第14話 きっかけを思い返すと
「ねえ、君はお腹減らないの? えっとほら。あの黒砂糖のついたパンとか美味しそうだけど」
「いや、さっき食べたから」
メーテルで人気店と呼ばれる魚が美味い店で、たらふく昼ご飯を食べた帰り。
「そう。でもこれから王都に向かうのに結構日数かかるんだよ。えっとほら、万が一に備えて食べ物を追加して持っておくことも必要じゃない?」
「いや、これ以上もてない」
メーテルで人気店と呼ばれる肉が美味い店で、数日分の乾燥食料を買った帰り。
「あ、じゃあ馬車に乗る前に軽くご飯でも食べたほうがいいんじゃない? 馬車って座っているだけでも意外と体力使うって聞くし、わたしは何かお腹に入れておいたほうがいいと思うけど」
「いや、だからさっき食べたって」
「そう。あ、君は食後に果物食べると消化に良いって知ってた? とくにオーガフルーツって油っぽいお肉のあとに食べたら健康にも良いんだって」
「いや、だから昼ご飯は魚だったじゃん」
「ふうん、そう」
ふうん、そう――
じゃない。何を聞いていた。
しかもお前だって一緒に食べてただろ。
「それなら――」と市場に並ぶ別の果物に視線を向けるミヤビを遮る。
「なあ、まだ食べたりないのか?」
「んはあっ!?」
カウンターパンチを食らったかのようにミヤビが叫ぶ。
んはあっ!? ってなんだ。
「わたしを食いしん坊あつかいすんなっ!」
「だって食べたいんだろ? まだ」
「ちっ、ちがう! わたしは食いしん坊じゃない!」
いや、とても――食いしん坊だ。
こんなミヤビとのやりとりも少し慣れてきた。
ミヤビからの相談『王都へ一緒に来て欲しい』という初依頼を承諾してから三日。
王都への出立準備を進める時間をミヤビと共に過ごすうちに、彼女の意外な一面が少しづつ見えてきた。
意外な一面、それは彼女は年相応の女の子だということ。
冒険者新聞でのインタビュー記事や風の噂で知り得た情報から、俺の中でのミヤビは『自分より大人な女の子ミヤビ』という像を形成していた。いつか見た記事の中に『自分を変えることができるのは自分しかいねーから』とかなんとか書いてあったのを見て、やばいめっちゃクールでカッコいいって思ったことだってある。
でも、そんなミヤビの像は今や『意外と子供っぽい女の子』へ形を変えつつある。もちろん彼女のことを全部が全部わかったわけじゃないんだけど。
本人は自分の中でのミヤビ像を守ろうとしているのか、無意識なのかは分からないけど『ふうん』とか『そう』とかサバついて大人ぶった一面をたまに見せてくる。でも今みたいに素直にモノが言えないあたり、図星をつかれて顔を赤くして照れる様子はまさに年相応の女の子。
黒虎の幹部のミヤビと短い間とは言え王都まで行動を共にするという、一般人の俺にとって荷が重た過ぎるイベントに『少しでも大人っぽく振舞わなきゃ』って思って気を張っていたけど、そんな彼女の一面がチラ見できて少しは楽になった。
子供っぽいというと悪い意味に捉えられそうだけど今の俺からしてみれば褒め言葉。
まあ、ミヤビに言ったら弁解の余地なく激怒しそうだから言わないんだけどさ。
それを示すように「食いしん坊とかじゃないし」「君を心配してただけだし」「てか聞いてんの?」とかなんとかぶつぶつ言い訳しているし。
そんなご機嫌斜めのミヤビは今、全身真っ黒。
身体を包むのはだぼついた黒いローブ、魔術師雰囲気全開のとんがり帽子で顔を隠すようにしてかぶっていて、まるで駆け出しの魔法使いのような出で立ち。目立つ銀色の髪もピコピコと動く猫耳も今や帽子の中に大人しく収まっている。
これがミヤビ流の変装、とのこと。
耳や尾を隠し、黒虎のメンバーに遭遇しても気づかれない完璧な変装だとそう言っていた。
もし通行人に正体がバレでもしたらえらい騒ぎになることは間違いなし。勿論耳や尻尾が見えなかったとしても、黒虎のミヤビが街中をぶらぶらお散歩しているとなれば野次馬があれよあれよと集まってくるだろう。
逆にこんな駆け出し魔法使いのような格好していたら悪目立ちしてしまうのではないかと少し不安だったけど、流石はミヤビの経験から編み出された変装だけあってこの三日誰かに気付かれた様子は無い。ミヤビのファンに見つかって刺されたり、黒虎のメンバーと鉢合わせて一悶着起きたらどうしようなんて不安はあったが、幸いにも揉め事ひとつなく無事にメーテルから出ることができそうだ。
向かうのは、ミヤビの家がある『王都クルージ』
メーテルから南西に抜けて馬車で十日ほど。
王都に家があるというのは流石ミヤビと言うべきだろう。
だってクルージは冒険者たちにとって夢の街なんだから。
夢を追い、勝ち残った人間のみが日々を送れる冒険者たちの憧れの街。
王族貴族が収めるこの国の始まりの街。
黒虎をはじめ、有名Sランククランが根城とする志を持つ冒険者全てが目指すべき最終地点。
いつか行ってみたいもんだ、と遠い異国のように思っていた街。いつか行ってみたいと思いながらも、いつかなんてこないと半ば諦めていた街――
そんな王都に十日と経たず俺は足を踏み入れることになる。
昔の自分なら到底信じられる話じゃない。
たぶん、夢に見るだけみて一歩踏み出すことは出来なかったんじゃないかな。いつまでも同じ街で足踏みしていつかいつかなんて死ぬまで言っていたと思う。
そうだな、俺が一歩踏み出すきっかけになったのはミヤビからの相談――
いや、きっかけはなんだろうな。
そうやって思い返すと、今に至るまでに本当に色々なことがあった。
追放されてきたマサハル、マカラスに連れていかれたゴブリンの巣、オラクルでの最低最悪な出来事、自暴自棄になってオラクルを飛び出してしまったこと、突然の創造スキルが出現したことと、スキルでナマビールに交換されたこと、財布を無くしてしまったこと、メーテルでの安宿、気前の良い親父、ギルドセンターで一応親身になってくれた職員、あの日朝飯を食べて金欠だったこと、ナマビールの空き瓶を買ってくれた謎のお姉さんと金貨。金貨を換金して立ち上げた銀ビールに、踊る珊瑚礁、踊る珊瑚礁で深酒をしてしまったこと、夜が更けるまで店主が起こしてくれなかったこと、宿屋の親父のおかげで見つけることのできた宿への近道、偶然落ちてきた死にかけの猫とマサハルの超回復スキル、それで死にかけの猫を助けたらそれがミヤビで、ミヤビは獣人でスキルが使えなくて――
なんだか、ありすぎて訳が分からないわ。
でも、ひとつひとつが繋がって今の俺が足を進めるきっかけになっていると思うと人生なにが起こるか本当に分かったもんじゃない。
というか経った数日の間にこれだけ濃い時間を過ごしてきたんだと思うと少し笑えてくる。
俺の人生は何もない村で何も能力をもつことなく生まれて平凡でありきたりな人生だったはず。そんな平凡な人生を送っていた俺に重なったイベントは全部が濃厚。
もう少しまんべんなくイベント発生してくれればいいのにさ。
でももし何かひとつでも欠けていたら今の俺は無かったのかも。
なんだか不思議な気分。
出発は今日の夜。
雲一つない空は綺麗なグラデーションを引いて濃紺を描き始めている。
王都への道のり、短くても俺にとっては長い旅が始まりそうだ。
「ていうか、お昼だってわたしはそんな食べてないし」「結構歩いてるから消化が早いだけだし」
未だに何か言っているミヤビの相手をしながら、華やかな王都の情景を思い浮かべる。
◇
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