第24話 ラフレシアのウェスカー ウェスカーside
「――ちょっといい? 何さっきの。いくらなんでも回復タイミング遅すぎない? 下手したら死ぬところだったじゃん。なんっかい、同じこと言わせるわけ? あんたやる気あるの?」
「――」
「なに、その目。なんか文句あるっていうの? 言っとくけどあたしだってずっと我慢してるんだからね。そろそろ我慢の限界が近いんだけど」
「まあまあフレイア、少し落ちついて。まだ彼は実践経験が少ないんだし仕方ないよ。悪気があってミスをしたわけじゃない。今日だってほら、ちょっとテンパっちゃっただけだって」
「落ち着いてるってば。だって、いくら経験が無くても自分で努力くらいは出来るでしょ? いつも同じことの繰り返しじゃん。ミスはいいけど少しは真面目にやりなさいって言いたいわけ、あたしは」
「フレイアはそう思うかもしれないけどね。でも、やる気が無いわけじゃないさ。少し俺らより経験が浅いだけ、そうそれだけだよ。きっとこれから彼も成長していくはずだ」
「Sランクギルドになったからっていって余裕ぶってると、いつか痛い目みても知らないからね? 今までみたいに仲良しこよしのクランじゃいられないんだし」
「わかってるわかってる。彼が成長するまで俺が責任もってサポートするから。な? 頼むよ」
「もう――わかった、ロイドに任せる。ほんっとに昔からお人好しなんだからロイドは。まあ、そこが良いところでもあるんだけど、さ」
「わかってくれたなら良かった。と、いうことで一件落着! 気にすることは無いさ。だから――」
『ウェスカーもラフレシアのメンバーとして頑張っていこうな』
遠い、昔の記憶。
思い出すだけで寒気がする。
消し去りたい過去。
憎い過去。
Sランククランラフレシア リーダーのロイド。
この男は僕の人生においてつくづく邪魔な男だった。
人を疑うことを知らないような無垢な性格。
温かく柔らかい眼差し。
子供をあやすような穏やかな言葉遣い。
仲間は家族だと言わんばかりの深い思いやり。
少し抜けた性格。
世に期待される圧倒的な力。
誰からも得ている絶対の信用。
『彼ならやれるさ』
『きっと上手くなる』
『ウェスカーだって頑張ってる』
『ウェスカーも成長する』
『ウェスカーはきっとこれから』
『ウェスカーをサポートする』
ウェスカーは、ウェスカーは、ウェスカーは、ウェスカーは。
そう言われる度に、吐き気を催すほどの不快感。
腹の底で『お前ごときが』と何度思ったことだろう。
僕を誰だと思ってる。
類希な最高位のスキルを持って生まれ、羨望の眼差しと称賛しか向けられたことが無い僕に向けられるのは憐みの目。お前より『自分の方が優れている』そう言わんばかりにアイツらは僕に指図する。今までに一度だって味わったことの無い屈辱の日々。
そんな言葉の数々が、視線が、僕の心を汚し続けた。
お前ごときが、僕を慰めるんじゃない。
お前ごときに、僕は慰められない。
お前らごときが、僕を下に見るべきではない。
お前らの陳腐な人生の脇役に、勝手に僕をキャスティングしてるんじゃない。キャスティングボードを握っているのはいつだって僕であるべきなんだ。ずっとそう思って生きてきた。
人を疑うことを知らないような無垢な性格も、温かく柔らかい眼差しも、子供をあやすような言葉遣いも、仲間は家族だと言わんばかりの深い思いやりも、少し抜けた性格も、世に期待される圧倒的な力も、誰からも得る絶対の信用も。
全部、僕が持つべきものだった。
いや、全部僕が持っている。
どれもこれも、与えられるものじゃなかった。
僕が絶対的な主人公であり、アイツらが脇役のはずだった。
それなのに、アイツらは何を勘違いしたのかいつしか僕のことを下に見るようになった。僕を媒介にして、まるで出来の悪い子供の面倒を見、自分たちの力で成長させているような、そんな優越感に浸らせることになった。
そして世間にも本当にくだらない連中しかいなかった。Sランククランラフレシア、若き精鋭たちを牽引するのはリーダーのロイド、そして幹部たち、いずれラフレシアの名を世間に広めるのは彼らの力があってだろう――とかいうくだらない情報を拡散し、くだらない男とその連中にしか目を向けなかった。
本当に光を浴びるべき人間は別にいるというのに。
だから、本当に優れているのが誰か――全員に分からせる必要があった。
汚された心を取り戻すために。
「あたしに、ロイドに、なに、したの」
「お願い、もうやめて」
「他のメンバーには」
「頼む、ウェスカー」
「ウェスカー」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「やめてください」
「やめてください」
別に、こんな言葉が欲しかったわけじゃない。
『ウェスカーは誇りだ』『ウェスカーみたいになりたい』
『ウェスカーが僕の憧れ』『君みたいになりたい』
凄い、素晴らしい。
やっぱりそんな言葉が僕には相応しかった。
なのに、アイツから出た最後の言葉は
「ウェスカー、なんで」
確かそんなだったかな。
ああ、全くもって阿保らしい。
本当に阿保らしい。
◇
「――マサハルさん……なんで?」
ああ、こいつもか。
最後はみんな同じようなことを言うんだと、初めて知ったよ。
あの日と、同じ光景。
床にひれ伏している巨体は『鷹の爪』リーダー、マカラス。
数カ月とは言え僕に穏やかな時間を提供してくれた男。
宿屋の床を転がり、散々胃液を吐き散らしたあとようやく大人しくなった巨体。
痙攣を繰り返してはいるが死にはしないだろう。
まあ、死にはしなくとも生きていると呼べるのかは別として。
マカラスという男は本当にアホな奴だったとしみじみ思う。
僕が今まで出会った男たちの中でも群を抜いてアホな男だった。
身の丈に合っていない夢ばかりを追い求め、欲に駆られ自分を見失う単純な男。
意識を失う前に「なんで?」と言葉が出るくらいに、アイツもロイドと同じように僕の横に並び立つことが出来ているとそう信じていたんだろうか?
低ランクのスキルしか持ち合わせていない冒険者の集まるゴミ溜めに差し込んだ光として、最後まで僕だけを信じ、頼り、すがっていれば良かったのに僕をギルドセンターに連れていこうとするなんて一体何を血迷ったんだろう。 しかも無理やりにでも連れていけばいいものを「もし悪事を働いていないなら、一緒にそれを証明しよう」なんてリーダーを気取った発言には虫唾が走った。僕に哀れみの顔を向け指図するなんて何様のつもりなんだろう。
今までのように『凄い、素晴らしい、マサハルさんがいないとだめだ』と足の裏を舐めるように媚びへつらっていれば良かったものを、何が「リーダーの責任として」だ。今のお前らがあるのは僕がいてこそだってことを、すっかり忘れているようなその図太さには呆れてしまった。まさか僕という存在を管理下に置いているという、とんでもない勘違いをしていたんじゃないだろうか。
本当にアホな男だ。
アホなだけならまだしも、絶対に侵してはいけない僕の心にずけずけと入り込み、挙句の果てにはこいつも僕の心を汚しやがった。ラフレシアのロイドのように、メンバーたちのように。
ラフレシアのメンバーとは比較しようも無い低レベルな能力しかもっていないのに、同じ目線で物を言うあたり本当にアホな奴だ。多分、この男はいつまでも夢見心地だったんだろう。自分では叶えられない壮大な夢が叶いそうな予感に胸をときめかせていたんだろう。全部が全部、僕のお陰だということを忘れてしまうくらいにさ。
夢を見せてあげていたのは僕なのだから、夢から覚めてもらうまでが僕の責任。
だから、この男にも現実を見せてあげる必要があった。
出来ればもう少し楽しみたかったんだけどね。
別に壊すつもりもなかったんだけどね。
僕は君たちから贈られる優越感に浸っていればそれで満足だったのに。犬のように振舞ってくれさえいれば危害を加えるつもりなんてなかったのに。
僕が欲しかったのは、望んだのは、僕が優れているという実感だけだったのに、ただそれだけだったのに。
でも、こうなってしまったのであれば、もう仕方がない。
これ以上この糞みたいなクランにいる必要もない。
恨むのであればあの男を恨めばいい。
だってそうだろう、こうなったのも全部あの男のせいなんだから。
自慢の女を寝取られ、街から逃げ出したはずのあの男。十数年かけて築いてきた全てを僕という存在に壊され、絶望していればいいものを。黙って人生ドロップアウトしていればいいものを。
僕の人生を彩る数多くの色の一つになっていれば良かったものを――
黒虎のミヤビを連れてきて、僕に無様な姿を晒させるなんて。
いくらマカラスを嬲ったところで、この怒りは収まらない。
「マカラスさん。僕はいつだってあなたたちにとっての救いだったはずでしょう? 僕のお陰であなたは夢を見ることができたんでしょう?」
「……」
「違いますか? 僕はあなたたちに多くを与える存在でしょう? それなのに、もしかして今日、僕のことを下に見ようとしたんじゃありませんか?」
「……」
「僕のこと弱いんじゃないかって、そう思ったんじゃないですか? 僕よりあの女の方が、ミヤビの方が優れているなんて、そう思ったんじゃないですか? だからあんな無神経な言葉が出てくるんじゃないですか?」
「……」
「これでも僕が弱いと。そう思いますか? 誤解しないで欲しい。あなたたちが逆立ちしたって僕には敵うことはないんですから。僕はこれからもずっと、選ばれた人間なんですから」
「……」
「ああ、もう話すこともできませんよね。僕の声が届いてるかも分かりませんが――では、もうお会いすることは無いでしょう」
さようなら。
未だ痙攣を繰り返す巨体に、そう告げる。
◇
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