第2話 可愛い幼馴染とふたりで

「ジークくん……寂しいですが一ヶ月ほどお出掛けしてきますね……」


 まだ朝日が登ったばかりの時間に、シルクはまとめた荷物を持って寂しそうに告げた。垂れ気味の大きな瞳はより一層傾斜を増していて今生の別れを告げるかのようで俺は軽く吹き出す。


「そんな顔するなよシルク。たった一ヶ月だ。俺だって寂しいけどシルクの勉強のためなら仕方ないさ」


「むぅ……夜ひとりで寝られるか心配です……」


 甘えるような目つき。


「俺の匂いの染み付いたシーツでも持っていくか?」


 俺は冗談半分で言ったつもりだったが、シルクはさも当たり前のように返してきた。


「もう準備してます……それだけじゃいやなんです……」


 シルクはガバッと荷物を広げるとあれやこれや取り出すとモリモリと俺の私物で埋まっていく。ベッドのシーツ、俺のシャツ、俺のパンツ、俺の歯ブラシ、もはやここまでくると末期。


 俺は歯ブラシとパンツを奪い返し、変わりに砂糖で味付けをした乾燥パンを鞄に詰め込んだ。シャツくらいならまあ、仕方ない、旅のお供に連れていくのを許可しよう。


「とにかく、身体にだけは気をつけて。危ないことは絶対にしないこと。危なそうな場所だと思ったら絶対行かないこと、いい?」


「はい! ジークくんも変なことしちゃだめですよ?」


 変なことってなんだ。そんなことするわけ無いじゃないか。俺はしないしないと大袈裟に戯けて否定してシルクを見送る。


 コロコロと車輪付きの荷物ケースを転がしシルクは宿を後にした。


 マサハルが加入してからもう二カ月。

 ほんと、色々な事があった。


 C級だった鷹の爪はマサハルの加入によって報酬の良い討伐を重ねる事ができて、多少だが組織の運営資金にも余裕ができている。急に俺たちのクランに入りたい! なんて奴も増えてきて、C級からB級に格上げできるかもっていう今まででは信じられないような話も舞い込んできているらしい。


 景気が良いといえばそうなのかもしれない。節約だなんだと言っていたはずのマカラスだって、毎晩のように酒盛りを開き騒ぎ放題の日々を送っているし。


 正直今、とても複雑な気分だ。

 自分が所属しているクランの名声があがるのはそりゃ気持ちがいい。

 でも、その名声は自分自身の力で得たモノでは無いというのが明確すぎて素直に喜べない。他のメンバーはどう思っているのか知らないけど、俺はとにかく複雑な気持ちだった。そう――主役はマサハルだから。


 良い歳の大人がこんな嫉妬心に狩られるのも可笑しくて情けない話なんだけど、マサハルがとてつもなく嫌な奴であればいいと何度思ってしまったことか。それくらいにマサハルは主人公主人公した活躍を見せている。


 それでもマサハルの性格は悪くないように思える。Sランクスキルをひけらかすこともせず人を引き立てるのも上手いから。その性格でギルド内での人間関係が悪くなることもなく、チームの誰もが彼を気に入っている様子だった。だからこそ俺もマサハル自身のことは嫌いでは無い。だけど、どうしても嫉妬心がくすぶってしまう。


 俺が一生をかけて努力し願ったところで手に入ることのないSランクスキルを持って、まるで物語の主人公のように強大な敵を打ちのめす。俺が夢にまでみたそんなカッコいい人生。


 リーダーのマカラスはあいつの言うことであれば二つ返事で引き受けるし、どっちがリーダーなんだかわかったもんじゃない。


 今回シルクが一ヶ月の間俺の側を離れるのも、マサハルが「回復士スキル所持者の技術講習合宿」とかいう訳の分からない会へ参加しようと提案したからだしさ。


 なんでも回復士スキルを持った人達が一堂に会して互いのスキル向上を目指す、その名の通りのオフ会みたいなものらしい。


 今まで参加したことも無いシルクがわざわざいく必要ないじゃないか? 俺がそう打診しても「パーティーにおいて回復士は重要な存在だから。何かあった時にみんなの命を救うのは回復士なんだ。だから技術を少しでも高めるのはみんなにとっても絶対にいいはずだよ」と正論を言うマサハルに一蹴されたことで決定してしまった。


「ジークさん、心配しないでくれ? 僕もエミルダさんも同行するのだからシルクさんになに一つ不自由させないから」 


 なんでお前も行く必要があるって思ったけど、クラン内でシルク同様に回復士スキルを持ったエミルダも参加するとのことに俺はしぶしぶ了承したのだった。


「シルク……うまくやれるかな。あいつ人見知りだから一ヶ月も耐えれるかな」


「やっぱりジークくんと離れるのはいやだあ」とベソをかきながら帰ってくるシルクを妄想しひとりで笑う。


「まあ、たった一か月さ。いくらシルクでも大丈夫だろう」


 誰もいない部屋はなんだか寂しい。

 二人でいる時間が生活の殆どだったから。


 暇を持て余した俺は二度寝の快感を楽しむことにした。





 シルクが合宿へ参加してから四週間。

 合宿場所は俺の街から二日ほどの距離にあるので実質今日が最終日だ。


 あと二日もすればシルクに会える、わくわくした気持ちを口笛に変えて俺は部屋で遅い朝飯を食べ、冒険者新聞を広げる。


 冒険者新聞と言うのはその名の通り冒険者向けの日刊新聞のことだ。


 どこのクランが魔物を何匹討伐しただの、不慮の事故で誰々が死んだだの、新しくレアモンスターが現れただのと賑やかに字が並び大小様々な写真が掲載されている。


 冒険者ギルドに所属してから、冒険者新聞を読むのが俺の習慣だ。

 数年前まではいつかSランククランに入ってやると息巻いて、少しでも知識を手に入れようと慣れもしない活字を読み始めたのがきっかけだった。


 そんな習慣も今や惰性と変わり流し読みのように目につくゴシップ記事だけを見ている。


 いつものように面白い記事が無いかなとさっと目を通すと


『フェラール家 シャーロット嬢 シークレットスキルを獲得!』

『シークレットスキルを獲得!!』


 でかでかと書かれたタイトルを見つけ口に含んだコーヒーを盛大に噴き出した。


 コーヒーが変なところに入って苦しい。


「うそだろおい……」


 記事に目を落とすと自分の人生が虚しくなるような情報が羅列されている。


 シークレットスキルは現在までに十個も確認されていない特殊なスキル。

 希少性という意味ではSランクスキルを遥かに上回る。


 数十年に一人はシークレットスキルを獲得する者が出てくるらしいけど、前回確認されたのは二十年も前のことだと聞いている。


「しかもフェラール家の令嬢とはね……歳も俺より五つも下かよ……ありえねー」


 フェラール家は田舎育ちの俺でさえその名を知る大貴族。

 数百年以上続くフェラール家は代々Sランクスキル保持者を何人も輩出していて、Sランクスキルを所有できなければ家を追い出されてしまうといった噂が流れるほどに格式が高い家柄だ。


「ついにシークレットスキル保持してまで出てくるとか、世の中あまりに不公平だろうぜ……」


 見開き新聞の片面、タイトルの下では四角に切り取られたフルカラーの写真。

 フレームの中では真っ赤な髪の毛をした女性の凛々しい姿が写っていた。

 どうやらこの写真の女性がシャーロットというようだ。


 俺はシャーロットの写真をしばしぼけーっと眺める。


「17歳には見えないねこれ」


 大人びた顔つきは「可愛い」ではなく「美しい」という表現が似合うように整っていて、解像度が悪いので詳しくは分からないがプロポーションもなかなかのものだ。出るところは出て締まるところは締まっている。

 

 つい、ヤキモキとした気持ちを忘れ、

 すばらしい、と心の中で拍手をしてしまった。


「いかんいかん。俺にはシルクがいるのになんたる不純な目で女性を見てしまったのか。すまないシルク」


 いるわけでも無いのにシルクに向けて詫びてみる。なんか許された気がした。


 記事を読み進めていく。


 なんでもフェラール家のシャーロット嬢が獲得したのはシークレットスキル「百剣」のようだ。――スキルの詳細は不明。


「百剣……とかかっこよすぎだろ」


 凛とした顔立ちに「百剣」いくらなんでも出来過ぎてる。


「まあ、選ばれた人間ってことで……」


 俺は大きくため息をついた。見たこともあったことのない新聞の中の女の子に向かって「羨ましいぜちくしょー」とデコピンを飛ばす。


 冒険者新聞を雑に畳み放ると、家事にいそしむことにした。


 俺には俺の生活がある。

 新聞読んで嫉妬に駆られていても部屋のゴミが綺麗になるわけでもない。


 ホウキを手に取り、床に溜まったチリの掃除から始め出した。





 一人の生活にも少し慣れてきていた。


 シルクのいない一日は終わるのが早い。朝早くからクラン内で組んだパーティーメンバーとゴブリン退治に出かけ、得た報酬を元手に市場で食材を買う。そして毎晩同じような味付けの濃い料理を作り、食べ、皿を洗い、風呂に入り寝る。


 喋り相手もいない夜は起きているだけ暇が増えるだけだった。


 今日もゴブリン狩りに精を出した俺は、早めに床につくことにした。隙間風が冷やしたベッドは足を入れると背筋が震えるほどに冷たい。


「今日が、シルクも最後の夜か。最後の夜くらいは打ち解けた仲間たちとわいわいやってんのかな」


 シルクの合宿は今日が最終日、そして合宿場で過ごす最後の夜だ。

 人見知りのシルクが酒を片手に一期一会のように知り合ったメンバーと肩を組み語り明かす様子は想像できない。


 でも流石のシルクでも友達の一人くらいはできただろう。明後日帰ってきたら土産話を肴に二人で一杯やろうかな。なんて考えていると気持ちの良い睡魔が襲ってきた。


――寝取られ達成


 現実と夢の堺が曖昧になった頭に誰かが囁く声が聞こえた気がした。



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