第36話 王都とスキル

「うげ……やっぱり焦げすぎてる。……あの、無理して食べなくてもいいよ」


 四人掛けテーブルの対面に座り、焼き過ぎた目玉焼きの白身部分を器用にフォークで削りとりながらミヤビは言う。卓上に並ぶのはミヤビお手製の朝食。淡い緑、濃い緑の二色が組み合わさった葉物野菜のサラダや白身よりこげの方が多い目玉焼き、市場で売ってたパン。朝ごはんにしては量が多いんじゃないってくらいに皿に盛りつけられている。


「見た目にこだわりすぎなんだよ」


「やー! やっぱ食べないで食べないでっ」

 

 食べないでと無理やり取り上げられそうになった皿を手元に引き寄せ、問題の目玉焼きを口に運ぶ。――別に悪くない。


「うん、悪くない。てか普通にうまいけど」


 焦げすぎたといっても見た目もそんなに気になるほどではないし、素材の力かミヤビの力あってかいつも食べてる目玉焼きよりも味が豊かに感じる。ほのかに甘味を感じるのは、ただ焼いているだけじゃなくて何かしらの手心を加えているからだろう。


「……ほんと?」


「おう。ほんとに」


 ぱくぱくと朝食を口に運ぶ俺を恥ずかしそうな顔で見つめてくる。いつもは我さきにとガッついているはずのミヤビにまじまじと食事風景を眺められやや気まずい。


「その……もっとこれからはうまく作れるから」


「いや、毎日ありがとな。作るのも無理しなくていいから。あ、焦げた部分削りすぎ。ふつーに美味いから焦げごと食べちゃいなって」


「……そうかな」と言って焦げごと一口に放り込んだミヤビの顔が歪んだ。

 言わずとも「苦いじゃん」って顔を浮かべながら慌ててコップに注がれた水で流し込んでお決まりの台本があるかのようにむせる。


「子供かよ」


 なんだか歳の近い妹が出来たみたい。


 俺の身の丈には合わない王都の広い一軒家で、こうしてミヤビと朝食を囲むのも二回目。


 ――そう。あの日、愛の告白のような形でミヤビと行動を共にすることになってから今日が三日目の朝。


 共同生活を初めて関係に変化があったらどうしようなんて少し不安があったけど、俺とミヤビの関係に大きな変化はない。あるとすれば環境の変化だけ。


 例えばこうしてミヤビと朝食を囲んでいるのは、共同生活を送るうえで「ご飯の時間は一緒にいる」というミヤビからの提案によって決まったこと。それ以外に決まりごとはなく、お互い自由に時間を過ごしている。それだけかよって思うかもしれないけどミヤビからしたらご飯を一緒に食べるのが本当に楽しみだったようで、「これだけはお願い」と頭を下げられた。


 俺としてはこんな立派な家に住まわせてもらって、今まで住んでいた倍近くの広さがある部屋を与えられ朝食の準備までさせてしまっているのだから申し訳ないことこのうえなし。


 そんな罪悪感を拭うために朝食の手伝いでも……と思って早朝キッチンに入った途端にえらく怒られた。なんでも料理場はミヤビの聖域らしい。これまで出来合いのものを食べるところしか見てこなかったから、料理に対してそんなこだわりがあるのは意外だった。


 まあそんなこんなありながらまだ三日目とはいえ、共同生活をぼちぼちうまくやっている――と思う。


「そうだ。ジークは今日はどうする予定なの?」

 

 いつの間にか皿をキレイにしたミヤビに尋ねられる。


「ああ、そうだな。前にミヤビが都立の図書館にはスキルについての文献がたくさんあるって言ってたじゃん? だからちょっとそこで調べものをしようかって思ってる」


 本来であれば毎日仕事と拠点探しに奔走しないといけなかった予定なんだけど、ミヤビのお陰で少し余裕ができている。だからずっと気になって『創造』についてを本腰入れて調べようと思っていた。


「あーね。ジークのスキルについて調べたいんだっけ。えっと、図書館の場所分かりにくいよ? 良かったらわたしもついていくよ」


「それは助かる。けど半日は籠ろうかと思ってるけど退屈しないか? 場所さえ教えてくれたら俺ひとりで大丈夫だけど」


「わたしも本くらい読むよ。だから気にしないで。適当に時間過ごしておくから」


「ありがとな――あっと、でもさ」


「ん? どーしたの? なにかまずいことあった?」


「いやオラクルのときみたいにまた変装して外出歩かなきゃいけないのかなって思ってさ。その……耳とか尻尾とかまだうまく隠せないんだろ?」


 オラクルのように顔バレしたらえらい騒ぎになるんじゃないかって多少の心配があった。幸いにも王都についてから「ミヤビ」と騒ぎになることはなかったけど、そんな平和もいつまで続くか分からない。変装までさせて無理に外出頻度を増やすというのはどうなんだろうって不安。


「なーんだ。そんなこと」


「そんなことって……」


「まあ、見ててね」そうミヤビは嬉しそうに言いながらピンと立った銀色の猫耳を指さして見せた。相変わらず手入れは欠かしていないようで、柔らかな銀糸のような細い毛が窓から入る風に撫でられゆらゆら靡いている。


 一体なにを――と思った矢先のこと。


「ん……なっ!?」


 思わず椅子から立ち上がる。

 瞬き一つ落とした間に、突如として見慣れた猫耳が姿を隠してしまったからだ。


「は!? え? なにこれどうなってんの?」


「スキルの調子、なおりました」


「いやいや、なおったって……そんな急に。なにこれどうなってんだ?」


 ミヤビに近寄り、突如として姿を消した猫耳を探す。

 けど形の良い頭に乗っているのは綺麗な銀髪だけになっている。

 突然のことに戸惑う俺。髪の下にでも隠れているのではと思い、つい強引に柔らかい髪に指をさし込んでしまった。


「ちょっ……ねえ、そんないきなり」


「いやなんだこれ、すごいな」


「ねえ、なんか……恥ずかしいんだけど」


「スキルで見えなくしてるってより、一体化してるってことなのか? だって触ってもなにも感覚ないんだぞ?」


「だから恥ずかしいってば!」


「あっ、ああ……ごめんごめん」


 つい興奮して土に埋まった小動物を掘り起こす犬のようにミヤビの頭を掻きむしってしまった。良い匂いをふりまきながら、乱れてしまった髪の毛を整えながらぷんすか怒っている。


「もう。いきなり手を出すのはマナー違反だから。厳重注意ね」


「ごめんって。いやでも……あまりにも驚いてさ」


「まあいいや。許したげる。そう、スキルを使って実体を消してるの。わたしが意識的にスキルを解かないと普通のひとにはわからないわけ」


「へえ。なんか便利なもんだなそれって。でも、普通のひとには分からないって言ったけど万が一バレたりはするわけ?」


「うーん。可能性としてはゼロではないってだけで殆どバレないかな。もしそんなことがあるとしたらわたしのスキルよりも高次元の魔術系スキルを持った人だけ。あとバレるというか強制的にスキルを解除されるってのが正しいかもね」


 一瞬見分ける方法があるのかと思ったけどどうやら簡単な条件ではないらしい。

 ミヤビの言うようにこの広い世界でミヤビを超えるスキルを持った人間がいないとは限らないけど、だってミヤビのSランクスキルを超える魔術系スキルを持った人間なんて普通にはいないと思うから。


「てことで、わたしの変装の心配はありません」


「……ていうかいつから? そのスキルの調子が良くなっていたんだ?」


「ん? えっとね。たしか王都についた日くらいかな」


 なんの勿体ぶりだよ。

 もっと早く言ってくれれば良いのに――


「そうか……」


 良かったな――って言おうとして言葉を飲み込む。


 なんだか複雑な気持ちが芽生えてたから。

 ミヤビは変装の心配はないとは言うが、スキルで実体を隠しているのも変装のうちにはいるのだろう。根本的な解決になっていないようで、正直両手を挙げて「良かった、良かった」と喜ぶことはできなかった。


「その、なんだ。――いつかそうやってスキルを使わなくても良い日がくるさ。なんか他人事みたいに言って申し訳ないんだけどさ」


「へへ。まあね。楽しみにしてる。でも今はいいの。家の中だけでも楽に過ごせるからさ。君もこっちの方が見慣れてるでしょ?」

 

 何の前触れもなく、再び目の前にピコンと立った猫耳。

「おお」とつい声が漏れてしまった。

 俺の声に反応し、猫耳が楽しそうに弾む。


 言うように、やっぱりミヤビには猫耳と尻尾があるほうが彼女らしくていい。


「どう? どう?」


 驚く反応がお気に召したのか、ポンポンとスキルのオンオフを無邪気に繰り返す。

 ふわふわな猫耳が出たり消えたり。

 こうしてスキルのオンオフを繰り返し見ていると無から有が生まれているみたいで夢でも見ている気分だ。

 

「凄いな」


「でしょ。お父さんもこれ見てびっくりしてたんだ」


「ああ、すごいよ――ほんとに。まるで……魔法みたいだ」


「ちょっと、魔法って……なこというんだねジークは。私の変装を見たときも駆けだし魔法使いとか言ってさ。君こそ、その感性は子供っぽいよ」


 ミヤビが微笑む。


「うるせーよ」


 スキルなんかじゃない。

 いつか童話で読んだことのある何でも生み出せる魔法使いみたいに思えた。

 



 

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