第二話:秘密は秘密のままがいい
あの後、雅騎と佳穂は腕を縛られたまま牢を出され、日も高くなった快晴の空の元、村の中心の広場に連れてこられた。
周囲には、二人に奇異や憎しみ、好奇の目を向ける、様々な人の姿をした人狼達が囲んでいる。
地面に両膝を突き座らされた二人の脇にはレティリエとグレイルが立ち。彼等の目の前には、村の村長である椅子に座ったローウェンと、その脇に立つ
雅騎達を見るローウェンの顔は神妙。対するレベッカは、何処か警戒した厳しい顔を見せている。
「レティ。つまり、この人間達は俺達の事を知っている、って事か?」
「ええ。本に書かれていた事だけしか知らないって言っていたけれど、普通の人間じゃ知らない、私やマザー、グレイルの事も沢山知っていたの」
「どうだか。口から出任せを並べて、命乞いでもしたんじゃないの?」
思わずレベッカがそう疑いたくなるもの仕方ない。だがレティリエは、既に佳穂に心を許していた。
牢で号泣した彼女を慰めた後。レティリエは色々と事情を聞いた。
二人はこの世界のものではないこと。レティリエとグレイルの物語を読み終えた後、眠りにつき、目覚めたらこの世界にいた事。
勿論、最初は佳穂のそんな言葉をグレイルとマザーも疑っていた。
だが、佳穂がマザーがレティリエをずっと心配し続け、励ましていた事実。
そして、レティリエと離れ離れになっていた時、グレイルが彼女の事を思い返し、己の本心に気づいた真実を赤裸々に語られた事で、必死にその事実を誤魔化しながらも、信じざるを得なくなったのだ。
こうして、二人がただの人間ではない事を三人に証明したものの、ここは人狼の村。村長を始め、村の者達が認めなければ彼等を自由にする訳にもいかないため、このような場が用意されていた。
「ねえ、佳穂。レベッカやローウェンの事も、何か知っているの?」
「うん。少しは」
「例えば?」
レティリエにそう尋ねられ、佳穂は視線を二人に向けた。
相手から向けられる、何処か厳しく、冷たい瞳。特にレベッカの視線の鋭さは、彼女の心を気後れさせそうになる。
だが、それでも自身を証明するため、ぐっと手に力を入れ、語りだした。
「ローウェンは、前からずっとレベッカを好きだったよね?」
「……へ?」
突然事実を突きつけられ、彼は瞬間ぽかんとする。
だが続く彼女の言葉は、彼の戸惑いをより加速させた。
「レベッカに、強い
「ちょ、ちょっと待て。レベッカ。お前そんな事を人間に話したのか!?」
「ば、馬鹿言わないで! 私はあの子と喋ったのなんて今が初めてよ!」
語られた事実を知る者など、既に夫婦になったレベッカくらいなもの。
村長らしからぬ
「レベッカはずっと昔から、レティリエを強い狼だって認めてたよね?」
「え?」
瞬間。目を丸くし動きを止めたレベッカ。
突然自分の名が出たレティリエが疑問の声をあげると、佳穂は彼女に顔を向ける。
「レベッカはちゃんと、あなたの強く折れない心を見抜いてたの。でもいつも自分は弱いと気落ちして、グレイルに告白しようとしないあなたの
素敵な物語から読み取った知識をいかんなく披露し、笑顔を向ける佳穂。
その新たな真実に、レティリエが驚きと共にレベッカを見る。
「それ、本当なの?」
瞬間。クールそうだったレベッカは、顔を真っ赤にし熱くなった。
「ば、馬鹿! べ、別にそんな事思ってなんていないわ! ただ、骨はあると思っていただけよ。っていうか、そこの人間はなんでそんな事まで知ってるのよ!?」
証明のために語られた事実を公にされれば、誰もが
はっきりと取り乱し、思わず佳穂を怒鳴りあげたレベッカだが、それが照れ隠しだというのは一目瞭然。
その緩んだ空気が、周囲の人狼にも
やれ。
「へぇ。レベッカも案外優しい所あったんだな~」
やら。
「ローウェンはだからグレイルに挑んだのか。泣かせるね~」
などなど。
周囲の村人に
とはいえ、そのままでは収集がつかないのは分かっている。
「ゴホン!」
大きな咳払いをしたローウェンは、何とか表情に真剣さを取り戻すと、じっと佳穂を見た。
「と、とりあえず俺やレベッカの話は置いておき。お前が本当に俺達を知っている、他の人間とは違う奴だって事は分かった。ただ、だからといって、
簡単にお前達を自由にする訳にはいかない」
厳しい言葉。
だが、それもそうだ。
人狼の村は、一度は人間に危機に陥れられたのだ。それはまだ記憶に新しい。そんな中で簡単に自由にする訳にもいかない。
「だからこうしようと思う。お前達は我々と闘って、強さを示してくれないか」
「「え?」」
思わず佳穂が。そしてそれまで声すら発さず見守っていた雅騎が、同時に疑問の声を上げる。
「我々狼は強さこそが全てだ。だからお前達も強さを示してくれ。それを示せれば自由にしてやるし、行き場に困るなら、暫くこの村に置いてやる」
その提案は、一気に人狼達を騒がしくした。
人間を村に残すという提案もそうだったが、そんな人間に力を示せという。力があれば、人狼に危害を加えるとも限らないのに。
「ローウェン。何を考えてるのよ?」
周囲の戸惑いを代表するように、怪訝な顔で問いかけたレベッカに、ローウェンは少し困った顔をした。
「俺は、レティはこの村の救世主だと思ってるし、一番人間を知っているとも思ってる。そんな彼女が信じられる人間だと言うなら、俺もそう思える」
「だったら何故──」
「それで
ローウェンは少しだけ、申し訳なさそうに雅騎達に顔を向けた。
「俺は村長だ。その子の話だって、はっきりとした事実だと分かってるし、嘘をついてないのも分かる。だが、村の
しっかりと村人全てを一瞥した彼が、座ったまま頭を下げる。
村長にそこまで言われてしまえば、不満のある者達も言葉を返す訳にはいかない。
だが、その気を利かせた言葉とは裏腹に、レティリエは表情に影を落とす。そんな彼女の気持ちをグレイルも感じ取ったのだろう。
「あいつがそう言っているが、お前達はいいのか?」
彼女に代わり、グレイルが佳穂に。そして雅騎に視線を向けた。
「速水君……」
その提案に、佳穂も思わず雅騎に不安の顔を覗かせる。
人狼達の強さ。それは物語の中で、人間達から仲間を取り戻す際にも如何なく強さを発揮しているのだ。
彼等は人を殺せるだけの力を持っている。
何かあれば、それこそ命を落とすかもしれない。
そんな人狼達の強さを知るからこそ。佳穂は不安を見せたのだが。
皆の視線が雅騎に集まる中。彼はふっと安心させるように笑みを見せると、ローウェンに凛とした表情を向けた。
「恩赦をかけて頂いた中で申し訳ありません。ひとつだけ、わがまま言わせていただけませんか?」
「なんだ?」
突然の申し出に、ローウェンは少し
そんな中、彼は動じる事なく語る。
「彼女は既に信頼たりえる事実を話して、レティリエさん達にも信じてもらえてます。だからその闘いは、俺だけに課して欲しいんです」
「速水君!?」
「レティリエさんがそうだったように、俺は力は闘いだけじゃないって思ってます。彼女は人狼に信頼される力を既に示したはず。だから、何も示せてない俺だけが闘えばいいと思うんです」
思わず叫んだ佳穂を目で制した後、じっとローウェンを見る雅騎。
暫くの間、互いにじっと視線を交わしていた両者だったが、刹那。ふっとローウェンが笑みを浮かべる。
──ったく。
確かに、佳穂が力を示したと認めさせるには上手い例えではある。
だがその裏で、彼の視線からひしひしと感じられるのは、彼女を危険な目に合わせはしないという決意。
その瞳に、懐かしさを覚えたのか。
「いいだろう」
彼はそう言って頷いて見せ、
「ありがとうございます」
雅騎もまた、深く頭を下げたのだった。
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