第4話 追放されてきた実は強かった系主人公に居場所を奪われた俺は

 どれだけ時間が経ったのか分からない。


 悪夢は終わらない。


 ふたりの情事を唯々茫然と眺めていた。


 先程マラカスに言われた「脱退してくれ」店の客にも「ああはなりたくないな」マサハルの腹に乗り腰を振るシルクも、全員が俺を馬鹿にしているように思えて無の感情が怒りの色に染まっていく。


 半開きになった扉を蹴り飛ばす。


 ボロ宿のボロ扉が嫌な音を立てたが構うことは無い。目の前で起こる悪夢を一刻でも早く終わらせることの方が家主の小言を聞くよりも随分とマシだ。


「なに……してんだよお前ら……」


 突然姿を見せた俺に数秒目を丸くしていたシルクが素っ頓狂な声をあげる「帰ってこないはずじゃ?」言葉にはしないがそう言いたげな表情。


「ひっ!? ジ、ジークくん……!? なんで!?」


 余程焦っているのかシルクは俺が見たことのない程に俊敏な動きで手足をバタつかせベッドの上から落ちた。


 転げ落ちたシルクの艶かしい肌が目に入っても欲情する気にもなれない。


「見ないでください……見ないでください……」


 シルクは床に尻をつき見ないでくれとシーツを身体に巻きつける。

 そんな慌ただしくされるとこちらが暴漢にでもされた気分だ。


 慌てふためくシルクとは対照的に、マサハルはベッドの上で腕を組み冷たい目を俺に向けていた。


――お前はいったい何様なんだ? 

  人の女を寝取ってその態度はなんだ? 


 いつ以来だろうか、こんなに怒りを覚えたのは。


「おいマサハル! シルク! これはいったいどういうことだよ! なにしてんだよ!」


 床に落ちたシルクには目もくれずに怒鳴る。


「ひっ!」とシルクが短い悲鳴をあげたが気にも留めない。


「ジークさん、すみませんね」


「すみません? てめえ何がすみませんだこのやろう!」


 悪びれることもなく「面倒臭い」といった顔を全面に見せたマサハルに俺の怒りは頂点に達した。とにかくこいつを「痛めつけたい」その一心で握り締めた拳を振りかぶる。


 ゴブリンに手を出すことは何度もあったが、人の顔を目一杯殴りつけるなんてことは過去に一度も無かった。だがマサハルだけは別だ。


 これほどまで人が憎いと思うなんて初めてのこと。


「人の女を寝取っーーがっ!?」


 一瞬何が起こったかわからなかった。


 俺の拳はマサハルに届くことは無く、逆に顔面へ正拳を喰らっていた。


「いきなり暴力なんて反対ですよ?」


「マサハルくん! ジークくんも乱暴はやめて!」


「さわんなっ!!」


 シルクが腰に両手を回してくるが、その手を乱暴に剥がす。


 乱暴しているのはマサハルだろうが。


「……っ、ジークくん?」


「さっきまで気持ちよさそうに腰振ってたくせによ! 触んじゃねえ!」


「こ……これは……えっと……」


 素っ裸でシーツ一枚を身につけたお前に何を言い訳することがある?


「はあ……まあお付き合いしている二人の間に割り込んだことはお詫びしましょう。ですけどジークさん。これはシルクさんが望んだことだ。あなたからしてみれば浮気のように見えるかもしれませんが」


 マサハルは勝ち誇った笑みを見せる。

 はじめて会った時と何ら変わらない、憎たらしい程に爽やかな笑顔。

 

「何言ってんだよさっきから……」


「シルクさんはあなたの甲斐性に満足していないんですよ。シルクさんはこれからもっと上を目指せる。つまり、あなたは足かせなんです」


「マサハルくん! 私そんなことまで言ってない!」


「そんなことまで……?」


「え……いや違うの! 違うのジークくん!」


「シルクさん言ってみなさいよ。合宿中に何度も言ってたでしょう? 自分の将来が不安だって、ジークさんとは明るい未来が見えないって」


「そんなこと、そんなこと言ってたのかよ……」


「あれは……お酒で酔っ払ってたから……」


 酒で酔っ払ってたからって何を言ってもいいのかよ。

 怒りと悲しみがごちゃごちゃに混ざって頭がおかしくなりそうだ。


 確かに俺の甲斐性じゃ贅沢も出来ないし、未だ風の入り込むボロ宿暮らしだ。だけど二人でなんとか頑張って生きていこうと約束したじゃないか。村育ちの俺たちが街へ出てきて互いを支え合って生きてきた。俺はシルクがいなきゃダメだし、シルクも俺がいなきゃダメだとそう思っていたのは俺だけだったのか?


 酒で酔っていたとはいえ、マサハルに零したシルクの愚痴は本心なんだろう。

 合宿中にふたりで俺の不満を肴に酒を飲んでたんだろう。

 Sランクスキルのマサハルと俺を比較して不満を膨らませたんだろう。

 ずっとずっと俺に飽き飽きしていたんだろう。


 そう思うと途端に怒りを通り越した悲しみが押し寄せてきた。


 握り締めた拳に力を入れ続けるのもアホらしくなってくる。


「ジークくんごめんなさい……そんなつもりで言ったんじゃないの……」


「もう……いい。あとはお前らの好きにしろ……」


「……ジークくん? それはどういう……」


「お前らとは金輪際会うことはない……! シルク、お前ともな……」


「やだ……やだやだやだ! もうこんなことしません……ジークくん許してください……お願いしますお願いします」


 シルクは頭を床につけ泣き声をあげた。そんな格好をさせたくも無かったが、今俺の心を保つ為にはこう言う他無かった。

 「女の一時の過ちくらい許すのが男だろ?」とマカラスが言いそうな言葉が頭を過ったが俺はどうしても許すことができない。


 信じてた唯一の幼馴染みにでさえ裏切られてしまったのだから。


「俺がクランも抜けてやるよ…… マサハル、良かったな。これで鷹の爪も大きくなって――それで、シルクもお前のもんだ」


「やだやだやだやだ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


「人生にはいくつもの過ちがある。ジークさん、良い加減君も大人になったらどうだ? 割り切ることのたいせぶっ!?」


 奴が言い切る前に転がった枕を顔面に叩きつけてやった。

 拳は届かなかったが枕はちゃんと命中したようだ。 


「やだよぉ……ジークくん行っちゃやだぁ……」


 足にしがみつき顔を擦りつけるシルクの様子に胸が締め付けられた。だけど奴の腹に乗り甘ったるい声をあげていたあの瞬間が脳裏に蘇り、俺は蹴り飛ばすようにシルクを退けた。


「じゃあな……」


 壊れたドアを蹴り飛ばし、部屋から飛び出した。


「ジークくんっ!」


 後ろからシルクが叫んでいるのが聞こえたが振り返ることはない。


 宿屋を飛び出し、あてもなく走る。


「……くそが! くそがくそがくそが!」


 全員で俺を馬鹿にしやがって。


「ふざけんな! ふざけんなふざけんなふざけんな!」


 俺が何をしたって言うんだ。


――追放達成

――赤色達成

――幼馴染達成


「うるせえ!!」


 この前夢で聞いたような、人を嘲笑うかのような声。

 幻聴でもなんでもどうだっていい。

 この世界は、とことんまで俺をコケにしなきゃ気がすまないようだ。


「だまれ! だまれ! だまれ!」


――パチン


 何かが頭の中で弾ける。


―― ……スキル解放


「うるせええぇええ!」


 頭に響く不快な声を無視して俺は夜の街を走り抜けた。


 行くあてなんか無い。


 だけどとにかくこの街から出たかった。


 血の抜けた街をただ走り続ける。


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