第7話1-6ご主人様の能力

日がとっぷり沈みました。僕は気が沈みました。僕たちは二階の寝室に一緒に入り、明かりを薄暗くしました。

「では、寝ようか」

「――かしこまりました」

「いい夢見ようか」

「――かしこまりました」

「もっと顔をよく見せてよ」

「――あのぉ」

「何だ?」

「一緒の布団で寝ないのですか?」

 メドューサ一体分の距離をあけて二つの布団が対になっていました。僕が思うに、男女の営みを奴隷の僕とするのではなく、本当にご主人様は寝るだけだったようです。僕は少しばかりそんな気がしていましたが、拍子抜けしました。

「いや、狭いでしょ?それよりも、やっぱり苦しそうだね、その首輪」

 ご主人様は僕の言っていることを理解せずに寝床の広さという自分の価値観を当然のごとく押し付けてきました。そして、それよりも僕の付けていた首輪の方に興味があったらしいです。僕は自分の首輪にはもう興味がありませんでした。

「慣れた方です」

「慣れても苦しいものは苦しいものだよ」

「でも、取れないですよ、この首輪」

「ちょっとそっちに行ってもいいかな?」

「?」

 ご主人様はおもむろに布団から起き上がってきました。僕も起き上がって出迎えることになりました。ご主人様は膝で歩きながら僕の布団の上に足を止めて、薄明かりの中煌く目を僕の目と合わせました。

「じっとしててね」

「ちょっと、顔が近いですよ」

「目を閉じて」

「ちょ、僕にも心の準備がありまして」

「言うとおりにして」

「はい!」

 僕はご主人様の言うとおりにしました。ご主人様は医者や先生のように優しく厳しい口調で僕を包み込んでくれました。僕はその目を、石にされるのがよくわかるメデューサの吸い込まれるような目に魅入られて硬直していました。

 その目は僕の目から少し下の方にズレて僕を石化することが目的ではないようです。しかし、僕は石のように硬直していまして、ご主人様の目的とは違い勝手に石のようになっていました。ご主人様は僕の首輪を見ているようですが、これがそんなに珍しいものなのかと思いましたが、初めての奴隷なら珍しいだろうとも思い直しました。

「はい。首輪が取れた」

 僕は首が軽く感じました。手を首に持っていくと本当に首輪が取れたらしく、ありませんでした。しかし、この首輪というものはとても頑丈なものであり、仮に外しても自動的に首輪の石が飛び散って奴隷を殺すはずですが……

「あれ?どうして?」

 僕は死んでいませんでした。首輪の石も飛び散ることなく、周りを見渡したけどどこに首輪が行ったのかもわかりません。ご主人様が何かをしたのはわかりましたが、何をしたのかはわかりませんでした。

「首輪が石でよかったね」

「どうしてですか?」

「私はね、『石を生きものにする』能力を持っているの」

「え?『生き物を石にする能力』ではなくてですか?」

 僕は初めて聞く言葉でした。しかし、不思議と聞き取れないものだはなく、鮮明に聞こえました。しかし、理解はできませんでした。

「そうだ。一般的なメドューサの能力とは逆の能力を持っているのだ。だからだろうか、まわりのものは私を厄介払いする」

「そうなのですか?」

 厄介払い、この言葉はメドューサが人間に対してだけするものだと認識していましたがそうではなかったようです。同じ種族の中でもそういうものが存在すると考えたら、ストレスのはけ口も担っている奴隷システムは機能していないのでないかと無常観を感じました。僕たちの受けた理不尽なイジメは世界のために役立っていると考えて頑張って我慢してきましたが、全ては僕の勘違いだったようです。

「まぁ、そんなことはどうでもいい。君の石の首輪を生き物にして引きちぎったから、もう首輪に苦しむことはないよ」

「そうですか。首輪を生き物にして引きちぎっ……」

 よく見渡すと、僕の体には得体の知れない生き物が――赤とも青とも黄色ともとれる様々なカラフルの彩をした巨大なイモムシのような残骸が――ウネっていました。それはペチャリペチャリと血塗られながらも僕の首元を目指して茶色い歯をむき出しにしながら這い上がろうするたびにズレ落ちていました。僕は様々な拷問を受けたことはありましたが、こういう状況は初めてでした。

「そうだよ。少し部屋が血で汚れたけど気にしないで……」

「ぎゃぁああああ!!」


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