第19話 ミヤビ
「お前がクランを立ち上げた?」
その言葉の後に何が続くのか、なんとなく想像できてしまう。
多分こう。
――嘘だろ?
お前がクランを立ち上げたなんて信じられない。
お前なんかがクランを立ち上げるなんて信じられない。
どうせそんな感じに言葉が続くんだろう?
そして馬鹿にしたような笑みでも見せるんだろう?
ああ、わかってる。
笑いたきゃ笑えばいい。
必死に取り繕おうとしてんのか知らないけどさ、マカラスお前顔ひきつってんじゃん。マカラスだけじゃない、マサハルもメンバー全員もが『何かの聞き間違いか?』なんて呆気にとられた顔してやがる。
「嘘だろ……お前が――「ちょっ! ジーク先輩今なんていいました!?」
予想通りに続いた言葉。でも大声をあげて遮ったのはガラルドだった。
面白い玩具を見つけた時のように目を輝かせたガラルドは、野次馬達に良いネタを提供しますと言わんばかりにデカい声をあげる。
「え!? ジーク先輩、今クラン立ち上げたって言いませんでした!? いや嘘でしょ!?」
「おい、ガラルド。だからお前は少し黙ってろって」
マカラスの制止なんて今のガラルドにはお構いなし。
「やばくないっすか!? だってジーク先輩のスキルってなんでしたっけ!? いや鑑定士スキルじゃなかったっすか!? え!? そうっすよねエミルダさん! やべえ、めっちゃうけんだけど」
「あたしに話を振らないでよ急に。んふっ、そうね。ジークのは鑑定スキルだったんじゃないかしらね。というかガラルド笑っちゃダメだって……ば」
「いや、エミルダさんだって笑ってんじゃないっすか!」
「……ガラルド笑いすぎ……よ……んふっ」
「だって! ジーク先輩がクランのリーダーになって何すんだって話じゃないすか! 受けられる依頼なんてあるんすか!?」
「そりゃ……あるんじゃない……かしら…」
「鑑定士スキルっすよね? 戦闘系スキルじゃないっすよね? 物鑑定できるだけっすよね? はっ! まさか野菜ソムリエ!? クランとは名ばかり、仮の姿でお店でも開くって感じっすか!?」
「だから……んふっ、笑いすぎだってば。ジークだって一人前に……んふっ……がんばってるんだ……から」
「ゴブリン退治だってできないっすよね!? だって、ゴブリン鑑定してる間に死んじゃうって! まじ死んじゃうって!」
「ねえ! そうっすよね!」なんて見ず知らずだろう野次馬を捕まえて捲り立てる。
「ガラルド、馬鹿にするなら勝手に笑ってろ」
「いやジーク先輩まじギャグセン高いっすって。そんなに面白いことが前から言えるなら追放とかされなかったんじゃないっすか? なんで今更おもしろキャラ定着させようとしてんすかって!」
やばいやばいと腹を抱えて笑うガラルド。鷹の爪のメンバーも互いに顔を見合わせ肩を震わせている。
『――てことは、女を寝取られてクランを追放された野菜ソムリエ?』
ぽつりと、野次馬連中からそんな声が聞こえてきた。
「うわ、それ最高!」と叫んだガラルド、事情も知らないアホな連中から笑いが起こる。
おもしろいもの見たさの冒険者なんて所詮こんなもんだ。自分以外のことなんてどうだっていい、赤の他人がどうなろうと関係ない、この後の酒盛りで『今日の事件おもしろかったよな』なんて酒の肴に出来ればなんだっていいんだ。
大口を開けて笑う連中を見回すと、ボロ宿の店主やいつも食材を買いにいく野菜屋の親父の姿が目に入った。『ああ、ジークさんまいど』『今日もおつかれさん』『今後もうちと仲良くしてよ』なんて気前よく声を掛けてくれてた彼らも今や野次馬の一部。知らない奴ら程に笑ってはいないものの、俺を庇う訳でも野次馬連中に注意をするわけでもなく『これは良い話のネタになるぞ』なんて目を輝かせている。
第二の故郷とも呼べるオラクルの街にいるはずなのに、全く知らない街にいるような感覚だった。ポツンとひとり取り残されたような。
でも不思議と今まで以上の怒りは込み上げてこない。
馬鹿にされ、大声で笑われても恥ずかしいなんて感情は湧き上がらなってこない。
俺は、俺のやり方でクランを作ったんだ。誰になんて言われても関係ない。
作った理由は格好の良いものじゃないけど、それでも冒険者人生にケジメをつける為に覚悟を決めて作ったギルドだ。
恥ずかしくなんてないさ。馬鹿にされる筋合いなんてないさ。言わせたいだけ言わせればいい。笑うなら笑わせておけばいい。そう思うんだけどさ。でも、そんな俺の覚悟を決めて立ち上げた『銀ビール』が心ない奴らに貶されるのはなんだか可哀想に思えてくるんだよ。人間でも動物でもない命があるわけでもないんだけどさ。自分の子供を馬鹿にされているような気がして悲しくなってくるんだよ。
「ねえ! ジーク先輩っ! クラン名なんて言うんすか!? 絶対面白い感じのやつでしょ!? 教えてくださいっすよ!」
こんな奴らにこれ以上構っている必要はない。
「ちょっと笑わないから教えてくださいって。まーじで笑わないっすから!」
逃げたと言われ、オラクルに滞在している間に誰かから冷やかしを受けたって構うものか。
「逃げないでくださいって! まじそこは言うべきっしょ!」
そう心に決めた。
「行こう、ミヤビ」
手を握り、彼女にしか聞こえないよう呟く。
ミヤビには本当に悪いことをしてしまった。くだらないことに付き合わせて、無関係なのに巻き込んでしまって、『こんな恥ずかしい思いするんなら、ついてくるんじゃなかった』なんて言われても仕方ない程の糞みたいな茶番に付き合わせてしまったんだから。宿屋についたら盛大に楽しんでもらおう、少しでも今日のお返しをしなきゃって、そう思った。
止まった足を再び前に進めようと一歩踏み出す。
それは突然のこと。
置物のように、その場にいながらも存在を消していたミヤビ。何を言う訳でも無く沈黙を貫き、俺の手を強く握っていた彼女が乱暴にその手を振り解く。そして何をするかと思えば、ダボついたローブを翻し未だに騒ぎ立てるガラルドに詰め寄ったのだった。
「な、ちょっと!」
「ジーク先輩っ! 無視しないでくださいっすって!」
「あっ! わかった! クラン名は多分――」
「おいクソガキ、さっきから何が面白い」
今まで聞いたことの無い低い声。
ミヤビの行動に呆気にとられる。
騒ぎ立てていた連中も、突然の第三者の乱入に『え? 誰? 仲間?』なんて憶測が飛び交い、これはまた面白いイベントでも始まるんじゃないかなんて雰囲気を纏い始める。
「え? あんた、誰っすか?」
「何が面白いのって聞いてんの」
「は? なになに? 急に誰?」
「だからさっきから何が面白いのって言ってんの。聞こえねえのかボンクラ」
「はあ?」
ボンクラと呼ばれたガラルドの片眉が吊り上がる。
ミヤビの身長が低い訳では無い、それでも長身のガラルドとは頭ひとつ分身長が違う。上から下まで舐めるようにして見た後『明らかに自分よりも弱そうだ』と、そう判断したのかガラルドの語気が荒くなった。
「なにあんた。見習い魔法使いみたいなダサい恰好して。いや見習い魔法使いでも、もっとマシな恰好するっしょ。ああ、もしかしてジーク先輩のクランのメンバーだったり?」
「質問に答えろボンクラ」
「さっきから口悪いっすね。だからなんだよ自分」
呆気に取られている場合じゃない。
のぼせたガラルドはやっかいだ。自分の力を誇示する為に女の子にだって手を上げる可能性がある。『スキルが上手く使えない』といっていたミヤビのことを思い出し『ミヤビを守らなきゃ』と動こうとしたときには既に遅かった。ガラルドはミヤビのローブのもたついた襟首を一気にねじりあげる。
投げ飛ばすんじゃないかと思うほどの勢いに、ミヤビの身体がふわりと浮いた。
「あんまり舐めたこと言ってっと、剥くっすよ?」
「おい! ガラルドやめろお前!」
「ジーク先輩の糞しょうもないクランでも、立ち上げメンバーってことで調子乗ってんじゃないっすか? まじお前みたいな」
浮いた身体、勢いでズレた大きな帽子から溢れる綺麗な銀髪。
「お前みたいな……駆け出しでも……は?」
言いかけて、ガラルドの言葉が詰まった。何を言おうとしたのか、何を考えていたのか全てがぶっ飛んでしまうほどの突然のイレギュラーに直面して思考が停止したかのように。勝ち誇った顔を見せていたガラルド、その顔色が徐々に弱弱しく青ざめていくのが見てとれた。
「黒虎の……ミヤビ……?」
ようやく絞り出した言葉。
「――え?」 黒虎のミヤビとガラルドの発したその名に場の全員が反応した。一瞬の間をおいたあと『ミヤビってまじ?』『いやそれっぽいんだけど』と、熱気がこもり今にも騒ぎが大きくなりそうな予感。
帽子から溢れたのは幸いにも綺麗な銀髪だけ。猫耳も尾も幸いに隠れているが、黒虎のミヤビがいることがオラクルの街中に知れ渡ることとなってしまった。超有名人がオラクルにいるとなれば、大事になることは間違いない。いつ破裂してもおかしくない程にざわつき始めた場の空気にやばいと大きく跳ねる心臓。
だけど、そんな俺の不安は杞憂に終わることになる。
「騒ぐな」ミヤビが放った一言。
ガラルドだけじゃない、マカラスも、さっきまで馬鹿笑いしていた連中だってそう。たった一言でこの場の空気が一瞬のうちに重たく冷たいものに変わったのだから。いや違う。変わったんじゃない、変えたというのが正しいかもな。
「……なんで、なんでここに……」
「さっきから黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって。しかもなんだ? 穴だらけのよく分かんねえパンツ履きやがってコラ」
「いや、なんで……なんで黒虎の……ミヤビが……」
「わたしの命の恩人に舐めたことすんなら、わたしがお前ら全員とやってやろーか?」
「ねえ、お前らやる?」と連中を見回し発した一喝に全員の背が途端に伸びる。ミヤビ見たさに一歩二歩前に進んでいたそれぞれの足がおずおずと後退し始めた。
「いや……いや別にミヤビ……さんとやりたい訳じゃ。てか、本物……? もしかして偽物とか……」
「あ? 気安くわたしの名前を呼んでんじゃねーぞ」
「いやっ! 本物っすよね! あのっ! あの……その悪気があって言った訳じゃねーっつか」
「クランのリーダーは強くないといけねーっての? そんなにおかしいの? ねえ、スキルが強くなきゃクランを作っちゃダメなわけ? ねえ」
「それは……だってあんなスキルじゃ……」
「さっきまでの威勢はどうした? さっきみたいに笑ってみろよ。ほら、わたしの目を見て笑ってみなよ」
獲物を見つけたときのような鋭い眼光、深く青い瞳がガラルドを捉えて逃がさない。
「ミヤビ、俺も悪かったから。もういい、行こう」
手を引こうとするが、どこにこんな力があるんだと不思議なくらいにピクリともその場から動かない。
「おい、笑え」
「あっ……あっ……」
「笑え」
ミヤビと共に過ごすうちに俺はとんでもない勘違いをしていたと思う。
意識していなかったわけじゃないけど、それでも大きな勘違いをしていた。
声を荒げるわけでも、怒鳴るわけでも無い。
圧倒的なスキルを使って力でねじ伏せるわけでもない。
背筋が冷たくなる程に、沈黙せざるを得ないほどの圧倒的な威圧感。
これが本物の強者というのだろうか。
「……すっ……すみません勘弁してくださいっす……」
数秒の間。
ガラルドは糸の切れた操り人形のように力なく地面にへたり込んだ。
「おい、そこのお前。なんか見覚えあるな? てか何逃げようとしてんだコラ」
「……なんのことかな」
「なんのことかな? じゃねえ。だから顔を背けんじゃねーっての。こっち向けよ」
「……僕は、僕は君のことなんか知らない」
「ふうん、そう。でも、わたしはお前のことを知ってるよ」
「僕は知らない――」
常に自信に満ちた顔。
先ほどまで怖いモノなんて無いと言わんばかりの余裕を見せていたはずのマサハル。Sランクスキル保持者という肩書を持って鷹の爪を掌握していた男。
マサハルの引きつった顔を、俺は今初めて見たのだった。
◇
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