第六話:気づけなかった想い
家に残った雅騎達は、これで一息つけるかと思っていたのだが。中々そうもいかなかった。
ランプに火を灯したレティリエは、まずは少し落ち着いて、皆でお茶でもと思っていたのだが。
彼等の家が決まったと聞いた村人達が、続々と家にやって来たのだ。
その大半は、家族や仲間で怪我を負った者達を連れた村人達。
傷を負った者。骨が折れた者から、
勿論、流石に部位を失った者まで治せる訳ではなく、佳穂やエルフィが心痛める事もあったが、大半の者達は彼女達の
彼等はその奇跡のような力に驚き。感謝した。
皆が浮かべる笑顔に、佳穂とエルフィも釣られて微笑み。人間でありながら、村人達とこうやって自然に交流する二人を見て、レティリエもまた安堵しながらそれを見守り。
こうして、皆を治してやった佳穂達が次に受けた洗礼。
それは人狼達のお礼参りだった。
彼等はレティリエや人間に拐われた仲間を助けるために、村の者総出で救けに向かうほど、仲間意識が強い。
だからこそ。仲間と認め、助けてもらった恩義を感じれば、それに応えてくれる。
「食べ物とかないと辛いよな? 今日採れた肉があるから受け取ってくれ」
「家に食器とかないと困るわよね? 良かったらこれを使って」
「お姉ちゃん! さっきはありがと! これお花!」
皆が順番にお礼に訪れては、生活に必要な食料や食器、ちょっとした家具などを置いていき。そして気づけば、生活に必要な調度品は、たった数時間で整ってしまっていた。
「それじゃ。本当にありがとな!」
最後の男が笑顔で家を出て行くのを手を振り見送った佳穂とエルフィは。扉が閉まった途端、肩の荷が下りたのか。互いにテーブルの椅子に腰掛けたまま、
「エルフィ。お疲れ様」
『佳穂の方こそ』
そんな労いの言葉と共に、やや疲れた笑みを交わす。
「二人共。本当にお疲れ様」
と。
そこに台所からやってきたレティリエが、二人の前に木のマグカップを置いた。
中にはほのかに甘い香りがする赤い半透明の飲み物が湯気を立てている。
「ありがとう、レティリエ。これって何?」
「紅茶よ。木苺のジャムで甘みを付けてるんだけど」
「へ~。頂いてもいい?」
「ええ。どうぞ」
「やった! いただきまーす!」
テーブルを挟んだ向かいの椅子に腰掛けたレティリエの微笑みを合図に、嬉しそうに佳穂はカップを手に取り、紅茶を口にした。
紅茶らしい独特の香りと、木苺の甘い香りが優しく香り。
濃すぎない茶葉の味と、紅茶で薄められた木苺の控えめな甘味が、とても飲みやすい口当たりとなっている。
それらが喉元を過ぎた時。
佳穂は蕩けたように満足げな顔を見せた。
「どう?」
「うん。凄く美味しい!」
「それなら良かった」
彼女の言葉と表情から、充分過ぎる本音を感じたレティリエは、それを聞きほっと安堵し、二人は微笑みあった。
「速水君もきっと喜ぶと思うな。起きたら淹れてあげてくれる?」
「ええ、勿論」
佳穂の願いに快諾したレティリエだったが。
「ごめんなさい。きっと彼がああなったのは、グレイルのせいよね……」
そう言って、少しだけその笑顔に陰りを見せた。
* * * * *
雅騎は今、寝室のベッドで横になっている。
それは、佳穂達に
本当ならレティリエがまだ残っていた為、その辛さを見せるつもりもなかったのだが。
流石に限界だったのか。彼等が家を出て少しして。ふらりと壁にもたれ掛かるように倒れかけたのだ。
「ご、ごめん。少しだけ、横になってていい?」
慌てて駆け寄った心配そうな佳穂とエルフィに、必死に作り笑いを浮かべながらそう願い出た雅騎は、そのまま寝室のベッドで休息を取るべく横になり。
あれから随分経った今も、未だ起きてくる気配はない。
* * * * *
レティリエは、テーブルに視線を落とす。
「あの時のグレイルを見て、私はすごく怖かった。私があまり傷つけないでって言ったのに、まるで本気で狩りをするかのように全力を出してた。雅騎が何とか凌いでくれたからよかったけれど、一歩間違えたら彼も大怪我をしていたわ。その上、佳穂を殺すなんて言うなんて……」
腿に置いた両手が、ぎゅっとスカートを握る。
「きっと雅騎はグレイルのせいで恐怖に曝されたの。だから雅騎はあんなになって……。だから私はグレイルが、信じられなくって……」
心を吐露した彼女の声が、身体が震え。
思わず瞳が潤む。
信じるべき愛する人を、信じられていない辛さに心を痛め。
愛する人がした行動によって倒れたであろう雅騎に、心を痛める。
そんな哀しげなレティリエの姿を見て、佳穂とエルフィもまた、少しの間切なげな顔をし、言葉を返す事ができなかった。
自分達の治癒の力に原因はある。
だが、確かにあの時のグレイルの動きは、殺意とまで言わずとも、充分本気を感じさせるもの。
そんな攻撃に神経をすり減らした可能性は十二分に考えられた。
そして。それすらもひた隠しにし、皆を心配させまいとする。
容易にそんな雅騎を想像できるからこそ、二人もまた心を痛めていた。
まるで同じ気持ちを共有したかのように。三人の間に気まずい空気が漂い始めたその時。
「誰も、悪くないですよ」
突然の言葉に、はっとした三人が振り返ると。寝室のドアを開け立つ雅騎の姿があった。
グレイルに裂かれたブレザー姿から、この世界の落ち着いた衣服に着替え。倒れかけた時に比べればかなり顔色は良くなったが、まだ少し疲れた顔をしている。
だが、それすらも無理に隠さんと、雅騎は笑みだけを見せた。
「グレイルさんはローウェンさんと闘いの前にちらりと話してたから、こちらを酷く傷つけて、力ない人間を見せて村人の同情を誘うような事、最初から考えていたんだと思います」
「そんな……。じゃああの時、私の言葉に頷いたのは……」
あの時既に、嘘を
だが。
「グレイルさんもきっと、同じ心の痛みを持っていたはずですよ」
彼は微笑みを崩さず、ゆっくりと皆の下に歩み寄ると、エルフィの向かいの椅子に腰を下ろした。
「俺は綾摩さんほど二人を知りません。ですが、最初にお会いした時、グレイルさんが警戒した時の行動や反応でわかりました。彼はレティリエさんの事が大事なんだなって。だからきっとローウェンさんに従うと決めた後、あなたと話をした時も心苦しかったはずです。ただそれでも俺達のために、ローウェンさんが考えた策に乗ってくれた」
「でも、それなら佳穂を食い殺すなんて言わなくても──」
「あれは、グレイルさんの嘘ですよ」
思わずそう叫びそうになったレティリエの言葉を、雅騎は優しく遮った。
「俺は正直、できることなら闘う必要のない相手を傷つけたくなんてなかった。だけどそれじゃ力を示したことにならない。だからこそ俺を煽って、本気を出すよう促したんです」
「まさか、そんな……」
疑いを晴らそうとする雅騎の言葉に驚きを禁じえないレティリエに、彼は言葉を続ける。
「綾摩さんを傷つけるって言った後、俺が覚悟を決めた時に見せたグレイルさんの眼は、俺の本気が見たいってだけの純粋な眼でした。だから心配しなくて大丈夫ですよ。グレイルさんは村長や村人の事、そしてレティリエさんの事、沢山、一生懸命考えてくれたはずです」
そう言って微笑んだ雅騎を、レティリエは呆然と見つめ返した。
自分は、自分の想いばかりを考えていた。
佳穂を助けたい。村に置いて貰えるようにしたい。雅騎を傷つけないで欲しい。
それは確かに想いであり願いだ。
だが、代償もなく叶えろなど、都合の良い話。
その代償を背負うべく、グレイルもきっと悩みながら、佳穂達を村人と共に居られるように考えてくれていたはず。その事に気づけていなかった。
「……私は、何も分かってなかったのね」
「そんな事ないよ」
またも自分を責めそうになるレティリエに、今度は佳穂が優しく声を掛ける。
「あの時は分からなかったかもしれないけど、今は分かったんだもん。だから大丈夫。きっとグレイルも、そんなレティリエの事分かってくれるから」
「佳穂……」
彼女の笑みに、思わず目尻に溜まった涙を指で拭ったレティリエは、感謝の笑みを向け、小さき頷く。
そんな二人に、雅騎とエルフィは視線を交わすと、優しき笑みを浮かべた。
「でも、何か綾摩さんとレティリエさんって似てますよね?
「え?」
「私と佳穂が?」
突然の雅騎の言葉にきょとんとするレティリエと佳穂に、彼は少し悪戯っぽく笑う。
「ええ。優しすぎてすぐ想い悩む所とか。涙脆い所とか」
『そう言われてみれば、確かにそうですね』
納得がいったのか。
エルフィもクスッと小さく笑う。
「も、もう! 速水君馬鹿にしてるでしょ!」
「そんな事ないよ。優しいのは本当。レティリエさんもね」
「きゅ、急にそんな事言われても……」
そんな雅騎の褒め言葉に、佳穂は不貞腐れながら。レティリエは恥じらいながら。互いに同じく顔を真っ赤にするのだった。
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