第11話1-10質問

「友達が死んだのに何とも思わないの?」

 家での昼食時にご主人様は質問してきました。

「思いません。当たり前のことですので」

「当たり前……ねぇ」

 ご主人様は考えるように椅子に背中を持たれました。僕は実際にほとんど何も思いませんでした……というか感情がなくなっていました。今までの地獄のような奴隷生活を通り抜けたものしか手に入れられない植物のような精神です。

「ご主人様、お伺いしたいことがあります」

「何だ?」

「どうして僕に優しくしてくれるのですか?」

「家族……だから?」

 ご主人様は椅子の背もたれ深く座りながら絞り出しました。自分でもまだ理解していないらしく、そう思い込もうとしている風にも見えました。僕はその様子に一抹の不安を感じながらもひとまずは安心します。

「あの死んだ子も、僕と同じように飼い主様に優しくしてもらったらしいです」

「そうか。それは残念だ。でも、私はそんなことしないよ」

 ご主人様は僕の言葉に対して直ぐに言いたいことを理解していました。勘が鋭いところと鈍いところの落差がひどいと思いました。ご主人様の静かな目を僕は静かに見つめて、ピーンという何かしらの音がどこかから流れていました

「本当ですか」

「本当だ」


 翌日、僕はホウキで外の掃除をしていました。ご主人様からはしなくていいと止められましたが、これ以上甘えておくのは気が引けるので無理にさせていただきます。外の掃除といっても家10つ分の庭でなおかつ全く手入れしていないところ全体ではなく、家の玄関や庭の玄関といったメインとなるところだけを許されました。

「おやおや。掃除ですか」

 庭の玄関を掃除している僕に、昨日の近所のメドューサが話しかけました。

「はい」

「なるほど、きちんと働いているのね」

「まぁ、奴隷ですから」

「いえいえ、奴隷でなくても……何でしたっけ?あなたの主人のが言っていた何とかという奴隷でないものは?」

「家族ですか?」

「そうそう家族!家族として働いているのね」

 ご近所さんは出てきなかった言葉が浮かんですっきりしたような手の叩き方をしました。僕は掃除を止めて話し相手していました。

「どう?ここの生活は?」

「どうと言われましても、大事にしてもらっています」

「そうなの。それは良かった」

「ありがとうございます」

「とんでもない。でも、ちょっといい?」

「なんですか?」

ご近所さんは声を低く小さくしました。それに釣られて僕の声も小さく低くなりました。僕はただ事ではない予想をしました。

「こんなことを言っていいのかわからないけど、悪い噂があるの」

「何がです?」

「近所のお節介として言わせてもらうけど、あなたの飼い主は変わり者と思うわ」

「そうなのですか?」

 言葉とは裏腹に、そうだろうなと思いました。

「ええ。このあたりではそう言われているわ」

「どうしてですか?」

 知らぬふりして情報を得ようと思いました。情報というものは生きるためには重要なことです。それによって飼い主の機嫌をとったりいじめから逃げたりできるので、本当の本当に中なことであり、情報がないせいで死んだ人間を何人も見てきました。

「簡単に言うと、よくわからないの。近所付き合いが悪いから、なおさら何を考えているのかわからないわ」

「でも、いい人ですよ」

「カエルやカラスやムカデを大量に仕入れていた時があったわ。きっと変な薬を作っているって、近所では悪い評判よ。魔女なんじゃないかって」

 それを聞いて僕は笑ってしましました。

「はは。それなら今朝の食卓に出ましたよ」

「あら。あなたのために仕入れたの?」

「いいえ。自分で食べていましたよ」

「やっぱり変わりものね。メドューサでも食べないわよ」

「そうですね。僕も初めて見ました」 

僕は何事かと警戒していましたが、なんてことないことで拍子抜けしました。奴隷を殺す冷酷非道なものなどを予想していたら、ただ単にゲテモノ食いであることがわかっただけです。僕は仕事のためにホウキを掃きたくなりました。

「でもね、私はそれでいいと思っているのよ」

「そうですか?」

「ええ。周りから変わっていることは、自分の芯を持っているということなのよ。あなた、いいご主人をお持ちね」

「あなたは、ご主人様を嫌いではないのですか?」

「どうして?」

 僕の疑問に対してご近所さんは疑問を持ちました。

「だって、近所では変わり者として悪い評判だと」

「あら、ごめんなさい。気を悪くしないで」

 ご近所さんは悪びれたふうに手で口を覆いました。

「いえ。大丈夫です」

「何かあったら言ってね」

「何かあったら……ですか?」

「そうよ、あなたの主人のことで不審に思ったことがあれば、これを使って」

 ご近所さんは手のひらに小さな袋を置きました。

「なんですかこれ?」

「それは後で説明するけど、あなた、主人が怪しいと思わなかった?」

「怪しいと言ったらいくらでも怪しいですけど」

「ここだけの話だけど、私、警察なの」

「え?」

 僕は声がつまりました。

「これは冷静に聴いてね。ところであなた、最近この近くで奴隷の人間が殺されたことは知っている、メスの?」

 耳打ちしてきました。

「はい、知っています」

「ああいうのを良くないとする考えが警察の中にもあるのよ。だけれども、法律の関係上どうしようもないから、超法規的に助けるという動きがあるのよ」

「そうなんですか」

「それで、今、怪しいとして調べていたのがあなたの主人よ。理由は簡単、普段から怪しいことと、急にあなたを奴隷として雇ったことよ」

「でも、あやしいだけでは?」

「過去にこういう事例があったの。実験でねずみとかを解剖していたものがそのうち人間を解剖するようになり、更にはメドューサをも解剖するようになったの。もちろん、仕事でもなんでもなく殺人よ」

「でも、人間の解剖くらいよくあることなので」

「だから、今までとは変えるのが私たちの任務なの。そういう悪習はなくしていかないといけないの、わかった?」

 ご近所さんは唾を飛ばして力説しました。

「――でも、だからといってご主人様がそうだとは証拠がありません」

「そうよ。でも、傾向が似ているの」

「傾向?」

「そう。そういう悪いものは殺すものに対して絶望感を与えるために、殺す前にいい思いをさせるものなの。天国から地獄に落ちた顔を見るのが楽しいというひどい考え方なのよ。最近の事件もそうだったわ」

「それで、僕に対して変に優しいご主人様が怪しいと?」

「そうよ。信じるか信じないかはあなた次第よ」

「わかりました。もう少し考えさせてください」

 僕は頭の整理をしないと頭が痛いです。そして、殺されたジヌのことを思い出し、今までの残酷な飼い主たちもフラッシュバックしてきました。完璧に忘れていた嫌な出来事、拷問や悲鳴や血肉が鮮明に目に焼き付いていたなか再生していきます。

 僕は冷静に考える余裕がなくなり、ご近所さんが悪い顔をしていることに全く気づくことができませんでした。

その後も会話は続く……


「ご主人様が優しすぎるのです」

「いいじゃない」

 僕は晩ご飯の時にご主人様にまくし立てました。

「どうして僕に優しくしてくれるのですか?」

「それは、家族だから」

「それは説明になっていないのです。家族でも殺し合いをすることはあるのです」

「それはそうだが、どうしたのだ、急に?」

 息巻いていた僕をご主人様は冷静に観察していました。

「実は、同じように優しくしてもらった奴隷が殺されたのです。だから、僕も殺されるのではないかと心配で」

「それは気にしすぎでしょ」

「でも」

「――わかったわ。では、1つ提案します」

「提案?」

……


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