第38話 過去に

 図書館というと、物静かで利用者が思い思いに興味のある本を読み、聞こえてくるのは紙をめくる音だけ、私語なんて言語道断、クシャミでもしようもんなら他の利用者から咳払いをくらい白い目で見られる場所である――と想像するのが一般的ではないだろうか。


 しかし想像に反して王都の図書館内は賑やかなもんだった。


 館内には洒落た飲食店なんかが併設されていて、大理石の通路沿いに等間隔に置かれた丸テーブルを囲み数人男女が談笑を交わしている。そして大人だけではなく子供の数も多い。本を読むための場所というよりかは、王都にいる人のコミュニケーションスペースのように見えた。


 それでも本来の機能はしっかりと備わっていて、館内には身長の倍ほどある棚に本がぎっしり詰まり規則正しく並んでいる。そして端から端まで一直線に歩いても五分はかかりそうなほどに広い。本好きであれば数年は退屈せずに過ごせそうだ。


 あまりに広いせいか、入り口からすぐの場所に館内の見取り図が設置されていた。書かれている内容を見ると中央から大きく分けて四つのブロックに区分けされているようだ。


「さーて、じゃあここからは自由行動ってことで。ジークはわたしに気にせず好きなだけ時間使ってくれていいからさ。程よい時に呼びにきてよ」


「おう。悪いな付き合わせて。もし退屈になったらミヤビも声かけてくれよ」


「何度も言うけどわたしも本くらい読むってば。しかも久しぶりだから少し楽しみなんだよね。だからお構いなく」

 

「そっか、うん。ありがとな」


 ミヤビのことだ。


 俺には理解のできないレベルの書物を読み漁るのだろう。


 もしかしたら集中し過ぎて閉館時間まで居座ってしまうこともあるのかもしれない。


「じゃ、またのちほど」


 って手をあげる黒い後ろ姿を見送る。


 その黒い塊は吸い込まれるように児童書のあるブロックへと消えていく。


 わたしだって本くらい読むよ――そんなミヤビの声が頭のなかで木霊した。





「しかし本当になんでもあるな」


 ミヤビの消えた児童書ブロックから対角線上にある世界史ブロック。見るからに難しいタイトルの分厚い書物が棚の中で綺麗に並んでいた。


 比較的読みやすそうで、かつ「それっぽい」タイトルの本を順に手に取る。

 ぱらぱらとめくる。

 そして棚に戻す。


 どうしてこう、難しい本って前談から難しいんだろう。

 

 といって数ページで挫折してしまう言い訳を本のせいにしてしまうとはなんと愚かか。


 世界のこと、歴史のこと、スキルのこと、田舎育ちとはいえそれらの一般教養くらいあるつもりだった。けれどこうして次元の違う世界を垣間見ると「もっとまじめに勉強しておけば良かった」って当時の自分を恨めしく思う。

 

 調べたいことはもちろんスキル創造のこと、それとスキルの発祥について。


 創造の正体については、ギルドセンターの職員さんもあのミヤビでさえも知らなかったが、もしかしたら俺と同じ経験をした人の伝記だったり創造に近しいスキルを発現した人の記述が残っているかもしれない。


『交換しますか?』

 

 って、何度も何度も聞いたあの無機質な声。

 

『先に行くわ』


 って、一度だけ聞いた寂しそうな声。

 あの日、超位回復を失ったときに聞こえた誰かの声が今も心に靄を残していた。

 

 多分、いやきっと何かが起こっている。

 知らないところで何かが起こっている。

 それにいつまでも気づけていないだけ。


 頬をはたき気合を入れる。


 難解な言葉を見ただけで頭が痛くなりそうだけど、これ以上問題を放置しておくわけにはいかないから。

 

 だから――時間はかかりそうでもとにかく読んでいくしかなかった。


 どこかで聞いたことのある作者の本。

 それっぽいタイトルの書いてある本。

 小さいころ田舎で読んだ歴史の本。

 

 重たい本を机に広げ、膨大な文字の中からひっかかりを探していく――


 難しい本でも、馬鹿なりに集中してしまえばそれなりには理解できるようで、時間の経過を忘れて読みふけってしまった。窓の外を見ると、強烈な日差しも鈍りを見せ、差し込む日は図書館によく似合う橙色。いつのまにか館内にもぼんやりとした灯がともり、日中のような賑やかさは無くなっていた。


「……だめだ、全然手がかりがねー」


 誰に言う訳でも無く、ため息と一緒に吐き出す。


 座りっぱなしだったせいか首も肩も凝り固まってる。

 伸びをすると滞留していた血が全身を巡った。


 でも、全然すっきりしない。


 だって手がかりらしいものを見つけることが出来なかったから。 


 今日、流し読みで確認できたのは二十冊にも満たない程度。


 もちろん、この図書館に並ぶ膨大な量の書物たちのなかに俺が求めている答えが混じっている可能性はある。けれど毎日図書館に籠って本を読み漁り続けるほどの余裕は今の俺にはないし、余裕があったとして答えが一生見つからないってこともありえる。


 出口の無い迷路に嵌ったように思えて頭を抱える。


 机に突っ伏すと丸テーブルの脚が軋んだ。


「唯一手がかりがあるとすれば……フェラール、か」


 手がかりの欠片も無かったという言葉を撤回するのであれば、唯一それらしい言葉が載っていた書物が一冊だけある。


それは

『野生の呼ぶ声』という本。

作者は「ラッセル・フォン・フェラール」


 タイトルだけで見ると手に取っても仕方ないように見えるが、作者が大昔のフェラール一家の一員。高ランクスキル一族のものだからって理由で手に取っただけ。


 中身としてはフェラール一族がどのように国の中枢となってきたのか――っていうおじいちゃんの自慢話。でも、当の本人は高ランクのスキルに恵まれなかった不運の人っていう「よくこんな書物が残せたな」って思えるくらいにめちゃくちゃな本だった。


 だけど、そんな本の文中に『国を創り柱となったフェラール』『柱になったのは尊い犠牲と対価』なんて言葉が見つかった。ひとつふたつだけなら気にもしないんだけど、本全体を通して同じ言葉がいくつもいくつも。だからこそ違和感を覚えた。それが何かのメッセージのように思えて何度も読み返したものの、それ以上のひっかかりを得ることは出来なかった。


 もしかしたら『この国を支えているフェラール一族が献身的に頑張ってきたんだぜ』っていうのをしつこく言いたいのかもしれないけどさ。


 フェラールといえばシークレットスキルを発現したお嬢ちゃんがいたっけ。


 以前冒険者新聞に載っていた、たしか名前は――そう、シャーロット。


 十七だか十八の貴族のお嬢ちゃんがシークレットスキルを獲得したって記事を見て嫉妬に駆られてたっけ。


「シークレットスキルは王族貴族のつくった紛い物……か」


 ふと、いつかミヤビの言っていた言葉を思い出した。

 俺のスキルはシークレットスキルなんかじゃない、あるはずがないって、そう言っていた。あの時の鋭い眼差しは何を意味していたんだろう。


 また今後詳しく教えてくれるって言っていたけど、こちらから聞いても良いのかな。でも、聞かなきゃ前には進めなさそうだし、全く関係ないことだったとしてもそれが切っ掛けで何か別の手がかりが見つかるかもしれない。


 さりげなく帰りに聞いてみることにしよう。


 うーん、でもミヤビは教えてくれるかなーって大きな伸びをして。


「あっ!」と気付く。


 児童書ブロックに消えたミヤビのことを思い出した。


「やばい。完全にミヤビのことを放置してる」

 

 いくら退屈したら声をかけてくるとは言っていたものの、ミヤビのことだから気を遣って俺の時間に合わせてくれているのかもしれない。そういえば昼ご飯も食べてないんじゃないだろうか。


 仕事に追われ、子供の迎えをおざなりにしてしまう親の気持ちが少しわかった気がする。


 なんの成果も得られなかった空しさの余韻に浸りながらも、丸テーブルいっぱいに広げた書物を片していく。



 ふいに、



「お探し物は見つかりましたか?」



 静かな館内に響く、柔らかな綺麗な声。


 振り向き、そこにいたのは見知らぬ女性の姿だった。

 


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