第13話 シルクside あの日から

「知ってます? ジーク先輩ってまだ消息不明らしいっすよ」


「ああ、知ってる知ってる。マカラスにクランを抜けてくれって言われて突然いなくなったんだろ?」


「そうそう、姿を消してもう二週間なんすって」


「ん? もうそんなに経ったか? しかしまあマカラスも酷なことすんじゃん。アイツって立ち上げ当時からのメンバーだろ? それを急に『追放』するなんてな」


「いやでも仕方なく無いっすか? ジーク先輩いたら俺たちってBランクに昇格できなかったんでしょ? それなら辞めてもらったほうがまじ良いっすよ」


「それはあるかもな。アイツも冒険者としてはそろそろ潮時だったんじゃねえのか? 戦闘系スキルならまだしも鑑定スキルだろ? どう足掻いたってこれ以上の成長はできねえだろうし」


「鑑定スキルってほんと使えないスキルっすよね。いや、ほんと俺のスキルが戦闘系でよかったわーまじ神様に感謝っすよ」


「お前ちょっと言いすぎ。でも、それに関しては同感かも――しかし今なにしてんだろうな。アイツのスキルじゃ他に行くあてなんか少ないだろうに」


「八百屋でもしてんじゃないっすか? 鑑定士スキルつかって野菜の仕入れとか」


「プロ野菜ソムリエみたいなもんか。やばい、ちょっとおもしろいかも。実は野菜ソムリエの素質を開花させてたりして」


「でしょ、まじうけるっす。てかジーク先輩が消息不明ってことはシルクさん今フリーってことっすかね?」


「んん、そうだな。ジークがひょっこり戻ってこない限りはな」


「そうっすよね。いや、てことはこれ俺ワンチありますよね? いや、まじどうしよ。あんな美人と付き合えるってまじ考えただけで興奮するんすけど。ジーク先輩、シルクさんいるんだからギルド追放されたくらいどーでもいいっしょ。消えるなんて、ほんと馬鹿っすよねえ」


「まあそうかも。というかワンチって何?」


「知らないんすか、ワンチャンスのことっす。略してワンチ、もしかしたら今ならシルクさんと熱い夜を過ごせるかもてきな――あーっと! シルクさん! おはよっす。今日も可愛いっすね!」


「――ガラルドくん。うん……おはよう」


「いやすみません! いつからそこにいたんすか!? いやまじ焦る! あ、丁度みんなでシルクさんっていつも可愛いなーって話してたんすよ。いや本当に可愛い!」


「……そう」


「てかシルクさん、元気だしてくださいって! あのジーク先輩いなくなっても全然大丈夫っしょ! ジーク先輩とよりマサハルさんとか自分の方が――」


「おいガラルドやめとけって!」


「っと、さーせんっす! あっエミルダさんに呼ばれてるんでいきまっすね! じゃ、またっす!」


「ってことでシルク、おれも行くわ!」


「……うん、またね」


――これが今のわたしの日常


 みんなが、みんながいなくなったジークくんの話をしている。


 このまま戻ってこないかも、野垂れ死んでいるかも、実はオラクルでひっそり暮らしているのかも。寂しがるわけでも心配するわけでもなく、刺激の無い毎日に色が加わったかのように、有りもしないことを妄想し日々の退屈しのぎの肥やしにしている。


 ジークくんがいなくなった理由。


 マカラスさんが『ジークくんを追放した』から、みんなはそう思っている。

 鷹の爪を脱退してくれとのマカラスさんからの提案に逆上し、姿をくらませたかわいそうな人、みんなはそう思っている。


 そして突然一人残されたかわいそうな女、不幸な女。

 それがわたしだとみんなはそう思っている。


 でもね、みんなは真実を知らないだけ。


 ここに一人残っているのは可哀想でも不幸でもない、彼を庇うことも真実を話すこともしない最低な女なんだよ。


 ジークくんがいなくなった理由はマカラスさんのせいじゃないんだよ。

 

――本当は全部わたしが原因。

  そう、全部わたしのせい。

 

 わたしが彼を裏切ったから、だから彼はいなくなった。

 あの日、今までわたしに尽くしてくれた彼の全てを裏切ったのはわたし。

 彼を裏切るようなことを堂々と。

 悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。


 今まで積み重ねてきたモノすべてをわたし自身が壊してしまった。


 彼と出会って二十年。

 人生のほとんどの時間を彼と過ごしてきた。

 村にいる頃からずっと――彼のことが好きだった。

 小さな、何もない村にあった私の唯一の幸せ。

  

 一緒に村から出て、ふたりで新しい世界に飛び出すと決まったときは物凄く嬉しかった。村から出ての生活は毎日が大変の連続だったけれど、それでも彼はわたしの為に手を尽くし心を尽くしてくれた。それだけでわたしは幸せだった。


 お金がなくても、食べることに困りそうでも、それでもわたしは幸せだった。


 それで同じクランに入って、恋人になれて生活に不安なことは多かったけど、優しくて頼りになって、いつも笑ってくれる彼と一緒にいる時間があれば十分だった。


 ふたりで生きていくだけで大変でも、ふたりなら、ふたりでならずっとやっていける。 いつか小さくても家を買って子供をつくって、冒険者としても引退して穏やかに暮らしていく、そんな彼との人生を夢に見ていた。夢に見ずとも自然とそうなる、そうしかならないって毎日信じていたはずなのに。


――それなのにどうしてわたしはあんな馬鹿なことをしてしまったんだろう。


  なぜわたしは彼をあの人と比べてしまったのだろう。


  今考えれば比べようもないはずなのに、わたしの全ては彼だったはずなのに。


  いつからだろう。 

  彼がいることが当たり前だと思ってしまったのは。


  いつからだろう。

  彼の優しさに慣れてしまったのは。

  それが当たり前だと勘違いしてしまったのは。


――ごめんなさい、ごめんなさい。


  何を謝りたいんだろう、何を許してもらいたいんだろう。


  繰り返し思っても、言葉を向ける相手は、もういない。





 あの人――マサハルくんと関係を持ってしまったのは『技術講習合宿』が始まり。

 私の頭が馬鹿になってしまったのはあの日から。


 初めて彼と離れての生活。

 大勢の知らない人達に囲まれての生活、ご飯を食べるのも眠りにつくのも今までとは全く違う環境。毎日が不安の連続で何度家に帰ろうかと悩んだことか。


 でも、そんなわたしの不安をやわらげてくれたのはマサハルくんだった。

『この人は何かを隠している』初めの頃は何か怪しい人だなって思ってて好きじゃなかったのに。右も左も分からないわたしに献身的に尽くしてくれるマサハルくんの優しさに触れて、いつの間にかそんな警戒心も無くなっていた。


 日々を共に過ごすうちに、いつの間にか「この人といると落ち着くかも」なんて考えてしまった馬鹿なわたし。


「シルクさんはもっと自立していける人だよ。スキルのセンスも良いしこれからどんどん成長していくと思う」


 なんて優しい言葉のひとつに一喜一憂して舞い上がったりして。

 そんな言葉、ジークくんはいつでもわたしへ言ってくれていたはずなのに。


「僕は君のことを理解できる」


 なんて言葉に頼りがいを感じたりして。

 言わなくても、ジークくんはいつでもわたしに行動で示してくれていたはずなのに。


 それなのに、それなのにわたしはいつの間にか二人を比べるようになってしまった。合宿の最終日にはついついジークくんを悪く言うようなことを口走ってしまった。彼は何も悪いことをしていない、何か不満があったわけじゃないのに。


「将来が不安」そう言ったことを今でも鮮明に覚えている。お酒を飲んでいたというのは言い訳にもならない。だって確かにわたしがマサハルくんにそう言ってしまったんだから。自分で何もできないくせに、いつも人任せで生きてきたくせに、何が「将来が不安」なんだろう。


 あさましく嫌な女。

 流されやすくて、その場の空気に合わせてしまう最低な女。


「――最悪ですね、わたしって」


 彼は今どこで何をしているんだろう。

 誰に聞いても行先なんて分からない。


 でも唯一言えることは、彼はもうこの街にはいない。


 それだけは分かっている。


 彼がいなくなってからただひとつ見つけることが出来た痕跡は、オラクルのはずれにポツンと落ちていた黒いお財布。


 彼が長く使ってくれていたわたしからのはじめての贈り物。

 わたしにも思い入れがある特別なモノ。


 喜んでくれるのかな、もしかしたらあまり気に入ってくれないんじゃないかな、他の物が良かったかも、なんて緊張しながらジークくんに贈ったもの。


 誰かに「買い替えなよ」と言われても「シルクからのはじめてのプレゼントだからさ」なんて言って、休みの日には自分で磨いてくれてたりなんかして、本当に大切に使ってくれていた。いつも肌身離さず持ち歩いてくれて、もっと良い財布を買ってもいいだろうに、これが気に入ってるって言ってくれて。


 ちょっと街をぶらつくときも、少し遠出をしたときも、クランの皆さんと冒険に出かけるときも、ジークくんのポケットから財布が見え隠れするだけでとても嬉しかった。大事にしてくれるんだなって、やっぱり彼は優しいんだなって。


 そのお財布が道端にひとつ取り残されていた。


 彼の行動が意味するものが何か、なんとなく分かっている。


 あの日わたしの不貞を目の当たりにして、彼をどれ程傷つけたのかも分かっている。自分勝手なことを考えているってもちろん分かっている。


 でも、それでも、もう二度と彼と会えないかもしれない。彼のいない今日までの日々が永遠に続く、そう考えるだけで頭がおかしくなりそうだった。


「ジークくん――」


 彼にもういちど会いたい。

 

 わたしの時間は、あの日からずっと止まったままだ。



 


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