第16話 オラクルに寄るなんて絶対に嫌だ
『創造』を使う度に、俺は何かを犠牲にしている
交換回数は二回。
一度目の交換はナマビールと考えていいだろう。そして、二度目はメーテルで、死にかけた猫ミヤビを救うために『超位回復』を交換した。
二回分の犠牲。未だに何を犠牲にしたのか、いくら考えても正解が見つからない。何かとても大切なモノが無くなっている気がするんだけどいくら思い出そうとしても、その大切なモノが何なのか輪郭さえつかめない。
『超位回復』を得たあの日、冒険者であれば誰もが渇望する最高位のスキルを獲得したあの日、とんでもないしっぺ返しが来るかもって覚悟していなかったわけじゃない。今まで何を失っているのか見当もつかない状況に少し楽観的に考えていたけど、寿命とでも交換しているかもなんて冗談がいよいよ現実味を帯びてきた。
前にも考えたように、俺たち冒険者にとってスキルとそのランクの高さは人生の全てに影響してくる。最高位ランクのスキルを望み、人生をリセットしゼロからやり直せるものならやり直したいと思う人間は間違いなく多い。それほどに価値のある最高位のスキルをほいほい具現化されるスキルがあるとすれば、それは全てのスキルを統括し人々に恩恵を授ける神の領域に近いんじゃないだろうか。
何かを得る為には何かを差し出さなければならない。
なんの代償も無く、無から有を創りだすなんて自然の摂理に反している。
本当にその通りだと思う。
でも、もし寿命を対価にスキルを得ているのが事実だったとすれば、命の価値ってなんなんだろうって思ってしまう。高いとか低いとか、そんな話じゃなくて、誰が、何をもって命の価値を定義するんだろう。もしかしたら、そういった哲学的な考え方じゃなくてスキルを使う度に人体の細胞が消費されたり老化することで結局死期が近まるとか、そういうことなんだろうか。
いくら考えても答えは分からない。
「その、俺のスキルが黒虎のリーダーと同じスキルの特性だとしたらさ、その人は何を対価としてるんだろう?」
「実はわたしも詳しくは分からないんだ。リーダーのスキルについて知っているのは多分ガルニのおっさんくらい。でも昔おっさんが言ってたの、リーダーのスキルは一定の条件が満たされないと発動しない特異なものだって」
「――ある一定の条件、か」
「そう。その条件の中に対価とされるものが含まれるんだと思う。代わりに発動するスキルはどんなスキルも凌駕する圧倒的な力があるんだって」
条件と聞いて創造スキルが発動したそれぞれの日を振り返る。
先ずはナマビール。天気は晴れ、とにかく歩き続けてヘトヘトだった。それで喉が渇いて死にそうだった。何か口にしたい、喉を潤したい、出来れば生エールが飲みたい。そんなことを考えていた気がする。そして、いつの間にか目の前に転がっている
ナマビールがあった。記憶を遡って思い出せるのはこれくらい。
次は超位回復。天気は同じく晴れ、夜中。とにかく深酒をしてヘロヘロだった。それで突然空からミヤビが降ってきた。酷い傷口、溢れる血、苦しそうなミヤビ。どうにかして助けたい、俺にマサハルみたいな回復スキルがあればって、とにかく漠然とそう願った気がする。それで、突然開いたステータスメニューと『交換しますか?』の問い。『交換』を了承して無機質にステータスに加わった超位回復。記憶を遡って思い出せるのはこのくらい。
二つを並べて考えてみると、どちらも俺が強く願ったモノが形になったのは間違いが無い。でも、メーテルで金欠だったときに何度も『金が欲しい!創造!食べ物が欲しい!創造!』ってアホなことを繰り返したんだけど何も起こらなかった。となれば一回目と二回目のような条件が満たされていなかったということなのか。
うーん、分からない。
でも、今更だけどナマビールが出現したときに『交換しますか?』ってステータスメニューが開いたっけ? そういえばそんな記憶は無いかも。あの時無意識のうちに俺は交換を了承してしまったのかな。
だめだ、頭が痛くなってくる。
「もし今後またスキルが発動しそうになっても出来れば使って欲しくはない。いくらそのスキルが君の願いを叶えるようなものだとしても、何を犠牲にしているのか明確になるまではさ」
「もちろん、善処する」
「あのさ――君が何か大切なモノを犠牲にしてわたしの命を助けてくれたんだとしたら。いや、何を犠牲にしたなんか関係なくさ」
大きな猫目が俺を捉える。
「わたしなりの恩返しを絶対にするから」
メーテルでミヤビから王都への同行の依頼を受けた日に「御礼はする」と彼女は言った。明るく、楽しそうに。でも、今俺に向けられている言葉はあの日のような明るさは無い。もっと切実に気持ちを吐露しているかのようで、気を遣ってくれているのが分かって、少し申し訳なくなってしまった。
「まあなんだ。そんなに気にしないでくれ。勝手に助けたのは俺なんだからさ。助けたいと思ったから助けた。何を犠牲にしたなんか関係ない……いや正直ちょっと怖いところはあるけど、ミヤビが気にすることじゃないさ」
「ううん。それはそれ、これはこれ。スキルを使えなくても、何があってもわたしが君を守るから。だから安心して」
なんてカッコいいことを言うんだろう。
やっぱりミヤビは俺より大人な女の子なのかもしれない。
『守る』と言われても、それは互いの持っている力を天秤にかけて、どちらが上でどちらが下か?なんていう力関係を示すような嫌なものでは無い。ミヤビの真剣な眼差しから本当の気遣いが見てとれて、やっぱりこの子は大人だと改めて思った。
「女の子に守られるってのも何かカッコ悪いからあまり頼みたくはないけど……その、なんだ。万が一があればよろしく頼むよ」
「うん。そうして。まあ王都についたら何か分かると思う。都立の図書館なんかもあるし、スキルに詳しい研究者だっているからさ。案内したげる」
張り詰めていた空気がようやくほころぶ。
ミヤビは軽く微笑むとそう言った。
王都に行けば何か分かる――
確かにそうかも知れない。
この国の中核の王都。国の始まりからを記した文献だってあるだろうし、今までスキルについて研究を続けてきたお偉い学者さんたちだっているし、ミヤビでさえ分からなかったスキルも手掛かりのひとかけらくらいは分かるかも。逆に分かりすぎちゃって「あなたのスキルは命を消費します! 余命一年!」なんて言われたらどうしよう、なんて少し不安はあるが今考えすぎても仕方はない。
先ずは王都について、それから考えよう。
ふと、今までの話から『シークレットスキル』との関係性についてが気になった。ミヤビが脳内図書館に入り込んだときにもシークレットスキルの可能性が……なんて零していたけど、それから一切シークレットスキルについては触れてこない。その可能性について、彼女の中ではゼロになったんだろうか? まあギルドセンターの職員さんもシークレットスキルはスキル名表示の頭文字に『S』がつくと言っていたから、その記載が無いのが結果なのかもしれないけど。
一応ミヤビに尋ねてみる。シークレットスキルについては俺も誰かから聞いた話程度にしか情報を持っていない。いや、俺以外の冒険者の大半がそうだと思う。だってその名の通り謎に包まれたスキルなんだから。それでもミヤビなら何か知っているかもしれない、そんなただの興味本位で――
「そういえばさ」
「ん。なーに?」
「えっと、シークレットスキルの可能性って無いのかな。だってほら、シークレットスキルもどうやって発現するか分かんないんだよな? なんか謎な部分が似ている気がして、俺も詳しくは知らないんだけど。そのフェラールの――」
フェラールのシャーロットが、と続けようとした口がとまる。
ほころんでいた空気が一瞬、色を変えたから。
ミヤビの顔つきは変わらない。フェラールとの言葉に猫耳が大きく反応したように見えた。
聞いたらいけない質問だったのか、言葉を続けない俺にミヤビは何を言うわけでもなく、ひとり時が止まったかのように俺の顔を見据えている。
「――君がシークレットスキルを発現するなんて、絶対にありえない。だから考えていない」
ようやく発した言葉。
なんの感情が混ざ合っているのか俺には分からない。
言葉だけとってみると「俺なんかがシークレットスキルを会得できるわけがない」と強く言われたら少し凹みそうなモノなんだけど、そういう意味ではなさそうだ。
絶対にありえない、と言ったその部分だけは何か特別な感情がこもっていたように思えたから。
「誤解しないでね。君を悪く言ってるわけじゃないから」
一応ミヤビは気持ちを汲んでか、続ける。
「君は、シークレットスキルが毎回どこの誰に発現しているのか知ってる?」
「……いや、今回のシャーロット以外はあまり知らないかも。だって数も少ないし、前回発現したのは数十年も前の話なんだろ? シークレットスキルを会得した人間っていうのはさ。偶発的に発現するものじゃないのか?」
「そう。みんなそう思ってる。偶然、奇跡的に。だから、みんなシークレットスキルが特別なモノだと思ってる。珍しく崇高なスキルだって、そう思ってる。でもね――」
俺を見据えた瞳に浮かんだのは暗い影。
夜風でミヤビの髪をなびかせた。
「あれはこの世界の王族や貴族の創り出した誉れと呼ぶにはあまりに悍ましいもの。自分を犠牲にして得るんじゃない、自分以外の大切なモノを犠牲にして創り出される紛いもの。だから、君のは絶対にシークレットスキルじゃない」
「それはどういう……」
「君には、君にならいつか話すことができるかもしれない。でも、ごめん。今はまだ話すことはできないんだ。隠し事をしているようで本当に申し訳ないんだけど、さ」
瞳に浮かんだ影が消えるのも一瞬だった。
無理して表情をやわらげているのが、この話の終わりを告げているように思えた。
でも、感じたことがある。
王族、貴族と言った彼女からあふれ出していたのは『憎悪』と呼ぶには可愛らしい程の暗く濁った感情、全身の毛穴が開くような悪寒を感じるほどに強烈なモノだった。
もちろん口に出すことはしない、できない。
「いやいや、いいんだ。ただ気になっただけだから。いつかミヤビが話してくれるのを気長に待つよ」
ミヤビが今まで何を経験してきたのか知ることはできない。それでも、俺の想像を絶するような経験を繰り返してきたことだけは間違いないだろう。じゃなきゃ十八そこらの女の子がこんな感情を溢れさせることなんてできないはずだ。
やっぱり、女の子が冷たく暗い顔をするのは見るに堪えない。
うん。やっぱりにこにこ楽しそうにしてほしい。
ミヤビに守られるばかりじゃいけないだろう。
俺が彼女を守らなきゃいけないんだ。
俺の役目はスキルがうまく使えないミヤビを王都まで無事に連れていくこと。
自分のことより彼女のこと。
そうしよう、と強く思った。
◇
「あっ!」
「えっ!? なになに!?」
早朝の出来事。
狭い荷台でもお構いなしと、丸くなって寝ていたミヤビが突然覚醒し、叫んだ。
「なんだよ、なに? どうしたんだよ?」
「や、やばいかも!」
「なになに!? こわいこわい」
――また創造についてのやばいことを思い出したんじゃないだろうか
君、やばいよ! やっぱり死ぬよ!
なんて言われたらどうしようなんて考えて心臓が上下左右に暴れまくる。
「どうしよ……どうしよ」
黒いローブを掛け布団代わりにしたミヤビが狭い荷台でゴロゴロ転がる。
相当にやばい内容らしい。
もうこれ以上心臓に負担をかけたくない。
「いやだからなに!?」
「あの、その」
「なになになに!? 明日おれが死ぬとか言わないでね!?」
「……王都への通行証、貰ってない」
しばし考えたあと、
「あっ!」と俺も叫んだ。
◇
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