追放されてきた実は強かった系主人公に幼馴染を奪われクランを追放された俺は最低最悪な特殊条件をクリアし覚醒する

小春

前編

第1話 追放されてきた実は強かった系主人公

「みんな、聞いてくれ――今日はとても嬉しい報告がある!」

 

 お世辞にも綺麗とは言えない酒場の中、雑多に料理が並ぶ卓を囲み俺たち冒険者ギルド『鷹の爪』クランのメンバーは、一日の終わりを労い談笑を交わしていた。


 そんなとき、賑わう酒場でもよく響く声を張り上げたのはクランリーダーのマカラスだった。人よりも横にも縦にも身体は大きく、丸刈りにされた頭はよく日に焼けて黒光りしている。そんな浅黒い肌でも分かるくらいに顔が赤らんで見えるのは、かなり酔いが回っているからだろう。


 マカラスはぐらぐらと上半身を揺らしながら「あーっと、あれだ」と、回らなくなった呂律で「怪しい俺たちのクランに新しい仲間が加入だ」そう続けた。


 『新メンバーの加入』と聞いてメンバーたちの声色に興奮の熱がこもったのが分かった。


「おい、マサハル。みんなに挨拶を」


 マカラスに促されて酒場の隅から登場した青年。女性と間違えるほどに線が細く色白。パッと見た印象は頼りない優男。それでも不思議な色気を纏っている。彼はメンバーの注目を集めながら、マカラスの横までやってくると爽やかな笑顔を見せた。


「みなさんはじめまして。マサハルっていいます。今日から鷹の爪のメンバーとしてお世話になることになりました。あまり役には立たないかもしれないけど、精一杯がんばるよ」


 マサハルが深く頭を下げると艶やかな髪がさらりとなびく。

 当たり障りのないごく普通の挨拶。勝手に期待を上げていたのか、他のメンバーたちは「へー」とか「おー」とか可もなく不可もなくといった様子でぱちぱちと手を打った。


「それで……その」マサハルはぽりぽりと頬を搔く。

「実はあまり言いたくはいんだけどさ。皆には一応言っておかなければいけないことが――実はワケあって前のクランは追放……みたいな感じになっちゃってさ」


 『追放』という言葉に俺含む何人かのメンバーが顔を見合わせた。


「追放かよ、大丈夫か?」って。


 追放というのは俺たち冒険者ギルドに所属している人間であれば決して珍しい話ではない。頻繁とまでは言わないまでも年に数回はクランを追放しただ、されただなんていざこざを耳にすることがある。だからとんでもなく珍しいイベントってわけじゃない。だけど追放される奴ってのは相応の理由がある。


 クランに居られない程無能だったか、もしくはとんでも無く素行が悪かったか――そのどちらか。


 そして、その二つの理由のうち俺たちメンバーが思う不安ってのは「追放理由は素行が悪かったんじゃないの?」ということだけだ。


 だけ――というのも、能力が低いってのは俺たち『鷹の爪』のメンバー全員がそうだから。自分のことを棚にあげてとやかく人のことを言える立場にないってのは全員の共通認識だから。


 冒険者ギルドに加盟しているクランは、力量を示すランクというものがある。基本的に加入しているメンバーの力に応じてランクが決まり、ランク毎でギルドから受けることができる依頼や報酬額が変わってくる。


 上からS、A、B、Cとランクが続きCが一番下。


 そして俺たち鷹の爪もCランク。最低ランクというとあまりにも底辺に聞こえるかもしれないけど、この世界に存在するクランの約八割はCランクにポジションすることからザ・平凡的なクランと言えるだろう。


 とまあ、そんな日々を平凡に過ごしている我々だからこそ、そのなかに悪人が混ざってしまうとなれば、そりゃ不安だ。だからみんな新メンバーくんを険しい面持ちで見つめている。


「……そうだよね。みんな不安だと思う。追放されてきたなんてお世辞にも褒められたことじゃないから」


 俺たちの不安を感じ取ったのか、マサハルは慣れたもんだとばかりに砕けた笑みを浮かべた。


「恥ずかしいんだけどさ、僕じゃ前のクランの力になれなかったんだ。そうだね、役に立たなかったというのが正しいかもしれない。だから――迷惑だけはかけない。クランを追放されたこんな僕を拾ってくれたマカラスさんの為にも……ね。これからどうぞよろしくお願いします」


 深々と下げた頭。

 

「なあ、みんな。こいつは良いやつだからよ。その点については安心してくれや。俺が保障するからさ。話を聞けば聞くほど可哀想なもんだぜ。だからさ……俺からも頼むぜ」

 

 この二人がどんないきさつで知り合ったのかは分からないが、マカラスは人柄においてはかなりの信頼をおいているようだ。リーダーであるマカラスがそこまでするのであれば――と、俺たちも不満を口に出すことはできなくなった。

 

 ひとりふたりと鷹の爪のメンバーが歓迎の言葉を投げかけ、手を打つ。

 ぱちぱち、ぱちぱちと。

 

 正直、彼がどんな人間であろうと俺には関係が無い。これまでもこれからも変わり映えの無い人生を送ってきた俺には、追放されてきた誰かが登場したって何も変わるはずもないから。


 どんなクランに所属していたのか、彼がどのような男なのか、まだ多くは知らないけど「よろしく」と周りに合わせるように俺も気持ちのない拍手をした。



 

 ―― 今思えば、この時から俺が不運の道を辿るのは決まっていたのかもしれない。





「ジークくん、私はあまりあの人のこと好きじゃありません」


 ボロい宿屋の中。一つのベッドの上に横並びに寝転がり、天井を仰いでいる。

 隣でぽつりと呟いたのはシルク。


 シルクは俺と同じ村で育ち、同じタイミングで冒険者ギルドに加入した。

 ただの幼馴染みであった俺たちだが鷹の爪に加入して二年も経つ頃には自然と恋仲になっていた。歳は俺と同じ21歳で、銀糸のように美しい髪と少し垂れ気味の大きな瞳、整った顔立ちのシルクはメンバーの中で「村育ちのお姫様」と評判の美人である。


 温厚で他人の悪口どころかモンスターの悪口でさえ言わない彼女の突然の言葉に少し驚いた。――あの人、というのは今日加入したマサハルのことだろう。


「どうしたんだよ急に」


「なんでしょう……具体的に、なぜ、とは言えませんが……」


 むぅ、と考えこむ様子を見せたシルク。


「何か隠しているように思うんです……」


 余程マサハルのことが気に入らなかったのか、シルクはこちらに身体を向け不安そうな顔を見せる。


 俺はシルクの頬をつねると軽く笑った。


「シルクがそんなこというなんて珍しいじゃん。でもマサハルくんも追放されてきた身なんだから優しくしてあげなきゃな?」


「いえ、追放されてきたからというわけではないんですが……」


「まあ俺も正直同じ気持ちだった。でもさマサハルくんが悪人に見えるか? お前みたいにモンスターにでさえ気を使いそうな男じゃないか」


 俺が言うと納得できない様子ではあったが「はい……」と顔を俺の胸に擦り付け力いっぱいに抱きしめてきた。


 シルクのこの癖は昔から変わらない。不安なことがあるとベッドに潜り込んできて俺を抱き枕のように使う。


 恋仲になった今は余計にその癖が強くなってきたと思う。


「俺たちみたいな平凡なクランには色んな人たちがくるだろう? 俺たちだって入りたての頃はおどおどしてたじゃないか。きっとマサハル……くんも不安があるんだろ。その不安が何か隠しているように見えるんじゃないのか?」


「そうかもしれませんが……」


 何度も言うが、俺たち鷹の爪は世間一般的なところでいう平凡組織。

 所属するメンバーは一般的な能力しか持ち合わせていない。


 能力――というのは、人々が個々に発現する『スキル』にある。神から与えられた恩恵のように発現するスキルは、魔物の蔓延る世を人々が平和に暮らすうえでも日常的な生活を過ごすうえでも必要不可欠な能力だ。


 そんなスキルには能力に個別差がある。

 

 強いもの、弱いもの、特別なもの。 

 俺もシルクも特別なスキルは持っていない。

 俺のスキルは『鑑定士』でシルクのスキルは『回復士二級』だ。いずれもスキルのランクで言うとCランクに値する。努力次第でスキルランクはあがるというが、それは極稀なこと。俺の『鑑定士』スキルは、いくら修練を積んだところでランクが上がることはなかった。


 せいぜい薬草のグレードを見極めることぐらいしかできない情けないスキル。


 スキルランクの高さが人生の全てに関わってくるこの世界において、生まれもった才能は即ちその人間の人生を決めるといっても過言ではない。類希なるスキルを持ってさえいれば富、名声どちらも手に入れ、何も困ることの無い安寧な暮らしが確約されたようなもんだし、小説に出てくる主人公のような華々しく波乱万丈な人生を描くことだって出来る。


 かくいう俺も強いスキルを駆使して主人公のような人生を歩くことにずっと憧れを持ち続けていた。


 でも大人になるにつれて、自分の限界を感じてしまった。今や自分を磨くことなんか意味無いと割り切り、毎日些細な幸せを掴むためにせっせと冒険に繰り出している。ドラゴンや魔獣なんて相手じゃなくていい。俺はせっせとゴブリンを狩って慎ましくても穏やかな日々が続けばそれだけでいいとさえ思っていた。


 こんなボロい宿じゃなくて、お金が貯まればシルクと村の外れにそれなりの家を建てて幸せに暮らす。


 俺の人生、それだけで幸せだって思っている。


「さあ、明日も朝早くからゴブリン狩りだ。寝よう」


「……はい。おやすみなさいジークくん」


 胸に顔をうずめふがふがと言うシルク。

 肌寒い空気がボロ宿の隙間から入り込むが、抱き合っていれば温かい。

 俺はシルクの柔らかな身体の感触を楽しみながら部屋の明かりを消した。






「おいおい……マサハル。そりゃあいったいなんだ?」


「すげぇ……あんなの見たことねえよ……」


 リーダーのマカラスを始め十人ほどのメンバーが「信じられない」といった表情を浮かべている。


 俺だって、目の前で起こった信じられない光景を前に開いた口が塞がらない。


 そんな俺たちの様子を前にマサハルだけは、

「やっちゃいましたか……」と肩をすくめている。


 ――たった三十分で俺の世界は一変した


 マサハルがメンバーに加入して一ヵ月を迎えた今日、俺たちが向かった狩場はゴブリンの巣。普段であればゴブリンが溜まる場所に行くことなんか無かったのだが、新入りの加入に気合いを入れ過ぎたのか、マカラスの一声でパーティーのレベルを超えた狩場へと足を進めることになったのだ。


 正直最初はなんてことなかった。

 ちっこいゴブリンが群れているわけでもなく、ぽつぽつとやってきては皆で狩る。


 いつもより簡単な狩り。


 案外楽勝かも、なんて思ってた。

 ゴブリンの巣の最深部までたどり着いた俺たちの前に予想外の事態が起こるまでは――


 予想外の事態、それはゴブリンの上位種、ゴブリンオークが俺たちの前に姿を見せた。人間の二倍はある背丈、丸太程に太い四肢に伸びた鋭利な爪。上位種であるゴブリンオークの討伐ランクは高く、Aランク冒険者が数人かかってやっと討伐できるほどの強敵。Bランクスキルがメンバー内での最高ランクの俺たちにとっては、絶望的な敵と言っても過言では無かった。

 

 ゴブリンオークが軽く手をなぎ払うだけでマカラスの巨体が紙のようにふっとび、メンバーを弄ぶようにゴブリンオークは攻撃を繰り返してきた。


 攻撃というより弄ぶような、絶対的強者の余裕を見せながら。

 俺は久しく感じていない恐怖に全身が硬直していた。


 とにかくシルクだけは守らなきゃ、シルクだけは守らなきゃいけない。


 それだけを思って必死にシルクを庇うように立っていた。


「ジークくん……ジークくん……」俺の後ろに隠れて俺と同じようにシルクは震えていた。


 メンバーがひとり、またひとりとやられていき、ついに俺たちの前にゴブリンオークが大きな掌を振った。


 ああ、これは死ぬわ。

 

 せめてシルクだけは助けてくれ……そう願い無様にも失禁しかけた時だった。


「ゴブリンオークがこんなところにいるなんてね。やるしかないか……」


 そう言い放ったのは、マサハル。

 彼は大きく跳躍すると「素手」でゴブリンオークを殴り倒した。マサツグの身体よりも三倍のサイズのゴブリンオークに拳を入れるだけで、その巨体がゴムのように宙を舞う。


 はじまりから終わりまで数分のできごと。

 ゴブリンオークはマサハルひとりによって全て討伐されてしまった。


 それだけでも信じられないことなのに、さらにマサハルは言った。


「あんまり前線で拳を振るうのは慣れてないんだけどね」


 ゴブリンオークを倒した後、傷ついたメンバー全員に治癒魔法をかけ始めた。

 緑色の優しい光が傷を癒す。


「超位回復魔術士……」シルクが俺の後ろで呟いた。


 腕も足もひしゃげたマカラス、息があるのか無いのか分からないほどに血に染まったメンバー達の身体が高次元の治癒スキルによって癒えていく。


 ありえない光景。

 俺は信じられないその様子に呆然としていることしかできなかった。


「マサハル……お前のスキルは一体……あんなスキル見たことねえぞ……」


 口をつぐんでいたマサハルだったが「やれやれ」と、堪忍したのかステータスを公開する。


 ステータス内には『超位回復魔術士』との表示。


 俺も見るのは初めてだが、間違いない。

 Sランクスキル。


「みんなには秘密にしたかったんだけどね……」


 ふっ、とため息をついてマサハルは言う。


「まじかよ……Sランクスキル保持者がなんでこんなところに」


 Sランクスキル、この世界における数%も存在しないスキル。

 どこかでみた小説に登場する主人公が持っているような、圧倒的な力。


「前のギルドじゃ、僕はお払い箱でね。まあ自由気ままに暮らしていきたいと思ったんだ。隠していてすまなかったね」


 Sランクスキル保持者が目の前にいる。


 マカラスが「こいつはすげえぜぇ!」と両手を叩いて喜んだ。



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