第10話 Sランクスキルと死にかけてた猫
――Sランクスキル『超位回復魔術師』
創造によって得たそのスキルは、紛れもない本物だった。
Aランク以下の一般的な回復スキルでは治癒出来てせいぜい裂傷や骨折くらいであるのに対し、『超位回復』は筋組織どころか細胞まで元の状態まで修復する。ゴブリンオークに襲われ瀕死の状態に陥ったクランメンバーの傷を瞬時に治癒する程の高次元スキルの凄さを身をもって体感した。
前のクランでは自分のスキルはあまり役に立たなくてね――
そうマサハルは言っていたが、そんなことあるはずがない。
こんな他人の命に直接干渉できるほどの圧倒的な力が蔑ろにされるはずがない。
超位回復―― 夢にまで見たSランクスキル。
『交換しますか?』
突然聞こえた無機質な声と出現したSランクスキル。
「――いったい何と交換したんだ」
普通に考えればSランクスキルの会得に狂喜乱舞するところなのかもしれないが、その驚異的な力と『当たり前のように出現させた創造スキル』に少し胸が騒めいていた。
とは言え今目の前で穏やかに眠る猫の姿には安堵している。
宿屋の親父には内緒で猫を部屋に連れ帰ってから一時間程。
深い傷も完璧に治癒され呼吸も落ち着いてきた。
柔らかな身体を撫でると耳がピコピコ反応して何だかかわいい。
毛質は滑らかで枝毛なんかも見当たらないのは、野良猫では無く飼い猫だからかもしれない。飼い猫に金を使えるとなればそれなりに裕福な家庭で飼われているのだろう。
「カビ臭いベッドだけど勘弁してくれな。まあ、命が助かっただけ良しとしてくれ? ほんとに助かってるかまだ分かんないけどさ」
猫を撫でながらステータスメニューを開いてみる。
目の前に表示されたメニューには『鑑定士』『創造』『超位回復魔術師』の三つが縦に並ぶ。そして『創造』の横には『交換回数 : 二回』の文字。
ナマビールが出現した際には『交換回数 : 一回』今が二回にカウントアップされているので『ナマビール』も何かと交換して得たものだと考えるのが妥当だろう。
「なんだろうな、交換するものなんて持ってないはずなんだけど」
猫を助けるために深く考えずに交換を了承したものの、何と交換したのか全然わからない。
まさかお金? と思って金貨を換金して得た札束を数えてみたけどお金が減ってるなんてことも無かった。まあ当然Sランクのスキルにはお金に変えられない程の価値があるんだけれど。
「何かとんでもない物と交換してたりしてな……なんて……」
冗談っぽく言ってみるが結構不安だ。
交換というのであれば対価が相応でなければ普通は交換成立しないし、無造作になんでもかんでも交換できるはずも無い。
――相応の対価
Sランクスキルの価値はどれくらいなんだろう。
スキルランクの高さは人生の運命を握るほどに影響力を持っている。
もし来世があるとして次はあなたはSランクスキル確定ですよ! なんて神のお告げがあった日には喜んで身を投げ出す人もいるんじゃないかと思えるほどに。
「なんなんだろうな……なあ猫。お前はどう思うよ」
相変わらず可愛い顔して眠る猫に向かってぶつぶつと語りかけてみる。
勿論ただの独り言。でも、このところ一人で夜を過ごしていた俺にはなんだか話し相手が出来たような気がして少し嬉しかった。
「はやく目を覚まして恩返しでもしてくれよな。もしかしたら寿命とでも交換してんのかもしれないだからさ」
勝手に助けたのはお前だろなんて相手が相手なら言ってくるかもしれない。
目を覚ましたら恩なんて知りもしないと、元気よく主人の元へ駆けていくかもな。
「もし帰るところが無かったら俺の飼い猫になってもいいんだぞ……なあ猫……」
猫の呼吸と暖かい体温が手のひらに伝わってきて少し眠たくなってきた。
気づけば夜もそろそろ明けそうだ。
「明日は……ちゃんと目を覚ましてくれ……な」
ベッドを猫に譲っていたが、添い寝する形で俺も横にならせてもらう。
今日は色々あって少し疲れた。
呼吸に合わせて、赤子を寝かしつけるように猫の背中を撫でていると、いよいよ強烈な睡魔が襲ってきた。お風呂も入っていないがこのまま俺も寝てしまおう。
猫に薄い毛布をかけてあげてから、目を閉じた。
◇
――火花が散るような細かな破裂音
夢の世界に片足入れてから数時間か数十分か分からないけど、突然のことに跳ね起きた。
「なっ……なんだ?」
ベッドから転げおち慌てふためく。
異音の発信元は猫。
鳴き声をあげているわけでもなく腹をすかした音でもなく、身体全体から異音を鳴り響かせていた。
「えっ!? えっ!? なにこれ!? 湯気!?」
混乱する俺に異常事態は重ねてやってくる。
破裂音を繰り返す猫の身体から白い煙が噴き出てきたからだ。
「猫!? 猫!?」
寝起きの頭には情報量が多く「なにこれなにこれ」と慌てる事しかできない。
異常な様子から、スキルの使い方を間違えてしまって何かやばいことをしでかしてしまったんではないかと不安がよぎる。強大なスキル、それこそSランクスキルは一歩使い方を間違えれば大変なことになると聞いたことがあったから。
大変なことがどのようなことになるのか、具体的には知らないがもしかしたら今の状況のことを言うのかもしれない。
「猫っ……猫!? 大丈夫か猫!」
猫! 猫! とアホみたいに連呼しても何も変わらない。
俺のパニックなんて知らねえよとばかりに異音を立て煙を吹き出す猫は、苦しんでいるようでもなく相変わらず穏やかに眠っているようだった。
本当に、スキルの使い方を間違えてしまったのかもしれない。
もう一回スキルをかけるべきなのか?
いや、でも危ないかも。
また使い方を間違えたらどうしよう。
とにかく様子を確認しなきゃ。
「熱っ!!」
触れた猫の身体は、火にでも触れたのかと思うほどに異常な熱を帯びていた。
なにこれなにこれと泣きそうになっていると、更に猫の身体に変化が起こる。
もはや異音とか、煙が出てるとか、熱いとか、そんな次元の変化じゃない。
「いやいや……なにこれ、なにこれ、なにこれ……」
もはやなにこれ、としか言えなくなっている。
驚きやすい俺だけど、これには誰もが慌ててもおかしくないと断言できる。だって猫だったはずなのに、猫が猫じゃなくなってきているんだから。
人の進化の過程を早回しに見るように、猫の小さな身体膨らみ、足が伸び、毛が細り、別のモノへと変異を遂げていく。どんどんと人に近しい立体的な姿へと変わっていくのだった。
猿から人間に変わるのは、ある程度のベースがあるのでそこまで違和感を感じないのだろうが猫が人に変わっていく様は異常としか言えない。
四肢が伸び毛にまみれた猫の全身が人のモノへと変わっていく様は、なんとも形容しがたい。猫なんだからもっと可愛く変わってくれればいいのに、可愛さのカケラも無く若干気持ちが悪い。
数分程度のことか数十分経ったのか、どれくらいの時間がかかったのかはわからないが、とても茫然と猫の進化を眺め続けた。
「いやいや……おかしいだろ……猫だったじゃん……」
ありえない光景を前に変な笑いまででてきた。
銀色の長い髪、細い身体と色白の肌、今まで猫だった猫が今や人間へと変身を遂げた。いや、一部人間とは違うところがある。
なぜか耳と尾だけが猫のまま。
ここまでくると元が猫だったのか、元は人間で猫になっていたのかよく分からない。何かに、誰かに化かされている気までしてくる。
俺は一体なにを拾って助けてしまったんだろう。
寝不足で回らない頭で考えるには重た過ぎる議題だ。
そんな俺のことはお構いなしに「うーん……!」と猫だった人が気持ち良さそうに全身で伸びをすると、銀色の長い髪に覆われた顔が露わになった。
――サプライズはどこまでも続く
俺は目の前で気持ち良さそうに眠る全裸の女が誰か知っている。
俺どころか冒険者であれば殆どの人間が知っているだろう。
冒険者新聞の有名人、昨日初めて生で見たSランククランの幹部。
全世界でただひとり、魔術系スキル『大魔導士』を取得している女性。
いつも派手な格好をした女大魔導師――
「ミヤビ……」
銀色に輝く毛に覆われた猫の耳、ふさふさの尻尾。
ミヤビが目の前にいることの驚きと同時に、彼女の姿を見てふと暗い過去を思い出す。今や世界には存在しないとされている種族、人では無くモンスターだと迫害をうけてきた悲しい種族のことを。
「獣人……」
スヤスヤと眠るミヤビは「……さむっ!」と寝言のように呟いた。
◇
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