03 不意に困っている

 午後4時過ぎ、大学生2年になる皆川みながわ陽頼ひよりは電車に乗って込むと、車両の座席は少し空席が目立っていて、空いてる座席に座った。すると、食べ物の匂いが漂ってきた。マスクをしていることもあり、乾燥している空気と食べ物の匂いが混ざって気持ち悪くなりそうだった。周囲を確認するように視線を横に向けると、斜めの座席にスポーツをしていそうなアウター姿の女性が、リュックサックからポテトチップスのようなお菓子を取り出し、食べている。飲み物も飲んでいた。そして、その手を座席のシートで拭いていた。

 「ちょっと、電車で何してんの?」と、スーツを着た男性が女性の前に立って、話しかけた。

女性は「うるさいんでけど、つば飛ばさないでよ」と男性を睨み付けている。「お前、武藤だろう」と男性は言うが、女性は無視するように、リュックを抱えて、隣の車両に移ろうした。「ちょっと待てよ。武藤」と男性が女性の腕を掴んだが、「何だよ。キモイんだよ。」と男性と手を振るほどいて、逃げるように、隣の車両に行ってしまった。「なんだよ。あの女」と男性が呟いた。


『ご乗車ありがとうございます。本香駅、本香駅。お忘れ物ないようご注意ください』とアナウンスされ、ドアが開いて人が乗ってきた。電車の窓からさっきまでここに座っていたスポーツウエアの女性が駅のホームを歩いているのが見えた。スーツの男性を探した。陽頼と同じように女性を見ていた。そして、女性が手を拭いた座席シートに、人が座っていた。座った人に陽頼も、スーツの男性も声をかけることはなかった。空気が困っているように、流れていく。

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