第8話1-7 翌朝

 翌朝、明るく登った日差しが東の窓から入ってくる中、僕の目元は暗く沈んでいました。僕は食卓に座り、ご主人様が用意してくれた食事を共に食べていました。僕は朦朧とした意識の中、食べ物を機械的に口に運ぶ形でした。

「寝不足のようだね」

「昨日のことが気になって」

「君は奴隷の焼かれるところは見たのに、そういうのは苦手なのか?」

「また別です」

「似て非なるものか」

 ご主人様は理解できない事象を考え込むように両腕を組みました。僕は拷問の光景を見慣れてはいますが、食事時にそういう会話をされたらさすがに食欲を失う繊細さはありました。しかし、そのことを言ってもたぶん理解されないと思いましたので、時間と労力の無駄だと思っていましたので、別の話題を振りました。

「それよりも、朝ごはんを作っていただき、申し訳ございません」

「いいよ。ゆっくりして」

「いただきます。おいしい肉ですね」

「昨日の夜まで生きていたからね」

「ブーーッ!あの首輪ですか?!」

 僕は口から赤い霧吹きをしました。それは虹が架かるほども綺麗なものではありませんでした。そして、ついさっきまで生きていた気持ち悪いものを食べたことによって自分の体の抵抗が食欲を阻害しました。

「そうですよ。食べないともったいないでしょ?」

「それはそうですが」

「あと、これから一緒に買い物に行きましょう」

 ご主人様はマイペースに次の話題に移りました。ご主人様にとってはああいう気持ち悪い生物を殺して新鮮なうちに食べることは普通なのでしょう。まぁ、人間も鳥や魚に対して同じ事をしているといったら終わりですが……

「欲しいものを言っていただいたら、僕だけで行きますよ」

「いいえ。私と行きましょう」

「かしこましました。お供させていただきます」

「それと、申し訳ないが、外に出るときはこれをつけてくれないか」

 ご主人様は机の上にピンク色の柔らかそうな輪っかと紐を出しました。

「何ですか?その女の子がおしゃれで付けるような可愛らしいバンドは?」

「これは首輪の代わりだよ」

「首輪?」

「そうだよ。君を外に出すにあたって首輪で繋がないと怒られるんだよ。そういう風に説明を受けたんだよ」

「だったら、何で昨日の夜に外したのですか?」

「だって、可愛くない首輪だったもん」

「僕が可哀想だったからじゃないのですか」

 僕は肩透かしを受けて椅子からずれ落ちました。人の気持ちが分かっていない感じのご主人様に要らぬ期待をした自分がバカみたいでした。おそらく今僕が椅子からズレ落ちたこともバランスを崩したくらいにしか思っていないでしょう。

「とにかく、この首輪を付けるね。綿によるいい素材だよ」

「たしかに着心地はすごくいいですけど」

「では、ヒモも付けるね」

「またオシャレな柄ですね」

 僕はピンクの花柄がいくつも催されている紐を見て複雑な気分になりました。僕が女性なら喜ぶのかもしれませんが、いや、女性でも低年齢までしか喜ばないかもしれません。僕が苦虫をかんだような顔していたので、ご主人様は流石に察したようです。

「他のヒモの方がいい?」

「いえ、そのヒモでいいです」

 もっとオシャレなヒモが大量に出てきた。魚・ドクロ・アヒルと様々な装飾のものでした。僕は苦虫に噛まれたような顔をしました。


「あら、お出かけですか?」

 家を出ると、近所のメドューサらしき方がご主人様に話しかけました。クリーム色のドレスを着ておりどこかにお出かけかなと思いましたが、ご主人様はお出かけするのに相変わらず白のノースリーブと黒の短パンだったのでおしゃれに気をつけているか否かの差だけだとも思いました。僕は最低限度の会釈をいたしました。

「はい。買い物です」

「あら、そちらの人間は?」

「昨日からうちの家で飼っています」

「あらあら、あなたが奴隷をですか?珍しいですね」

 ご近所さんは意外そうに目を開きました。口に出して言うくらい珍しいことだったようです。本当に奴隷の人間を飼ったことがないらしいです。

「えぇ。気分を一新しました」

「奴隷さん。こんにちは」

 笑顔だった。その目の下には意外に深いシワがありましたので、年はいっているようです。妖艶といいましょうか、それでも美しかったです。

「――こんにちは」

「あらかしこい。いい奴隷ですね」

「ありがとうございます。ですが、奴隷というより家族として接していこうと思います」

「なるほど。最近はそういう方も増えていると聞きます」

 たしかに昔は人間の奴隷は完璧に道具として虐げることしか使い道がなかったらしいが、今は家族の一員として可愛がわれることも増えてきたようです。それはメドューサの世界での少子化の影響や物が豊かになったのに心が貧しくなったことが原因だと世間の噂です。

 ご近所の方は会釈をして去って行きました。彼女もどこかにお出かけだろうが、徒歩で行ける範囲のようです。ご主人様は直ぐに興味なさそうに車のエンジンをかけていました。

「先ほどの方はどなたですか?」

「近所の方だよ。なんか、輸送関係の仕事に従事しているらしいよ」

「そうなのですか」

「まぁ、ほとんど話しないから分からないけどね」

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