中編
第32話 王都へ
久しぶりに大荒れになった空は、夜にはすっかり機嫌を取り戻していた。
広がる草原を割るようにして伸びる一本道の端に止まった荷馬車、積まれた木箱を背もたれにして雲の隙間から覗く満月を見上げる。もう少し雲が晴れれば満天の星が眺められそうだ。
雨あがりのせいか、濡れて豊かになった草花の匂いが鼻をつく。
聞こえてくるのは行商人のいびきと「もうひとつ――もうひとつ」っていうミヤビの寝言だけ。虫の綺麗な鳴き声に囲まれながら、静かな時間を過ごす。
オラクルを出てから数日。
色々とあったけど、クルージまではあと少し。
ずいぶんと遠くまでやってきたもんだ。
この数日、ガタガタ揺れる馬車の狭い荷台の中から見たことも無い色々な景色を見送った。舗装されていない粗い道沿いには存在さえ聞いたことなかった小さな村があったり、草原の中にポツンと建つ小屋だったり、昔はここにも街があったんだろうって思える名残の一部があったり。
ずっとずっと俺の知らない世界が広がっていた。
今まで冒険者ギルドの依頼でオラクルの街から離れることは数えきれないほどあったけど、こうして戻る場所なく道を進んでいくってのは初めてのことだ。進路を逆にとる行商馬車とすれ違うと、自分が未知の世界へ足を踏み出し進んでいるんだって実感が沸いた。
王都が近づいている気配を感じながら、胸の中で膨らむのは期待と少しの緊張。
王都についてからどうするかってことを考えていた。
ひょんなことから王都までミヤビのお供を任されたわけなんだけど、王都に着いてミヤビを家まで送り届けたらどうするか――今更だけど、ちゃんと考えて決めておかなきゃいけないから。
今までのように自分の最低限の生活を守るために生きるんじゃない。
これから続く人生を、生き直したいって思いが強くなっている。
いつの日か夢みたような強い冒険者への憧れの気持ちが、日が経つごとに沸々と湧き上がってくる。エリーダさんに見送られてオラクルをあとにしたあの日から、ようやく俺は逃げ出したんじゃないって、進み始めたんだって思えるようになった。それと同時に芽生えているのは自分自身がもっと強くならなきゃって感情。今までみたいに弱いままじゃダメだって心の底から思う。
そう思うのには理由がある。
自分のステータスを開き、月明かりに照らす。
メニューに並ぶのは基礎ステータスに、鑑定士と創造の文字。創造の横の交換回数表示は二回で超位回復魔術師は無くなったまま。いつもと何も変わらないステータスのはずなのに自分でも信じられないことがおこっていた。それは――いつからかピタリと動かなくなっていた基礎ステータスが僅かながら上昇していたからだ。これに気付いたのは最近のこと。何気なく開いたステータスメニューを眺めて心臓が跳ねたのを思い出す。爆発的に伸びているわけじゃないし、何か実感があるわけじゃないんだけど、確かに基礎数値が上がっていた。
突然数値が上昇した理由として思い当たる事は、何度も殺されかけたウェスカーとの闘い。でも、明確な理由は分からない。だって死に物狂いでやったとはいえ基本的には一方的にボコられただけなんだから。
それでも、これまでいくらゴブリンを狩ろうが何をしようが、もはや成長するはずもないと思って諦めていたステータスがあがったことに、ガキの頃日々成長を喜びとにかく我武者羅にやっていた気持ちを思い出していた。
はじめてゴブリンを目の前にしたとき、その風貌が怖くて剣も触れずに腰抜かしたっけ。低ランクの魔物なんて余裕だろなんて思っていたのに、いざ魔物の殺気の滲む視線に貫かれると何も出来ずに終わったのが確か俺の初陣だった。何も出来ないどころか棍棒でぶん殴られて気絶したような気がする。ちびったかどうかまでは、覚えてない。
だけどあの頃はそんな恐怖とか、得られる感情ひとつひとつが自分を成長させてくれる栄養だって思えてたし成長に限りなんかないって、努力すればなんとかなるって思ってた。ゴブリンを倒してステータスメニュー開いて自分の成長を見るのが楽しみだった。
いつからだろうな。
自分にはもう無理だって諦めてしまったのは。
自分は特別じゃないって気付いてしまったのは。
それを言い訳にして何もしなくなってしまったのは。
いつぶりだろうか。こんな気持ちは。
ゴブリン一匹倒すのにも苦労していた俺でも、まだやれるんじゃないかって、何かできるんじゃないかって年甲斐も無く気分が高揚している。
特別な人間じゃなくてもいい。
誰よりも優れたいとか思っているわけでもないし、それを誉れにしようとも考えていないんだけど、もう少しで俺なりのカッコいい生き方ってやつが何か見つかりそうな気がしていた。
ステータスメニューの創造が一瞬鈍く光って見えた。
ウェスカーとの一件から『交換しますか?』って問われることも、スキルの発動は無い。
怪しいスキル、正体不明なスキル、色々なきっかけを与えてくれたスキル。
何かと犠牲にして得た創造を使って、何かと交換した超位回復も使えなくなって、なんか無くなってばっかりじゃんって思ってたけど――今考えると、ミヤビを助けることもできたし、ウェスカー相手にケジメをつけることも出来た。実は失ってばかりじゃないのかもしれない。
王都についたら創造についてちゃんと調べてみようと思ってる。ミヤビが言っていたようにクルージには都立の図書館もあるし、スキルについて知識豊富な学者もいる。だから未だ正体の分からない創造についても何か少しでも手がかりが得られると思う。
「王都についたらやること沢山あるけど、がんばろーぜ」
って言葉は自分に向けて。
スキルについて調べる以外にも王都についてからやらなきゃいけないことは山ほどある。拠点を決めたり、生計を立てるためにどうするか、ひとりで受ける仕事をどうやってこなすかなどなど問題は沢山だ。
金銭的にも余裕が無いから当分は極貧生活が続くと思うし、ギルドセンターから良い依頼を受けられなくて途方に暮れてしまうこともあるかもしれない。宿無しになって酒場の皿洗いでもしなきゃいけない日もあるかも。考えれば考えるだけ気持ちが落ち込んでしまいそうなもんだけど、今やそんな問題を考えることでさえ楽しく思える。
不思議なもんだ。
まるでどっかの熱血系みたいに両手で頬を叩く。
パチンって乾いた音が静かな夜に響いて、虫の鳴き声が一瞬とまった。
「ねえねえ――」って声に振り返る。頬を叩いた音で起こしてしまったと思ったけど、どうやらこれも寝言らしい。ミヤビは黒いローブを繭みたいにして気持ち良さそうに眠っている。恥ずかしいところを見られなくて良かった。
いったい夢の中で何をねだってるんだろう。
「ありがとな」
繭に俺の毛布を重ねる。
長いようで短かった王都へのお供もあと少し。
ミヤビには本当に世話になった。
こうして俺が前向きになれているのも彼女のお陰でもある。
王都についてからミヤビがどうするのか、「王都についたら御礼するから楽しみにしててね」ってことしか聞かされていないから分からない。だけど黒虎のこととか未だ出っぱなしの猫耳とか尻尾のことだったりミヤビにも色々あることだから、何も考えていないというわけではないとは思う。
明日にでも聞いてみようか――。
もしかしたら何も考えていないって言われるかもしれないけど、それはそれで構わない。俺に出来ることがあればサポートしたいとも思う。何かお返しがしたいから。
丸まったミヤビの横に身体を倒す。
なんだか今日もあまり眠れそうにないけど、もう少しで姿を見せるクルージに思いを馳せながら目を閉じた。
◇
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