第15話 創造とはなにか
相乗り馬車――
良い仕入れが出来なかった行商人が、空気を乗せた荷台のまま次の街を目指すよりも何かを乗せていった方が効率的じゃね?って感じで始まったこの移動手段は、専門業者のサービスを受けるよりも半額近く安い。いつの間にその名が定着したのかは知らないけど、冒険者にとってはリーズナブルに馬車を使える馴染み深い移動手段だ。
もちろん価格が安い分いくつか欠点もある。大きな問題は自分たちが利用したいその日に丁度目的地に向かう行商人がいるのか――という点。だから、マイナーな街や規模の小さい村までいきたい!期日までに目的地に到着したい!っていう人には向かない。
大丈夫かなって少し不安はあったけど目的地が王都クルージだけあって、幸いにもクルージに向かうという行商人を何人か見つけることが出来た。そして、二人で五万ゼルという破格の値段を提示してくれた行商人に王都までの相乗りをお願いするこになったのだった。
乗客は俺とミヤビのふたりだけ。
数日とは言えお世話になったメーテルの灯を見送りながら夜道を進んでいく。
車輪の振動がダイレクトに尻に伝わってきて決して乗り心地が良いとは言えないけど、馬車に揺られながら夜の道を行くのがなんだか新鮮だ。
冷たくもない風、木々が揺れる音、草の匂い、たまに聞こえる動物の鳴き声。
――うん、悪くない
なんかこう非日常を味わっている感じでさ。
「なあ、ミヤビ。こういうのも悪くないよな?」
「ん?」
「なんかこう、馬車に揺られて夜道を行くのって浪漫感じないか?」
「うーん、別に。それよりこの菓子パンやっぱりおいしいよ」
大自然の音も匂いも男の浪漫なんて全く関係無しと言わんばかりに、ミヤビはメーテルで買った黒砂糖付きの菓子パンを頬張っていた。誰も見ていないからと露出している銀色の猫耳とローブからはみ出たから尻尾が「うまい、うまい」と言わずとも伝わるようにピコピコ暴れている。
ふと菓子パンの入った袋を除くと、四つ買ってあったはずの菓子パンの残りは二つになっていた。俺の分、ミヤビの分と半々で考えればミヤビの持ち分は消化されたこととなる。このペースでいくと「ねえ、もうひとつ食べてもいい?」とかなんとか言って俺の持ち分も消化されてしまうなんて想像に容易い。
まあ、美味しいモノを食べているときの幸せそうな笑顔を見れるなら「俺の分もどうぞ食べてください」っていって差し出しても惜しくはないんだけどさ。
「ねえ」
とかなんとか考えていた俺にミヤビから突然の「ねえ」
見ると手に持っていた二つ目の菓子パンはすでに消化されていた。
予想以上に手を出すのが早い。
――もうひとつ食べてもいい?
と続くであろう未来が想定の範囲内過ぎて考えていたことをそのまま口に出す。
「ふふ。いいよ。俺の分も食べてくれ。気にせずどうぞ?」
「――は?」
「いいよいいよ。言わずとも分かる。でも今日はあとひとつだけにしとこうな? 残りのひとつは明日の朝に、な?」
「――何の話?」
「いや、だから菓子パンまだ食べたりないんだろ? 残りの分もミヤビにあげるからさ。だけど今日はちょっと食べすぎになるからさ? あとひとつは明日にしなよってこと」
「は?」
「ん? だから、俺の分も――」
食べたいんだろ? と再び言いかけて――やめる。
どうやら俺は地雷を踏んでしまったようだった。
だって、あの日メーテルの宿屋で見せたように猫耳が垂直に立って尻尾なんて二倍くらいに膨れてるんだもの。
「わたしを! 食いしん坊あつかいすんな!」
行商人のおっさんが後ろにすっころびそうな程の大声だった。
◇
「いまさらなんだけどさ、君のスキルって回復系なの?」
ミヤビの尻尾が元の状態に戻るまでにしばらくの時間。
――ねえ、の後に続いた言葉は確かに今更な質問だった。
「えっと、ほんとごめん」
「もういい。で? 回復系なの? 相当なスキルっぽいけどさ」
尻尾は元の状態に戻ったものの、まだご機嫌ななめのようで。
――気を取り直して本題に。
普通冒険者同士が交流する場合に挨拶がてら紹介するのは互いのスキルのことであることが殆どだ。冒険者にとってスキルはステータスであり、自分を象徴する一番の要素であるから。だから名前よりまずはじめに印象に残るのはその人のスキルであることも多い。例えば珍しいスキルを持っている冒険者を覚える際には『〇〇スキルの〇〇さん』といった形で。
でも、俺とミヤビはそんな情報を未だ共有していない。
彼女と初めて出会った日から結構な時間を共にしてはいたものの、スキルについての話題が出るのは今が初めて。俺もミヤビに聞かれれば答えるつもりだったんだけど、ミヤビは俺の赤裸々な告白以上の素性やスキルについてを聞いてくることがなかったから。しかも俺としても自分からなかなか言い出しにくいとも思っていた。だって「君を助けたのはこのスキルなんだよ」ってひけらかすようにも思えたしさ。
ほんと今更なんだけど『創造』についてを話す良い機会かもしれない。
ギルドセンターでさえ俺のスキルについて知らなかったけど、ミヤビであればもしかしたら何か知っているかもしれないし。
「ちょっとややこしいんだけど――」
と前置きをして俺は自分のスキルについてをミヤビに話すことにした。
「ややこしいのは慣れているからだいじょーぶ」
流石はミヤビ。何が出てきても驚きはしないという余裕を浮かべている。
これは『創造』について新しい情報が出てくることに期待が持てそうだ。
「ok、じゃあ聞いてもらおうかな。まずミヤビの身体を治癒したのは回復スキルの超位回復」
「へえ。超位回復ってSランクスキルだよね? すごいじゃん」
マサハルがSランクスキルを所持していることを知ったときの俺たちの反応と比べると天と地の差。Sランクスキルと聞いても驚かないあたり、ミヤビクラスになればSランクスキルのほうが馴染み深いものであるのかもしれない。
「うん、でもこれ元々俺のスキルじゃないんだよね」
「どういうこと?」
「実は――」
ここからが難題。
「全然ややこしい話じゃないじゃん」というような余裕満々の顔を見せているミヤビにこれまでのことを順に話はじめる。
まず、元々俺の持っているスキルはCランクスキルの『鑑定士』であること。
長く鑑定士スキルは成長していないし、これと言って特別な力は無いザ・Cランクスキルなこと。役に立つ場面と言えば薬草のグレードを見極めることが出来るくらいであまり重宝されないスキルだったこと。
でもそんな俺の平凡なスキルに突然『創造』というスキルがステータスメニューに加わったこと。あまりに喉が渇いて死にかけた時に突然現れた異国の酒、ナマビールのこと。
『創造』についてを聞いてまわったが、ギルドセンターの職員でさえ見たことが無いスキルだということ、自分で使おうとしてもスキルが発動しなかったこと。
スキルが発動する条件は曖昧で何かと何かを『交換しますか?』と選択を迫られること。しかも何を交換するのか自分では検討がつかないということ。でも『交換』を承諾したからSランクスキル『超位回復』を取得したこと。
だからミヤビの身体を癒した『超位回復』は元々もっていたスキルじゃなくて『創造』によって創り出されたものである可能性が高い、と。
話初めは「なにそれ、冗談やめてよ」なんて言って俺が軽口でも叩いているかと思っていたようだったが、ステータスメニューを公開すると途端に大人しくなった。相も変わらず俺のステータスメニューに並ぶ各スキル、そして『創造』と『交換回数:二回』の文字。
「――なに、これ」
ステータスメニューを凝視するミヤビからは笑みが消えていた。怒っているような、悩んでいるような得体のしれない何かに恐怖するような真剣な顔つきに変わっている。
様子からして、ミヤビの頭の辞書にも『創造スキル』という言葉は載っていないんだろうと気付く。やはり俺の『創造』はとんでもない問題児のようだった。
「いや、なんかごめんな。俺にもよく分かんないんだよ。発動させようとしても使えないスキルなんて聞いたこともないしさ。でもSランクスキルと交換できるんだからちょっとヤバいスキルなのかな、とは思っている」
ミヤビにフォローを入れるが彼女は石のように固まってうごかない。
「いやほんとに何と交換したんだって話でさ。寿命とかかな? いや、まいったまいった」
なんて俺の冗談も届かない。
完全にミヤビは外部の音を遮断している。まるで脳内にある図書館から、あらゆる情報を整理しつなぎ合わせているのかのようだった。
そして、再びの沈黙。
脳内の図書館から現実に戻ってきた彼女は、何かを思い出したかのように口を開いた。
「ねえ、そのスキルを使ったあとに身体に異変とか感じてない? スキルを会得してから何かがおかしいとか思ったことある?」
宙を彷徨っていたミヤビの視線が俺の瞳を捉えた。
いつになく真剣な眼差しを向けられ余計に空気が張り詰める。
「いや身体の異変なんて全く無いんだ。言ったように何と交換したのか見当もつかなくて」
「そう。それは良かった。その、超位回復はいつでも発動できる状態なの?」
「ん? ああ、超位回復は鑑定スキルと同じようにいつでも発動できるぞ。ほら」
ぼんやりとした癒しの光を掌に浮かべて見せる。
あの日以来スキルを使ったのは今日が初めてだけど、自分の身体の一部を操作するように自然とスキルは発動した。
「Sランクスキルの具現化……完成度はオリジナルと差は無い……」
そうやって彼女は再び脳内図書館へと戻っていく。「シークレットスキルの可能性……」「トリプルスキル……」なんて予想外の言葉を零しながら。
「あの、ミヤビ。悩ませちゃって悪いな。まじで気にしなくていいから。いつか何かがきっかけで分かるかもしれないんだからさ」
朝まで脳内図書館に入り浸ってしまいそうな雰囲気を察して無視を覚悟で声を掛ける。が、二度目の帰還はずいぶんと早かった。
大きく息をつき、ミヤビがこぼす。
「――うちの、リーダーと同じ」
「え?」
短いながらも強烈なその単語の力に心臓が大きく跳ねる。
「リーダーっていうと、その……黒虎の?」
「そう、うちのリーダーと似てる。創造ってスキルの特性が」
「いやそんな黒虎のリーダーとなんて……」
一瞬冗談やお世辞かと思った。
でも、決してそれは冗談などではないとミヤビが纏う雰囲気から伝わってくる。
「何かを犠牲にして高次元の力を得るスキル……どうやって使っているのかも分からない……今まで発現したスキルと全く違う属性」
『交換』では無い『犠牲』とミヤビは言った。その言葉に寒気が走る。
ましてや黒虎のリーダーと似た属性を持ったスキルであるかも、という衝撃的な事実。
Sランククラン黒虎。
百年以上続く伝統、未だ黒虎を超えるクランは出てきていないほどの圧倒的な力。メンバー全員がSランクスキル所持者。
格闘家 ガルニ
ハーフエルフ ファルス
テイマー ファルニ
傀儡師 ジェイド
大魔導士 ミヤビ
黒虎の中でも頭二つは抜けている幹部を束ねるほどの人物。
黒虎が冒険者ギルドの頂点に君臨するのであれば、冒険者の頂点にいるのは恐らく彼女のことを言うのだろう。
ミヤビをはじめ幹部連中が冒険者新聞の常連であるのに対して、その姿は一切公になっていない謎に包まれた存在。
「黒虎のヘラ――」
◇
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