第五話:当たり前だと思っていた

 村にいることを許された雅騎達は、早速ローウェン達に案内され、村外れの一軒の家の前に立っていた。

 森の中にある村らしく、他の村人の家同様の、しっかりとしたログハウス。

 大きさはそこまでではないが、周囲の家々と同じ位立派に見える。


「お前達三人だとちょっと手狭かもしれないが、ここで我慢してくれないか?」


 やや申し訳無さそうに口にするローウェンだったが、雅騎と佳穂は驚きと共に首を振った。


「そんな。こんな凄いお家なんて初めてです!」

「突然の事で色々ご迷惑をかけているのに、こんなちゃんとした家までご用意いただいてすいません」


 佳穂は人生で初めて体験できるログハウスに目を輝かせ。

 雅騎はどちらかといえば世話になることへの罪悪感で、思わず頭を下げてしまう。


「おいおい。聞いてなかったのか? 本当に狭いし大した家じゃないんだぞ」


 今までの人間と違いすぎる反応に、思わず彼は苦笑したのだが。


私達わたくしたちにとっては、充分有り難いお申し出ですから。本当にありがとうございます』


 優しく微笑みながら、エルフィもまた丁寧に頭を下げてくる。

 そんな三人の反応に、彼は思わずレベッカやグレイル、レティリエと顔を見合わせ、肩を竦めてみせた。


「中に入ってもいいですか?」

「ああ。中の説明もしないとだしな」

「ありがとうございます! エルフィ、行こう!」

『はい』


 ローウェンの許可を得た佳穂は、嬉しそうにエルフィと共に家の入り口に立つと、ゆっくりと玄関の扉を開けた。

 中は灯りが灯っておらず、窓から陽の光が多少差し込んでいるとはいえやや薄暗い。


 だが。

 正面に見えるテーブル。

 脇にある大きな暖炉。

 部屋の奥に見える、台所にあるかまど

 壁に掛けられた、火の消えたランプ。


「うわぁ……」


 確かに決して広いわけではないが、薄明かりの中でもはっきりと異世界を感じる屋内に、佳穂は思わず感嘆の声をあげた。


「一応左手の手前の扉が寝室。奥の扉は風呂場になっている」

「へぇ。十分広いじゃないですか」


 ローウェンと共に後から入ってきた雅騎もまた、その見慣れない、だが味のある室内を興味深々で見渡す。

 そんな中。


「エルフィって、かまどで火を起こした事ある?」

『あるにはあるのですが。私達わたくしたち天界では、火起こしに使える特別な道具を使っておりましたので……』

「そっかぁ……」


 台所に立った佳穂は、エルフィとそんな会話をした後、少し悩ましげな顔をした。

 流石に彼等も異世界での生活など初めて。便利過ぎる世界で生きてきた彼女にとって、そういった不自由さはどうしても残ってしまう。


「もしかして、使い方とか分からない?」


 と。

 悩ましげな顔をしている二人に、レティリエが歩み寄り声を掛ける。


「あ、うん。自分達の世界と、随分使い勝手が違ってて……」


 困った顔を浮かべる彼女を見て、レティリエは顎に手を当て少し考えると、何か閃いたかのように人差し指を立てると、ローウェンに振り返った。


「ローウェン。グレイル。私、今日は佳穂と一緒にいてあげてもいいかしら?」

「え?」


 思わず彼女を見上げた佳穂の視線に気づき、彼女に視線を向け安心させるよう笑みを浮かべると、こんな事を口にした。


「私。佳穂にここで暮らすための事を色々教えてあげたいのだけど」

「え!? でもそれじゃレティリエに迷惑がかかっちゃうし。グレイルだってレティリエと一緒にいたいんじゃ……」

「大丈夫よ。ちゃんと夜には孤児院に帰るし、グレイルとは何時だって一緒にいられるもの」


 佳穂の気遣いに思わず目を細めた彼女は、そう言ってにっこり微笑むと、改めてローウェンとグレイルを見た。


「俺としては助かる。色々やることもあるし、ずっと雅騎達に付いている訳にもいかないからな。グレイルも構わないよな?」

「ああ。俺もこの後狩りにでなければならない。だからレティが彼女達に付いてやってくれ」

「うん。二人共ありがとう」


 二人の言葉に、彼女は嬉しそうに微笑み返す。


「本当に、いいの?」


 それでも何処か申し訳無さそうな佳穂に対し、レティリエは笑顔で尻尾を振りながら、


「ええ。佳穂が良ければ」


 そんな優しい言葉を返してくれた。

 瞬間。ぱぁっと表情が晴れやかさに溢れると。


「勿論! ありがとう、レティリエ!」


 佳穂は嬉しそうに彼女の手を取ると感謝を口にし。あまりに素直なお礼を受け、レティリエは少し気恥ずかしそうな顔をした。


 これで、ここでの生活も何とかなる。

 佳穂とエルフィはそう感じていたのだが……。


 それに意を唱えるかのように。雅騎は寝室の扉を開けた途端、少し困った顔を見せた。


「あの、ローウェンさん」

「ん?」

「この家のベッドって、一台だけですか?」

「ああ。元々ここの家は一人暮らし用だったからな。問題でもあるのか?」


 問題という訳ではない。

 だが、それは都合が悪いと雅騎は思っていた。


 それもそうだ。

 同じ部屋というのも正直はばかられるのだが、佳穂は友達とはいえ男と女。寝る時に一緒のベッドなどあり得ない。


 だが、そんな事は頭にないかのように。

 あまりに自然にそう返したローウェンに、彼は思わず首を傾げてしまう。


「あ、えっと。できればベッドとは別に、床に敷く毛布とかいただけたらって思うんですが……」


 おずおずと申し出る雅騎の困ったような顔に、レベッカとローウェンが。レティリエとグレイルが互いに顔を見合わせる。

 人狼は皆、勝手に当たり前にそう思っていたのだろう。


 レベッカがまさかと言わんばかりに、その思いを軽々しく口にした。


「え? あんた達、つがいじゃなかったの?」

つがい、ですか?」


 まったくぴんとこず、雅騎は思わずきょとんとしてしまう。


 確かにこの言葉。

 現代では鳥などを飼う者ならば多少は耳にするものの、意外に聞き慣れない者も多い。


 しかし、佳穂とエルフィは知っている。

 物語の中に書かれていた、その言葉の意味を。


 人狼にとってのつがい

 それは現代の言葉に直せば、二人は結婚している事を指し示す。


 物語でも、レティリエはグレイルの。ローウェンはレベッカのつがいになりたいと憧れ、奔走し。無事つがいとなり結ばれたのだが。

 

 その先。グレイルに恵愛されるレティリエの姿を思い浮かべ、そこに雅騎と自分に姿を重ねてしまった佳穂は、瞬間。

 思わず顔を真っ赤にし狼狽うろたえると、両手を振って否定した。


「ち、違うんです! 速水君は同じ学校のクラスメイトなだけで──」

「学校? クラス、メイト?」


 レティリエが首を傾げると、それでは伝わらないと気づいた彼女が、慌てて言葉を言い換える。


「あの、その。孤児院で一緒に暮らしている友達、みたいな感じで。だからそんな関係じゃ──」

なだけなんでしょ。将来そうなるんなら別にいいじゃない」


 ため息をきながら腕を組み、呆れるように口にするレベッカ。

 だが。それはもう佳穂にとって、羞恥心に追い打ちをかけるものでしかない。


「あの、だから、その……」


 その場で身を縮こまらせ。恥ずかしさで顔を真っ赤にし。佳穂は両腕を後ろに回し、その場でもじもじとしながら、困った顔で言葉を濁した。


  ──な、何で私……違うのに……違うって、言えないの?


 そんな戸惑いが心を支配し、その場で動けない佳穂の内心に気づいたエルフィが、思わず苦笑する。


『佳穂も困っております。その辺にしてあげてください』


 彼女の言葉に、まだつがいどころか、心の内すら伝えていないと察したレティリエとレベッカは。


  ──え? 本当に夫婦じゃないの?

  ──嘘? まさかそんな所までレティリエあの子と同じだっていうの!?


 互いにそんな強い想いを抱いてしまう。

 だが、それは仕方ないのかも知れない。


 雅騎とグレイルの闘いを見守っていた佳穂の表情も。

 闘いの最中さなか、彼女を護り切る決意を貫いた雅騎も。

 闘いを終え、地面に倒れた雅騎に心配そうに駆けより、迷わず奇跡のような力を見せた必死さも。


 彼女達二人から見れば、充分相手を傾愛しているが故の行動にしか、見えなかったのだから。


 女性陣の勘所の良さとは別に、雅騎は未だ皆の反応が理解できず、ただ呆然とするだけ。

 同じく二人がつがいだと思い込んでいたローウェンとグレイルもまた、彼の反応に顔を見合わせると、呆れた苦笑いを見せた。


「グレイル、テオに話をして、ベッドを一台こさえてもらってくれないか」

「それは構わないが、狩りはどうするんだ?」

「レベッカ。悪いがそっちは任せてもいいか?」

「ええ。分かったわ」


 手慣れた様子でローウェンは二人に指示を出すと、雅騎に笑い掛けた。


「床で寝るなんてきついだろ。夜までには用意するから待っててくれ」

「いいんですか?」

「大した手間じゃないさ」


 爽やかな笑みで、軽くそう返す彼の気遣いを感じ、雅騎は、


「ありがとうございます」


 と礼を言うと、深々と頭を下げる。

 続くように静かに頭を下げたエルフィに気づいた佳穂もまた。はっとすると、慌てて頭を下げた。


 普段の人間から掛けられた事のない感謝の姿勢に、少しむず痒い気持ちが芽生えたローウェンは、それを誤魔化すように、やれやれといった笑みを浮かべる。


「それじゃ俺達は一度戻る。レティ。後は頼む」

「分かったわ。みんな、いってらっしゃい」


 ローウェン達三人はそのまま踵を返すと、彼等を残し家を出たのだが。


「あれで夫婦でないとか。ありえるのか?」

「ありえないわよ。何処かの誰かさん達に似て、鈍感で奥手なのかしら?」

「……レベッカ。そういう言い方は勘弁してくれ」


 彼等はローウェンの言葉を皮切りに、そんな呆れた会話をしながら、村の広場に戻っていくのだった。

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