第20話 マサハル

「――! Sランクスキルなんて凄いじゃないの! さすが私たちの子ね」


「ああ、本当に素晴らしい。――はこの家の誇りだ」


「――さんのお陰で俺たちもここまでやってこれた。本当に感謝してるよ。これからも、力を借りることになるけどよろしく頼む」


「すごいね――くん。Sランクスキルなんて憧れるな。僕も――くんみたいに強くなれたらな」


「あなたって本当に素敵。これからもずっと一緒にいたいわ」


 すごい、素晴らしい、君がいなきゃだめ、僕無しじゃ生きていけない。

 これからもずっと、僕のことが必要。


 この世界の神から愛と恩恵を預かり生をうけた。

 誰もが羨む圧倒的な能力を宿した僕は特別な存在なんだと、みんながそう言った。


『そんなことありませんよ』僕はいつもそう返す。

 爽やかに、にこやかに、誰もが羨むような誠実さを持って。


 でもさ、本当はそんなことあるんだよ。

 残念だけどね。

 僕は特別、お前たちとは違う存在なんだよね。

 お前らがどうしようとしたって僕になることは出来ないし、僕以上になるなんてこともありえないんだよね。


 いつだって僕以下。


 自分は特別な存在であると信じて疑ったことはない。

 僕が右を向けと言えばみな右を向き、白いモノも僕が言えば黒くなる。生まれもった力、この世界の上位数%に位置するこの能力は選ばれた人間の証であると信じていた。僕より凄い奴なんかいない、僕に勝る奴なんかいない、僕のモノにならないものは無い、欲しいモノは全部手に入る。金だって、愛だって。僕が望んだものは全部手にはいる。


 そう――僕は特別


 この物語の主人公は僕であるべきだ、と。

 そう思って生きてきた。


「――さんはすごい」「――さん愛している」「――さんは素敵」「――くんになりたい」


 こんな言葉はいつだって僕にだけ向けられればいい。


 だからさ、頼むから出てこないでくれないかな。


 だからさ――


 僕の物語に僕より凄い奴なんていらないんだよ。


 





「僕は君なんて知らない」


 マサハルは言うが、流石に冒険者ギルドの頂点に存在する黒虎のミヤビのことを知らないなんてその言い訳は少し無理がある。マサハルは視線を宙に彷徨わせ、いつもの余裕は微塵も感じられないほどに落ち着きが無い。


「知らないなんてことはないでしょ。だってわたしはお前のこと知ってるもん。なんだったけな、お前の名前がもう少しで思い出せそうなんだけど。もっと顔を見せてくんない? そしたら思い出すかも」


 ミヤビが一歩マサハルに近づけば、磁石が反発したかのように縮まった距離だけマサハルが後退する。

 

「――さっきから何を言っているんですか君は。僕はマサハルだ……」


 ミヤビは「マサハル? そんな洒落た名前じゃねーだろ」とジリジリ距離を詰め、ついに奴を店の外壁に押しやった。ミヤビの視線から逃げるようにして顔を右往左往させるマサハルは明らかに様子がおかしい。店の灯となった蝋燭に照らされて、額に浮かんだ奴の汗が鈍く光る。


 マカラス含むメンバーも『マサハルがミヤビと知り合いだった』という事態、さらには『マサハルはマサハルでは無い』というまさかの言葉に、ただ唖然と事の顛末を見守ることしか出来ないようだった。かくいう俺だってそう。さっきまでミヤビを止めに入ろうとしていたものの予想外の展開に立ちすくむ。

 

「名前はなんだっけな、なんだっけな」


「……僕はマサハルだ」


「えー? 人違いかなあ。マサハルなんて名前じゃなかった気がするんだけどなあ。 気のせいかなあ? そうかなあ? うーん見たことあるんだけどなあ」


「……言いがかりも程々にしてください」


「ちょっとこっち向いてほしいなあ」


「もうこれ以上は君には付き合いきれなぶっ!?」


「だからこっち向けや。おい」


 逃げ回るマサハルの顔を、まるで玉を掴むように鷲掴みにし強引に顔を引き寄せた。


「ぼっ、僕に触るな! ぶっ殺すぞ!」


 ミヤビの手を乱暴に振り払いマサハルが叫ぶ。


 いつも冷静沈着。怖いモノなんて無い。

 そんな男が取り乱し怒鳴り声をあげる。

 いつものやつからしてみれば豹変した、というのが正しい表現かもしれない。マカラスも、エミルダもメンバー全員が目を丸くしこんなマサハルなんて知らないと言いたげな顔を浮かべた。正直俺だってちょっと驚いている。だって『ぶっ殺す』なんて下品な罵声を奴の口から今まで一度だって聞いたことが無かったんだから。


「あっ――いや、これは……」


 声を荒げたマサハルはしまったと一瞬大きく目を見開き、必死にいつもの爽やかな笑みを浮かべようと取り繕っているようだが、全く上手くいっていない。赤らんだ顔、充血した目、口元だけが気味悪く吊り上がっている。


「これは違う! いきなりこの子が僕の顔をっ!」


「お前がこっち向かないから悪いんでしょ」


「いっ! いきなり人の顔を掴むなんてっぶ!?」


 取り乱すマサハルなんてお構いなしに、ミヤビは再び顔を鷲掴みにすると上下左右マサハルを見回した。


 そして「ああ、思い出した」と両手を叩き、言う。


「やっぱり、お前『ラフレシアのウェスカー』だろ」


「「なっ――」」


 ミヤビの言葉に、場にいる全員の声が重なった。


「うーん。ちょっと顔変えてるようだけどさ。匂いも一緒だもん。なあお前ウェスカーだろ」


 ミヤビが再度その名を口にする。


 時が止まったかのような沈黙の時間が訪れた。


 マサハル自身も「なっ――」と大きく口を開いたまま固まっている。次第に細かく震えだす身体。口をぱくぱくと開閉させ何か言おうとしているが、まるで急所を突かれたモンスターのように力なく「あ、あ」と繰り返すだけしかできないようだった。


 俺もマサハル同様言葉を失っている。いや、この場にいる誰もが同じことを考えているだろう。「嘘だろ――」と。ミヤビの言葉はそれほどまでに衝撃的なもの。普通であればすぐに受け入れられる話ではないほどに。

 

 でも、今思えば『追放されてきた』『回復術師』『Sランクスキル』それらすべてを繋ぎ合わせればミヤビの言う『ラフレシアのウェスカー』と合致する共通点が多いことに気付く。それでも、今までマサハルとして認識していた人物が全くの別人であり、更には誰もが知るであろう『名を馳せた人物』だったことに頭の整理が追い付かない。


「……嘘だろ?」


 全員の気持ちを代弁してくれたのはマカラスだった。


 そんなことない、嘘だといってくれと遠目からでも、そんな表情を浮かべているのが見てとれた。そしてマカラスの発した言葉を皮切りにして、静まり返った場にポツリポツリと言葉が生まれはじめる。皆が一様に記憶を掘り返し当時の出来事を振り返っているようだった。


「ウェスカーって――あの有名な?」

「何年か前に話題になったよな――?」

「回復術の――」

「なんでこの街に――」


『ラフレシアのウェスカー』と聞いてピンとこない冒険者は少ないだろう。最高位Sランククランのラフレシアそして、その中にいて回復術師としてその名を轟かせた冒険者のことを。でも、その名は決して黒虎のように栄誉あるものとしては知られていない。黒く酷く濁った情緒を纏ったその名は冒険者の間では記憶に新しく、そして穢れたモノだ――


「本人だとしたら、やばくないか」


 誰かが言う。


 Sランククランとして名を上げた『ラフレシア』はもう、この世界には存在しない。かつては黒虎までとはいかないまでも最高位クランとして冒険者の憧れでもあったギルドラフレシアはある日を境に悲劇を迎えたクランとして皆から記憶されるようになってしまった。訪れた悲劇――ラフレシアが表舞台から姿を消したある事件をきっかけに。


 ――リーダー含む主要メンバー全員が重度の中毒症状。原因は、不明。  

 症状重く、クランとしての活動は一切停止。


 これが、事件の概要。


 ラフレシアにいたのは将来を期待された素質を持った若い冒険者たちだった。

 リーダーのロイドは戦闘系スキルの中でも希な最高位スキル呪術師を持っていて、ひとりでSランクモンスターを倒すほどにその力を注目されていた。その他幹部と呼ばれるメンバーもそれぞれがSランクスキル保持者で、いつか近いうちにラフレシアがギルドの序列トップ10に入るだろうと期待の声があがっていたのに。そんな将来有望なメンバーが突如として冒険者人生を絶たれることになるなんて、誰も想像できなかっただろう。


 有名クランに起こった突然の出来事に、当時冒険者界隈ではその話題で持ち切りだったのを覚えている。冒険者新聞でも『謎の中毒事件』『Sランククラン、ラフレシアの不運』として連日特集が組まれていたほどに俺たち冒険者の中で衝撃的な事件だった。


 しかしそんな驚くべき事件も進展が無ければ次第に風化していくものだ。数カ月もしないうちに冒険者新聞で取り上げられることも、冒険者同士で話題にあがることも少なくなっていった。


 寂れ、みんなの記憶の片隅に追いやられた頃、事件が再び注目を浴びることになる。『ラフレシア事件の参考人として元メンバーの回復術師を聴取』『ラフレシアメンバー過度な治癒による中毒症状の可能性』と事件の進展を匂わせる情報が突如駆け巡ったから。

 

 情報の発信源である冒険者新聞内には、疑わしき者の名前は公表されていなかったものの冒険者たちの間で『ラフレシアの回復術師ウェスカー』という名は風に乗って瞬く間に広まっていった。新聞に公表されていないのだから回復術師ウェスカーが事件の主犯であるという証拠を立証されてはいない、あくまでも参考人として事情を聴かれているだけ。でもウェスカーは聴取を受けている間に突如としてその姿をくらませた。まるで自分が主犯であると言わんばかりに。それがきっかけでラフレシア内で無名であった人物『ウェスカー』の名は幹部メンバーよりも広く知れ渡るようになったのだった。


 そして姿を消してから二年近く、ウェスカーの行方は知れぬまま。

 本当にウェスカーが主犯なのか、もしそうなのであれば何が目的でメンバーの身に危害を加えたのか、違うのであれば何故姿を消したのか。全てが謎に包まれたまま再びラフレシア事件は再び迷宮入りすることとなった。


 もしマサハルが、目の前にいるこいつがウェスカーなのだとしたら――


 『鷹の爪』の一員として何を目的に、何をしようとしていたのだろう。


 ミヤビはおもしろ半分で言っているわけでは無い。

 何か確証を持ってマサハルをウェスカーだと断言している。

 

 マサハルだった人間が、マサハルじゃなくなっていく。

 得体の知れない存在を前に悪寒が走った。



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