第7話 Sランククランの黒虎
「にいさーん。起きてはりますー? そろそろ連泊するか決めてもらわなあきまへんよ」
ドアを叩く音と癖のある親父の声で、夢の世界から現実に引きずり戻された。
どうやら寝過ぎたらしい。
余程疲れが溜まっていたのか、安宿のカビ臭いベッドでよだれを垂らし爆睡していた。
全身で伸びをするとバキボキと関節から気持ち良い音。
二度寝したらさぞ気持ちいいだろうなーなんて欲があるが時間を無駄にするわけにもいかないし、宿屋の親父にも連泊の代金を支払わなければならない。余韻の大きなあくびをしてから行動を開始することにした。
「おはよう兄さん。昨日はよく眠れたようでよかったですわ。えっと、今日もご利用ってことでかまへんかな?」
「ええ今日もお願いします。えっとそうだ。メーテルのギルドセンターってどこだろう。今日はギルドセンターに行こうと思ってて」
二泊分の代金を支払いながら親父にギルドセンターの場所を聞いてみた。今日は丸一日、いや半日かけて俺の入れるギルドを探さなきゃいけない。二泊分の代金を差し引いて残りは四千六百ゼルしか残っておらず、食費を考えるといよいよヤバい状況になってしまう。
「ああ、ギルドセンターなら一旦大通りに入ってずっと北へ進めばありまっせ。折角やし街の見取り図を差し上げますわ」
「それは助かる。どうもありがとう」
簡単な街の見取り図を受け取り、親父に礼を言うと俺はギルドセンターに向かって歩き出した。
◇
「えっと、ジークさんですね。年齢は二十二歳ね。えー、前のクランはCランクで鑑定士のスキルを持っていると……鑑定士ですか。うーん……鑑定士スキルはなかなか厳しいんですよねえ」
若いギルドセンターの職員はふむふむと俺の話を聞いた後にこう言った。
話の途中から小難しい顔をするもんだから、予想をしていなかったわけではないが、いざ面と向かって言われると少し悲しい。やはり低ランクの「鑑定士」スキルはあまり用途がないようだ。
でも、このままでは非常にまずい。
今後の生活の糧を築けないのはまじでまずい。
「あっ、と実はもうひとつスキルがあって」
「もうひとつ? 二つスキルがあるってことはダブルスキルですか?」と職員の表情が一変する。そりゃあダブルスキル所持者となれば欲しがるクランの数も今の状況よりもいくらか増えるはずだから。
もちろん使えるスキルであれば、の話だが。
「いえ、ダブルスキルなのかは分からないんだけど、鑑定士のスキル以外に創造ってスキルが……なんのスキルか分からないので職員さんならわかるんじゃないかなって思ったんですが」
俺は職員の目の前で『創造』と表示されたステータスメニューを公開する。
「おお。たしかに……入ってますね。でも創造って聞いたことありませんが、具体的にどのようなスキルなんでしょう?」
「それが、使ってみても何も起こらないんですよね……」
「何も起こらないってことあります!?」
「俺もスキルの使い方が分からないっての初めてなんですけどね。何も起こらないっていうか使えないっていうか……」
何も起こらないとなれば職員もフォローのしようがないのか、難しそうな顔を見せた。
「うーん……万が一シークレットスキルなのであればスキルの名前の前にSって一文字入るようですから……ダブルスキルと考えるのが一般的でしょうけどね……でも何も起こらないっていうのも……」
シークレットスキルがそのように表示されるなんて知らなかった。
まあ俺自身、万が一にも『創造』がシークレットスキルなはずはないとは思ってはいたが、職員も知らないスキルなのであれば余計に訳が分からない。
「なにかのはずみでダブルスキルを取得してしまったと考えるのが妥当かもしれませんが……うーん」
二人して無い知識を絞り出そうとしても埒が明かない。
職員が言うように何かのはずみでダブルスキルを会得してしまったのかもしれない。とりあえずはそう割り切るしか無さそうだ。
それから数十分、あーだこーだとギルド登録について話をしていたが、「ジークさんと相性の良さそうなクランを探してみますね。明日またお越しになってください」と職員は告げ、次の冒険者の応対へと移っていった。あの感じからすると望みは薄そうだ。
「どうすっかなあ……」
ぽりぽりと頭をかいても良いアイディアは浮かんではこない。
とりあえず飯でも食べて考えるしかないか。
なんてぼんやり考えていると、何か珍事が起こっているような雰囲気がギルドセンターに漂っているのに気付く。
――他の冒険者たちの異様な熱気
「おい……あれ見てみろよ」
「やべぇ初めて見たよ」
「なんでメーテルにいんだ?」
「迫力あんなあ」
冒険者たちの注目の的になっているものがなんなのか、瞬時に理解できた。
俺も思わず「あっ」と声をあげてしまう。
ギルドセンターの入り口付近、見覚えのある五人組の姿が目に入ったから。
オーラと言われても見えはしないので雰囲気が違うとしか言えないのだが、五人組それぞれからが独特な雰囲気を纏っている。
五人組というのはクラン『黒虎』の幹部連中。
冒険者ギルドに数百と存在するクランの頂点。
ランクは最高レベルのS。
全員がそれぞれ黒を基調にした装備品を身につけ、どこかしらに虎をモチーフにしたマークを入れている。もちろん全員がSランクスキルの保有者である。
そしてそのトップを締める幹部の姿を俺は冒険者新聞で何度も見たことがあった。
丸坊主で筋骨隆々 格闘家ガルニ
支援魔法使い ハーフエルフのファルス
小柄だが希少なテイマースキルを持つ少年 ファル二
顔を黒い仮面で隠した傀儡使い ジェイド
そして派手な格好をした女大魔導師 ミヤビ
冒険者新聞では何度も見たことはあるが、生で見るのは初めてだ。
さすがSランクギルドだけあって装備品も高そうなものを揃えている。
冒険者特有の粗さは無く、どこか洗練されているような印象を受けた。
「黒虎のみなさまがメーテルのギルドセンターをご利用されるなんて珍しいですね。本日はどのような御用で?」
ギルドセンター内が騒がしいのに気づいたのか、ある程度の役職を持っていそうな初老の職員が愛想よく近づいていく。Sランククランの応対となればそれなりの職員が対応するようだ。
職員の対応をしたのはガルニだ。
見た目の印象通りの野太い声を張り上げる。
「なんだか騒がせてしまってすまないな! 善は急げだと思ってな!?」
「いえいえ、黒虎さんがいらっしゃるとなれば他の冒険者さんが興味を持つのは仕方ないことですから。それで、御用というのは?」
「ああ! 端的に言おう! フェラール家のシャーロットは黒虎に加入することとなった。ついてはメーテルにて登録手続きを進めたい」
それが合図と言わんばかりに、ガルニの大きな体の後ろからシャーロットが姿を見せた。
「おおおおお!」と聞き耳をたてていた大勢の冒険者が感嘆の声。
そして俺も同調するように短く声をあげる。
いつのまにメーテルに来てたのだろう?
まあ黒虎が初めから目をつけていて人目につかない場所でクラン加入について話をつけていたのかもしれないが、シャーロットがメーテルに来るという宿屋の親父の情報は当たっていたようだ。
シャーロットは冒険者新聞の写真以上に綺麗な女の子だった。
フェラール家特有の真っ赤な髪は遠くにいても目立ちそうなほどに明るく美しい。
凛とした顔立ちを見て大人っぽいかと思っていたが実物を見る限り、まだ幼さが残っていた。
なぜか少しホッとする。
「そういったことですので、みなさまこれからよろしくお願いします」
上品さを漂わせながらシャーロットがペコリと頭を下げると自分たちに関係があるわけでもないのにギルドセンター中の冒険者から拍手があがった。
「がんばれよー!」など声が飛ぶがいったいどの目線から言っているのだろうか。
お前らも頑張れ。
そんな様子を見て、なんとなくクランが有名になっていく理由が分かった気がする。当然クランが大きくなればなるほどに優秀な人材は集まりやすくなるし、優秀な人材が集まれば結果的に競争力もあがるので力のある者しか残らない。常に新しい水を入れ続けてクランは繁栄していくのだろう。今回のシークレットスキル保持者のシャーロットが加入したことによって黒虎も更に強固な組織になっていきそうだ。
Sランクを保有していても、マサハルが追放されてきたように、ついてこれないものは淘汰される。Cランクのスキルしか持っていない俺にとっては別世界の話だが、俺がギルドを追放されたのも色々な因果が重なり合っているのだとしみじみ思う。
ギルドセンター中は折角有名人と会ったのだからと、黒虎のメンバーやシャーロットを囲むようにわさわさと人が集まってくる。誰かが外にまで人を呼びに行ったのか出入り口からも黒虎見たさに人が押し寄せてきた。
――あ、シルクに自慢できるかも。あいつミヤビが好きだって言ってたっけ。俺が会ったって言ったら驚くかな。
と、咄嗟にシルクのことを考えてしまった自分に嫌悪感を抱く。
黒虎に会ったからって誰に話を持って帰れるわけでもない。
――それはすごいですね!
なんて返してくれる相手はもういないんだから。
これ以上ここにいても仕方ない。余計やきもきとした気持ちが積もるだけだ。
明日の生活もままならないのに有名人の話を聞いて腹が膨れるわけでもないんだしさ。
これ以上混雑する前に出るか、と冒険者の間を縫うようにギルドセンターの出口を再び目指し、丁度黒虎メンバーの横を通り抜けようとした時だった。
風にのってふわりと甘い香り。
続いて誰かの舌打ち混じりのとがった声。
「ありえねーから」
ふと横目で声の主をたどると不機嫌そうに顔を歪めるミヤビの姿。
大きな猫目、白い肌。
銀髪の毛先を指でいじる姿は、大魔導士というより夜の街のにいる派手なお姉ちゃんと言われてもおかしくない。
「ほんとありえねーから」
ミヤビは再度こぼすと「邪魔」と群がる冒険者をかき分け、俺より早くギルドセンターから出て行った。
なにあれこわっ。
恐怖に震えながらもSランククランにも色々あるんだろうなあと勝手に解釈し、自然とミヤビの後に続くように俺もギルドセンターを後にする。
有名ギルド『黒虎』
駆け出しのころは「いつか俺も黒虎みたいな有名クランに入ってやる」なんて吹いてまわってたっけ。
それも今となれば笑い話。
冒険者として名をあげてやろうと息巻いていた頃の、なんだか懐かしい気持ちを思い出していた。
◇
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