第四話:突然現れし天使
「速水君!」
少し涙目になりつつ、思わず雅騎に駆け寄った佳穂の身体が、突然光ったかと思うと。人狼達はまたも驚きの顔を見せた。
突然彼女の背に現れた白き一対の大きな翼。
そして。同時に今までいなかった、白きローブを纏った、同じ翼を持つ長い金髪の女性がその脇に現れたのだ。
「エルフィ!」
『ええ。分かっています』
エルフィと呼ばれし、レティリエに並ぶ程の魅力的な女性は、佳穂と共に雅騎の両脇に屈むと、人の言葉でも、狼の言葉でもない何かを口から発する。
そして両手を彼にかざすと、その身体を淡い光が包んでいった。
癒しの術、
天使の力であるその術が、雅騎の切り傷を少しずつ癒し、消していく。
「気持ち悪い?」
「ちょっとだけ。でも、大丈夫だよ。ありがとう」
以前この力が雅騎を苦しめた事を知っているからこそ見せた不安に、彼は疲労を感じさせながらも笑みを浮かべる。
そんな優しさが佳穂の心に、安堵と不安を生む。
だが、怪我を放置する事など出来はしなかった。
『貴方なら、もう少し上手く闘えたのではないのですか?』
彼の実力を知るからこそ。
エルフィが思わずそう問いかけるも、雅騎は静かに首を振った。
「グレイルさん、本当に強かったから」
「何を謙遜している。お前は充分俺を翻弄したじゃないか」
と。その言葉に答えたのは、何時の間にか歩み寄っていたグレイルだった。
彼にも疲労感がはっきり感じられる。だが、未だ堂々とそこに立っている。
「俺は、グレイルさんに組みつかれたら勝ち目がないって、ずっと感じてました。だからこそ必死に避け続けて、疲労するのを待ってただけの臆病者ですよ」
勝者であるはずなのに。
驕りもせず、ただ謙虚な言葉を口にする雅騎は、本当に護る為だけに闘ったのだろうと改めて感じる。
「……ふっ。まあ、そういう事にしておくさ」
闘い終えれば良き友。
まるでそう言わんばかりに、グレイルが呆れた笑みを見せると、雅騎も笑顔を返した。
「佳穂。あの……その方は? それにその翼は……」
彼の後ろから現れたレティリエが、不思議そうに、しかし興味に尻尾をゆっくり振りながら尋ねる。
その瞬間。
佳穂ははっとし、エルフィと顔を見合わせた。
「あ、えっと……その……」
──忘れてた……。
雅騎の無事に安堵し、雅騎の傷に不安になった事で、二人共無意識に行動してしまっていたが。二人は出来る限り
周囲の村人も、突然の佳穂の変貌とエルフィの登場に言葉を失っている。
それに気づき、はっきりとした戸惑いを見せる彼女に代わり。一度
『
「天……使?」
聞き慣れぬ言葉に戸惑うレティリエがグレイルに顔を向けるも。彼もまた、俺に聞いてどうすると言わんばかりの顔をしてしまう。
「よく分からんが、佳穂と雅騎の仲間って事でいいのか? 人間には見えないが」
と。
そんな彼等の元に、ローウェンとレベッカも歩み寄って来た。
『はい。佳穂は
「精霊、か。まあ、何となくわかった」
そういった文化のない人狼にとって、その言葉もあまり意味はなさなかったものの。何となくローウェンはそれを誤魔化すように受け入れた。
「あの。エルフィも私達の大事な仲間なんです。
どこか後ろめたさを感じた佳穂が、戸惑い申し訳なさそうな顔をする。
それを横目で眺めていたレベッカは、ちらりとレティリエに視線をやった。
既に佳穂を受け入れているのもあるのだろう。彼女はこの状況の行く末を心配げに見守っている。
──まったく。何か似てるのよね。この子達……。
レベッカはふっと呆れた顔をすると。
「ローウェン。二人も三人も別に変わらないでしょ? この子の仲間って言ってるんだし」
やや投げやりにも取れる言葉を掛けた。
「まあ、確かにそうだが……」
彼は腕を組み、少し思案する。
折角村人達が、彼等を受け入れた矢先の不安要素。
勿論、ローウェン自身はレベッカと同じ気持ちなのだが。
それが不協和音を生まないか。村長だからこそ、内心頭を抱えてしまう。
心の迷いを感じ取ったのだろう。雅騎が上半身を起こすと、彼に真剣な顔を向けた。
「彼女達の力を見たかもしれませんが。
突然の提案に、ローウェンは少し
確かに今、雅騎に対し不可思議な力を使い、その傷を癒やして見せている。だが、そんな得体の知れない力で、村人を納得させられるのか。
答えに困り、彼が頭を悩ませていたその時。
「あの……」
周囲の村人の中で、一人の女性がおずおずと手を挙げた。
「うちの子がこないだ腕を怪我しちまってて。これ、治せるかい?」
ふと見ると。彼女の足元に、片腕に添え木と包帯が巻かれ、腕を曲げたまま布で固定された、痛々しい姿で立っている。
骨折しているのか。時折痛みが、少年の顔を歪める。
それを見て、佳穂とエルフィが顔を見合わせた後、自然と雅騎を見た。
「綾摩さん。エルフィ。彼を治してやってくれる?」
柔らかな笑みと共に、彼にそう促され。
「うん」
そう言って頷き、一度術を止め立ち上がった佳穂は、エルフィを連れて少年の前に立った。
流石に人狼以外の者を目の前で見ている緊張からか。少年の表情は硬い。
『じっとしててくださいね』
すっとしゃがみ込んだエルフィは、とても優しい笑みでそう声を掛け彼の緊張を解しながら、彼の腕に手を添え、静かに
すると、少年の腕はゆっくりと淡い光に包まれた。
皆が声を発さず、緊張した面持ちで見守る中。
暫くして、ふっと少年の顔に、変化が現れた。
「痛く……ない?」
戸惑い呟く彼には応えず、エルフィは静かに術を解くと、淡い光がふわっと消えさっていく。
『もう、大丈夫ですよ』
優しく微笑み返したエルフィの言葉に、少年と母親は一度顔を見合わせる。
恐る恐る、母親が彼の腕を固定した布を外し。少年は怪我していた腕を、ゆっくりと動かし始めた。
手を握り、開き。曲げて固定されていた腕を恐る恐る伸ばす。何かに気づき、そのまま肩から腕をぐるぐると回す。
そして。
「お母ちゃん! 痛くない! 痛くないよ!!」
ぱぁっと表情を笑顔にした少年が、思わず喜びの声をあげると、母親は思わず目に涙を浮かべた。
「ああっ! ありがとう! ありがとう!」
感極まり、震える両手を口に当てた母親が、必死に頭を下げると。
「お姉ちゃん! ありがとう!!」
満面の笑みで少年もエルフィに礼を言う。
それが、一気に村人達の空気を変えた。
「何か分からないけど、すげぇ!」
「俺の切り傷も治せるのかな?」
「坊主!良かったな!」
思い思いに口を開く村人達が見せた表情は、その力で仲間を助けてくれた事実への賞賛や、自身の怪我を治して貰えるのではという期待ばかり。
──まったく。俺の心配なんて無意味かよ。
そんな光景にローウェンも苦笑し頭を掻いた。
「
彼の言葉に、
「おお!」
「勿論だとも!」
村人達は次々に賛同の声を上げた。
その声に、レティリエとグレイルは安堵した表情を交わし。佳穂とエルフィも嬉しそうな笑顔を交わし。雅騎も立ち上がりながら、ほっと胸を撫で下ろす。
そんな中。
「まったく。あんたは優柔不断よ。村長になったんだから、もう少し威厳見せなさいよ」
「あのなぁ。俺だって、色々考えてたんだよ」
村人達の為に必死に悩んだ事をレベッカにあっさり否定され、ローウェンは何ともやるせない気持ちで苦笑する事しかできなかった。
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