第6話 逃げ出したあとに

 天の恵みか、偶然そこに落ちてきたのか分からない。


 異国語がラベルに印刷された得体の知れない飲料だったが、喉の乾きを癒せるのであればなんでもいい! と瓶の栓をネジ開け一気に飲み干した。 


 喉を通った時のキリッとした風味。


 乾いた身体が潤っていく。


 アルコール度数は生エールの方が高そうだが、喉で弾ける辛口は生エールよりも洗練されていてとても美味。


 主成分にアルコールが入っていたので異国の酒だと考えるのが妥当だろう。

 脱水状態の身体にアルコールを入れるなんて、町医者が聞けばため息でもつきそうなもんだけど、今の俺にはとにかく乾きが癒える、それだけで十分だ。


 脱水状態の身体にアルコールが回ったのか、一時間ほどは陽気にメーテルを目指していた。


 ステータスに新しいスキルが追加されているのを知ったのは、メーテルまであと少しの距離まで辿りついた時のこと。


 酔いもすっかり冷め、ナマビールとやらに毒性が無いのか急に怖くなったので再度鑑定スキルを使おうと、ステータスを開いた時に見慣れない文字が目に入った。


 目の前でマップのように広がるステータスメニュー。

 その中には俺の基本的なステータス、そして取得しているスキルが載っている。


 何度見たって成長しないスキル一覧。

 平凡で自慢できないステータス。


 そんな変わり映えの無いはずのステータスメニューに突如としてスキルが出現した。


 『鑑定士』とスキル名が入っている真下には『創造』との文字。

 そして隣に交換回数1回と書かれているのが目に入った。


 スキルの真下にあるのだからスキルなんだろうが、使ったことも習得した覚えも一切無い。


 一瞬ダブルスキル、という言葉が頭をよぎった。 

 ダブルスキルというのはその名の通り、スキルをふたつ所持している状態を示す。


 でも決してそれは珍しいことでは無い。

 スキルを二つ保有している冒険者は多くは無いが全くいないというわけではないから。そしてダブルスキルは初期で保持しているスキルの派生型のスキルであることが多い。それなりに修練しなければ会得できないとも聞いていた。


 そう考えると『創造』というスキルはどちらにも該当していない。


 得体のしれないスキルに疑問を抱きながら、ちょっとしたイベントに胸が高鳴る。もしかしたら何か凄いスキルかもしれない、と。


 とにかく使ってみる他ない。


 俺は鑑定士スキルを発動するように『創造』と念じてみる。


 普通、スキルはなんとなーく念じれば発動できる。


 なんとなーくがどういうことかを説明するのは難しくて「なんで空は青いの?」という質問に対して答えるようなものだ。学者であれば「空がなんで青いのか」も「スキルはなんで発動できるのか」も懇切丁寧に説明してくれるかもしれないが、俺には無理。


 とにかくなんとなく念じれば発動する、それが俺たちの常識。


――なんて説明放棄をしたのはいいが、残念なことに俺の常識は一切通用しなかった。


 何度も何度もなんとなーくで『創造』とやらを使ってみようとしたが何も起こらないし何かが起きる気配も無い。


 創造というので何かを創り出すことでありそうだが何も創り出せない。


「創造!」「創造!」「創造!」と音程を変えて声を出してみても喉が痛くなるだけ、ただ虚しくなるだけだった。


 そりゃそうだろう。

 無から有を創り出せるとなればもはや神の次元だ。そんな都合の良いスキルは聞いたことも見た事がないし、俺なんかが習得しているはずがない。


「メーテルについたらギルドセンターで聞いてみるか……」


 中規模の街には必ず一つはあるギルドセンター。


 ギルドセンターには多種多様な人々がいるので何か知っている人もいるかもしれない。


 案外レアなスキルだったらどうしようかな、なんて少しだけ期待は残しておこう。


 そんなこんな考えていると、情けなく腹が鳴った。


 期待に胸は膨らんでいたが、そろそろ空腹には限界が近かい。

 一日半何も食べていない腹が悲鳴をあげた。


 メーテルについたらギルドセンターよりまず飯かな。


 新鮮な魚が旨いと聞いていたので、名物でも食べてみようかと思う。

 もちろん贅沢は出来ないので『安く・旨い』が前提だ。


「ほんとは今日も飯抜きくらい節約しなきゃいけないのにな」


 懐事情とも相談が必要だ。

 いくらあったかな、とポケットに手を突っ込んでまさぐるとジャリジャリと小銭の擦れる感触がダイレクトに伝わってきた。


 嫌な予感がして乱暴にポケットの中身を掴み引き抜く。


 嫌予感はずばりで的中。


 くしゃくしゃになった札が七枚と小銭が数枚。


「まじかよ!」慌てて上着の胸ポケットも尻のポケットも確認するが財布がどこにもない。念のため上着を脱いで乱暴に振り回すが出てこない。


 俺が無くしたのは大トカゲの革で出来た上等品の財布。

 長く使っていたので多少汚れはあったけど、最悪無一文になった際に売れば多少の金になったはずだ。


 多分一週間は延命できたと思う。

 

「最悪だよ……」溜息をひとつ落として、くしゃくしゃになった札を二つ折りに畳み、優しくポケットに入れた。


 財布を無くしたことに軽くショックを受けながらも、なんだかんだと考えても無いものは無いので、メーテルまでの道のりを再び歩き出した。


 メーテルまであと少し、夕方には着きそうだ。





 メーテルに着いたのは夕方と夜が入れ替わるくらいの時間だった。

 街に入ると海の匂いと魚の匂いが交じったようなそんな香りがかすかに漂ってくる。


 良い匂いでは無いが悪臭とまでは言えない、数週間もいれば慣れそうな臭いだ。

 他人の家にあがると独特な匂いを感じるのと同じことなんだと思う。


 いつもの街と違う匂いに「ああ、別の街にきたんだなあ」と実感した。


 街の作りはとてもシンプルで正門から一直線に大通りが伸び、その両端には簡単な木造テントが並んでいる。今は姿を隠すように布で覆われているけど、朝は獲れたての魚でも並べて活気のある市場になりそうだ。


「宿についたら、晩飯をすませて、寝る……これからのことは明日にしよう……」


 宿屋のマークを目印にはじめての街を歩く。

 腹は減るわ、眠たいわ、足は痛いわでとにかく早く身体を休めたかった。昨日は身体を洗うことも出来なかったのでなんだか臭いし。風呂に入ってベッドに倒れ込んだら一瞬で眠れそうだ。


 そんな満身創痍な状態の俺が、メーテルで一番安いという宿を見つけたのは数件宿屋をスルーしたあとだった。


 本当にこの街で一番安いのか証拠は無いが、店先に立っていた「宿にお困りなら一泊千六百ゼル! メーテル一番な安さを提供」と書かれた立て看板に唆られて、お世辞にも綺麗とは言えない外観の宿に決めた。


「いらっしゃい兄さん。今日は一人で?」


 宿に入ると、出迎えてくれたのは小太りで愛想の良い親父。


「こんばんは。出来れば連泊したいんだけど、お金は毎日支払いでも大丈夫かな? 恥ずかしながら今かなり金欠でね」


「なんやそんなこと問題ありませんわ。とりあえず連泊の場合は翌日の昼までにどうするか決めてくれたら構いません」


 安いうえになかなか融通も効く。

 親父は嫌な顔せずニコニコと了承してくれる。


「ちなみに兄さんどこから来はったん? えらいドロドロですけども」


 俺の服の汚れが目についたのか、フロントから身を乗り出して足元まで視線をよこす。


「ああ、オラクルからね。歩きだったから途中野宿しちゃって」

 

「オラクルっちゅうのがどこか分かりまへんが、あら! まあひとりで! それは大変でしたなあ!」と癖のあるイントネーションを強調しながらオーバーなリアクションをする親父。悪い人では無いのだろうが好き嫌いが分かれそうだ。


「わざわざ歩いてまできたってことはもしかして兄さんあれ目的ですのん?」


 安い理由は親父の小言に付き合うという条件付きだったのかもしれない。

 宿泊客ひとりひとりに聞いて回ってるのか、俺だけになのかは知らないが、親父はスムーズにチェックインさせてくれそうには無かった。

 

「あれっていうと? ごめんけど俺は特に目的も何もないんだけどね」


 彼女を寝取られてクランを追放されたから街を飛び出てきた、なんて事実を言ってしまえば朝まで寝かせてくれそうもないので、当たり障りのない言葉を選んだ。


「あら、そうなんや。いや、この前の冒険者新聞にも載ってたんやけど。あれですわ。あのフェラール家のお嬢ちゃんが近々この街に来る書いてましてね? 今日も何人かお嬢ちゃん目的なんやー言うお客さんいはったからてっきり兄さんもそうなんちゃうかなと」


「フェラール家っていうと、あのシークレットスキルの?」


 フェラール家、シークレットスキル、まではちゃんと覚えている。

 だけど肝心の当人の名前が思い出せない。


「そうですわ。えっと、なんやったかな。ちょいと待ってな」


 親父はそう言うとフロント横の棚から冒険者新聞を抜き取り、乱暴に広げると「どこやったかなあ」と数ページめくり「ああ! ここやここや!」と声をあげる。


 見て見てと広げた冒険者新聞には、大きめの記事が載っていた。


 先日のように写真はついていないが、太字で『フェラール家シャーロット嬢ついにギルド加入へ!?』とメインタイトル。本文に目を落とすとどうやら王都から順に各地を回っているようだ。詳細の行き先は不明だが、あくまでも記者の予想として各地を回るスケジュールが書かれていた。


 親父が言うには記者の予想通りであれば二、三日の間にメーテルに寄るのでは無いかとのこと。


 もちろん俺はシャーロット嬢とやらに会う為にメーテルに来たわけでは無い。でももしシークレットスキル保持者を見れる機会があるのならば是非とも見てみたいもんだった。


 そんなこんなで親父の小言を交わし、ようやく部屋に入った時には体力の限界がきていた。


 かび臭いベッドに倒れこみ、目を閉じる。


 明日はこれからのこと、考えなきゃな……。


 何かとても大切なことを忘れてしまっている気がする……。


 それでも、何を忘れてしまったのか、それ以上考えることも出来ず、睡魔に身を委ねた。




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