第39話 エンドロール

「お探し物は見つかりましたか?」


 声をかけてきたのは見知らぬ女性。


 フリルのついた真っ白なエプロンと紺色のワンピースといった服装で一見給仕さんにも見えなくもない。 


 いや、というか――これは制服か?


「あーっと……?」


 声をかけられた理由を探す。


「館内ではお静かにお願いしますね」


「あっ!」と、彼女の言葉でその正体に気付いた。


「すみません……あの、もしかして職員のかた……ですか?」


 正解というように彼女は小さく頷いた。

 館内の灯に照らされ、彼女の顔には深い影が落ちている。

 目鼻立ち整った色白で綺麗な子。


 金色に近い明るめの茶髪が頭の上でまとめられお団子になっていた。 


 昼間に会ったお嬢ちゃんといい、今日は美人によく会う日だ。


「ごめんなさい。驚かせてしまったようで。ずっと難しい顔をして調べ物をしているものだから気になっていて。と、思ったら急に慌てだすでしょう? その様子が少し可笑しくて」


 どこかオラクルのエリーダさんを思わせる、おっさん殺しの優しい笑顔。


「最近はあなたのように真剣に調べものをされるかたって珍しいんですよ。ここは図書館なのにおかしな話ですよね」


「なんか申し訳ない。恥ずかしい姿を見せてしまったようで」


「いえいえ。可笑しいだなんて言ってごめんなさい。あなたは……冒険者の方かしら?」


「一応は。冒険者見習いってところかな」


「いいですね。私も冒険者というのに憧れます。それで――お探し物は見つかりました?」


「――ううん。残念ながら今日のところは収穫無しって感じです。しかも、この図書館のなかに俺の調べたいことが無いのかもってこともありえそうで」


「あら」と何故か彼女の顔が輝いた。


「こんなに広い図書館のなかで、それでも見つからないものをお探しだなんて。きっとあなたのお探しものはとても大切なものなのでしょうね」


「大切なもの?」


「ええ、良く言うじゃありませんか。大切なものはとっても見つけにくいって」


「なるほどね。確かにあなたの言う通りだ。でも、そのせいで全然見つからなくて困っててさ」


「ちなみに何をお探しだったのでしょう? もし何かお役に立てればと思いますが。と、言いますか、それが気になって声をかけたのですけど。これでもこの図書館に勤めて一年。誰よりも本に詳しい自信があります」


 ――そういうことね。


 流石職員さんらしく、困った俺を見かねて手を貸そうとしているらしい。

 どうしようかと迷ったが、閉館まではまだ少し時間がある。


 そして図書館に勤めて一年というのが些か短く感じるのは気のせいとして、今の俺にとってはこれ以上無い助け船。というか、初めから職員さんに話を聞けばよかったのかもしれない。


 ミヤビには悪いけれどもう少しだけ児童書ブロックで待っててもらうとしよう。

 


「もし良いのであれば……お願いしようかな」


「任せてください」そう言って職員さんは豊かな胸を張った。


 再び椅子に腰かけ、今日の目的を説明する。


「実はこれまでにいろんな人に聞いたんだけどさっぱり分からないって内容なんですけど。ギルドセンターの人に聞いてみたり、スキルについて詳しい仲間に相談しても全然手がかりも掴めなくてさ」


「それはそれは――職員としての腕が鳴りますね。それで? どのような内容でしょう?」


 対面に腰掛けた職員さんの視線が近い。

 近くで見ると俺と年齢は変わらないくらいだろうか。

 右目の下にある涙黒子が可愛げのある顔に大人びた印象を付けていた。 


「うん。その、調べたいスキルがあってね。職員さんは『創造』ってスキル聞いたことあります?」


 いつものようにステータスメニューを開き、見せる。

 相変わらず俺のステータスメニューに居候している『創造』


 あの日から変わらず交換回数は二回のまま。


 職員さんは丸い目をぱちくりさせながらジッとステータスメニューを見つめている。


「ええ、たしかに。珍しいスキルですね。わたしも今までに見たことがありません。特性的にダブルスキルという訳でもないでしょうし」


 まさか瞬殺か?――って淡い期待が霧散しかけたとき。


 今までに聞いたことの無い言葉が飛び出した。


「……法則崩れのスキルでしょうか」


「ほうそく……なんて?」


「法則崩れ。あまり聞き覚えのない言葉かもしれません。説明しますと――普通スキルというのは、あなたがすでにお持ちの『鑑定士』などのように特定の職業のような形式でされることが一般的なんです」


 鷹の爪のやつら、これまでに会ってきた他の冒険者たち、そしてミヤビ、俺が知り得てきたスキルを頭の中で並べてみる。回復士、大魔導士、鑑定士、そして超位回復魔術師――たしかに彼女の言う通りだった。


 これまでに無い情報を聞いて胸が高鳴る。


「あなたのお持ちのスキル、創造というのはその法則には該当していません。なので、そういったスキルを法則崩れって呼んでいるんです。すごく珍しいものなんですよ。現に私も法則崩れのスキルを見るのは初めてかも」


「その――そういったスキルにはどんな意味があるんですか……?」


 散々調べまわっても何も得ることが無かったのに、こうも易々と手がかりが見つかるなんて。何か大きな情報を掴んだのかもしれないという期待が一気に膨らんだ。


 でも、そんな期待の眼差しに気付いたのか職員さんはふるふると首を振る。


「法則崩れのスキルに特別な意味は無いと言われています。しかも現在では法則崩れのスキルは殆ど発現していないとも。ですが、その情報自体も不正確なんですよね。大昔に法則崩れのスキルに意味があると論じた学者の書物が残っているだけで、情報らしい情報はとても少ないんです」


「大昔……か。でも何か参考になるかもしれない。ちなみに、その本ってのはどこにあるんでしょうか?」


「ごめんなさい。記録としては残っているだけで今はその本は存在していないかと思います。そうですね、たしか大暴走から少し後に残されたものらしいので」


 再び聞き慣れない言葉。


 頭のうえにクエスチョンマーク。


「……ごめんなさい大暴走って?」


「え?」


「いやだから、大暴走って何かなって思って」

 

「ちょっと、それ本気で仰ってます? ……駄目ですよ? 基本中の基本なんですから、しっかりと覚えておかないと。まあ今の方々というのは歴史に興味が無い方が多いので仕方ないのかもしれませんが」


 まるで呆けてしまったお爺ちゃんの相手をしているかのような言い方。 

 本気か? と問われても本当に知らないんだから仕方ない。

  

「――大暴走。つまり、魔物の氾濫による世界危機のこと。魔物の大行進と呼ばれることもありますね。今あるこの生活も、その大暴走を乗り越えたご先祖様のお陰なんですよ? そうですね、今は大暴走から千年を迎えようとしているくらいでしょうか」


 何故そのようなことが起こったのか、その結果どうなったかをまるで丸暗記しているかのように、詰まることなく説明してくれる。時折身振り手振りを交え熱く語る様子は演劇女優。説明しながら都度「本当に聞いたことありませんか?」と確認が入るあたり、大暴走と言うのは俺が知らないだけで余りにも一般的な知識のようだった。


 一通り説明を受けたあと、


「大暴走……大暴走……いや、全然わからない」


 生まれ故郷はかなりの田舎だったとはいえ学び舎くらいはある。決して頭が良い訳じゃなかったけど、それでもある程度の常識は知っているつもりだ。何度も言うが「一般教養」くらいはあるレベルだと信じたい。でも職員さんの説明してくれた大暴走という歴史を誰かから教わったり聞いた記憶は全くなかった。


 職員さんから聞いた魔物たちの氾濫と世界危機なんて、夢憧れる幼少期に聞いていれば決して忘れたりすることはないだろうに――


 うーん、といくら過去を思い出そうとしてもやっぱり記憶の断片でさえ見つけ出すことはできない。


「もう。ちょっと待ってくださいね」


 やれやれと立ち上がり、職員さんは棚に詰まった本の背を順に指でなぞっていく。


「えっと……確かこの辺に……あったあった」


 誰よりも本については詳しいといったのは伊達じゃないらしい。

 膨大な量の中から迷いなく一冊の本を抜き出してきた。

 随分と昔の時代と聞いていたから古ぼけたものを想像していたんだけど、手渡された本は表紙の剥げも痛みもなく年季の感じられないもの。


「随分と新しい本のようだけど」


「この本は何度も改定版が出されていますからね。それでも大筋はなんら変わりはないんですけど。そういえばほら、今日あなたが読まれたその本にも大暴走時代についてが書かれていませんでした?」


「その本ってのは……フェラールの? 何か関係が?」


 片付けの途中だった卓上に、フェラールのお爺ちゃんが書いた本。


「もう、本当に何もご存知ないんですね」ため息ひとつ落とされる。


「フェラールの方々は王族と並んで唯一大暴走時代から続く血筋なんです。影響力を持っているのもそれが所以。大暴走時代の主役とでも言いましょうかね? フェラールのほかにもアイザード、ライネット、ルークス、所謂大貴族と呼ばれる人々は大暴走時代に大きな功績を上げたんですよ」


 おじいちゃんと自慢話だと思って読み飛ばしていたけど、言われてみればそんなことも書いてあったかもしれない。


「大暴走のすぐあとって世界中がまだ滅茶苦茶だったらしいので、当時のまま残っているものって少ないんです。だから、先ほどお話した本についても同じ」


「そっか。それは残念だな」


「ええ歴史が失われるというのは寂しいものです。――っと、その前に大暴走のことをご存知無いのは、ほんっとーに問題ですよ。司書としては見逃せません」


「まるで先生だな。ありがとう。また今後図書館にくることがあればきちんと調べてみるよ」


「是非読んでみてください。歴史を知るというのは大切なことですから。だって良く言うでしょう? 賢者は歴史に学ぶって」


 つまるところ今の俺は愚者に近しい存在ということか。


「――仕方ありませんね。勉強熱心なあなたにはこの本、特別に貸し出ししますね」


「いいの?」


「ええ。もしあなたに子供ができたら、おやすみ前の絵本の代わりに読み聞かせてくれるくらいになってもらいたいですから。ふふん、これが歴史を繋ぐということです」


 本来は図書館の本を持ち出すのはNG。けれど、誰しもが知る本なだけあって図書館にも何冊かストックがあるらしい。「秘密ですからね」と、小悪魔的な笑みを見せる司書さん決裁のもと本を借りることができた。


 他の職員に見つからないようにとそそくさ上着の中へ隠す。


 まるで泥棒みたい。誰かほかの職員い見つかったときにちゃんと司書さんは弁解してくれるのだろうか――?


「おっと、ごめんなさい。お話が逸れてしまいましたね」そう言って咳払いひとつ。


「本題に戻りましょうか。それで? あなたのスキルはどういった効果があるのでしょう?」


「すっかり忘れてたよ。そうだな……実はこのスキルの使い方ってあんまり分からないんですよね。スキルの発動条件自体が曖昧で――」


 寄り道をしすぎてあまり時間もない。

 ミヤビも待たせていることだし、出来るだけ簡単に創造についてを説明していく。


 スキルが発現したあの日のことから、今日までを。

 自分自身、振り返りながら。







 俺の拙い説明に彼女は時折頷き、眉間に皺を寄せ、首を傾げ、頭を抱えた。


「……聴けばきくほど謎が深まるのですけど。なんですかそれ。発動条件がわからないってことあります?」

 

 と、ここまではギルドセンターの職員さんと同じ反応。


「実際に今日までそのスキルが発動したことは?」


「確実に分かっているのは一度だけかな。ステータスメニューに『交換しますか?』とかって表示が出ることがあってさ。それに了承するとスキルが発動する、それくらいしか分からない」


「発動すると、どういったことが起きたのでしょう?」


 さて、いよいよ難関だ。


「笑わないでくださいよ? その、発動させると新しいスキルが増えたんだ。それも高位ランクのね」


「……それ、本当ですか?」


 疑いの眼差しが向く。


「だから本当ですって。信じられないのは俺も同じ。だからこそ困ってるんです」

 

「でも……だって今、ステータスメニューにその突然現れたというスキルがないんですもの。しかもスキルが突然発現するなんて例を聞いたことがありませんし」


 司書さんが項垂れた。

 とんでも話がどんどん飛び出してきて頭がパニック状態と言ったところか。

 とはいえ俺はひとつも嘘はついていない。

 こうなれば信じて貰えなくともできる限り説明する他ないように思う。


「色々ありすぎてどこから説明したら良いのか分からないんだけど。スキルとスキルのぶつかり合いっていうのかな……。マサハ……ある奴と、殺しあ……喧嘩みたいになってさ。気を失うまでやり過ぎて……目が覚めたら無くなってた」


「ほんとのほんと」って最後に念を押す。


 何も信頼できる材料なんてないんだけどこれが事実。


 マサハルとの事の顛末を全てを話せば少しは信憑性が増すのかもしれないけど、司書さんにとってはゴシップネタくらいにしかならないし、今はとにかく「このようなスキルが過去にあるのかないのか」を聞きたかった。

 

「その」といって彼女は口をつぐむ。


「今……なんておっしゃいました? スキルが消えてしまったとかって」


「だから信じられないかもだけど……」


 本当なんだ――最後まで言い切る前に言葉を飲み込む。


 可愛らしく悩み、可愛らしく疑いの目を向けていた彼女の顔がなぜか強張っていたから。視線は俺を捉えたまま。なのに、魂が抜けてしまったかのように瞬きひとつ落とさない。


 いったいこの表情は何を意味しているのだろう。


 急に訪れた沈黙、静寂。

 一瞬のようで長い、音の無い時間。


「あの……大丈夫かな?」


「え? あっ!……ああ、ごめんなさい。ちょっと驚いちゃって」


 呼吸をすることさえ忘れていたかのように吐いた短い息。それが止まっていた時間が再び動きだしたことを教えてくれる。


 余程困らせてしまったのだろうか。

 その様子に少し罪悪感を覚える。


「まあ、こんな良く分からないスキルだからさ。何か手がかりが見つかればって思ったんだけど。その……なんだ、もう少し自分で調べてみます」


「いえ……違うんです。その――」


「気にしないでください。また情報仕入れて来ますから。それと、ずっと人を待たせてしまっているからさ。今日はありがとう。えーっと……」


「あ……私、私はフレイアって言います」


「フレイア……さんね。OK。俺はジーク。今日は助かったよ」


 フレイア――名を聞き何故か感じる奇妙なひっかかり。

 フェラールのおじいちゃんの本を読んだときに覚えた違和感と、どこか似ていた。


 まあ、別に珍しい名前というわけでも無い。

 忘れているだけで、いつか似たような名前の人と知り合ったんだろう。


 うん。図書館のフレイアさん。

 今度ここに来ることがあれば真っ先に彼女を尋ねるとしよう。 


 さて、と窓の外を見ると夕暮れに夜の藍色が混ざり始めていた。


 そろそろ児童書を読み漁っているであろうミヤビのもとへ早く向かわなきゃいけない時間だ。


 フレイアさんに礼を言いミヤビのもとへ向かう。

 

「あの! ジークさん!」


 一歩二歩足を進めたとき、


 呼び止められる。


「――スキルが無くなったときに」


「うん?」


「何か大切なものを忘れてしまってはいませんか?」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る