ」

 そのままこちらに投げつけました。

「奴隷を投げるなんて」

「普通だろ?」

「はい。見慣れた光景です」

 どうもどのメドューサも考えることは同じようで、仲間を石にして投げつけるのは何回も見てきました。だから僕はよけられました。

「いたいな」

 ご主人様はよけられませんでした。

「大丈夫ですか、ご主人様」

「あぁ、しかし、よくよけられたね」

「僕は過去に経験がありましたので」

「なるほど。僕も次からは大丈夫だ」

 立ち上がったご主人様は冷静に戦況を見渡していました。僕もご主人様を冷静に分析していました。御主人様の戦いはどういうものだろうか。

「人間の数が多いな」

「多勢に無勢だろ。お前に生物を石にする能力がないからな」

「そうだな。困ったな」

 ご主人様はそう言いながらも無表情に敵の群れの中に突っ込んで行きました。そして、冷血なほどに人間を切り刻んでいました。人間奴隷の腕が足が胴体がちぎれていく姿をみて、僕は複雑な気持ちになりました。

「御主人様!」

「邪魔はさせないよ」

 急に背後に現れたご近所さんに僕は捕まり、両手を石手錠で結ばれた。そのまま彼女は手錠を掴んでいた。

「くそ、離せ」

「お前、こいつがどうなってもいいのか」

「ドペカ」

 ご主人様は動きを止めました。そこに人間奴隷が群がってきました。そのままご主人様は埋もれていきました。

「そこで見ておくんだな。ご主人様が殺されるところを」

 ご近所さんは静かに言う。

「御主人様……」

 僕は力なく言う。

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