第28話3-5:赤ミイラ①
私が顔を上げると、そこには何もいなかった。ゾンビ猫も、緑ミイラも、なにもかも。私は静まり返った空間の音を聞いていた。
「何があったのかは聞かないのか?」
「……怖いからやめておいわ」
そう言って立ち上がろうとしたら、周りに何かが覆ってきた。
「?」
私は意味がわからなかった。
「これは?」
白ミイラも困惑しているようだった。
「ないないない」
私は自分でもよく分からず言葉を出していた。
「やばいかなー」
白ミイラはつぶやいた」
「何が何が何が?」
「これはゾンビの仕業だ。敵の手中だからやばいなーと思った」
私たちはその覆ってくる何かに手も足も出ない状況だった。動こうにも動けない。あぁ、もう終わりだわ。
と思ったら、軽く動いた。
「あれ?」
身の回りの覆っていたものは消えていた。白ミイラも動けるようになったらしい。私はこれまた意味がわからなかった」
「簡単に捕まるなんて、どうしたのよ?」
そこに、赤ミイラがゆっくり歩いてきた。
「ちょっと油断してしまって」
「そんな言い逃れはいらないわ。あたしがいなかったら大変なことになっていたのよ。少しは悔い改めなさい」
できる女性のような凛とした口調だった。その背筋を伸ばした姿勢から見下ろすような圧迫感のある視線だった。私と目があったので、先生に怒られる前の生徒のようにビクビクしてしまった。
「ご、ごめんなさい」
私の震える声の方向に赤ミイラはゆっくり近づいてきた。それは私の頬に手を伸ばしてきた。私は暴力を振るわれると覚悟した。
「ごめんねー!怖かったよねー!」
なで声で私のほっぺをさするように掴んでくる赤ミイラ。
「え?え?え?」
私は怒られると思っていたので、状況が掴めなかった。
「もう大丈夫だよー。よしよしよし」
「怒っているんじゃないの?」
「んー?あなたには怒ってないわよー。白ミイラだけが悔い改めたらいいのよー」
赤ミイラはペットをあやすように私の体中をワシワシさすった。それはとてもこしょばくて、最初は少し嬉しいが次第にイライラするものだった。ペットたちもこのイライラを我慢しているとは、お勤めご苦労様である。
「俺は悔い改めるべきなのに、こいつはしなくていいのかよ?」
「そりゃそうでしょ。あなたと違ってこの子はミイラじゃないんだから」
「ミイラじゃなかったら甘やかせていいのかよ?」
「いいわよー。戦うわけじゃないんだから」
「いや、戦うために連れてきたんだけど」
「そんなこと言って、1人だと危ないから近くに置いておこうとしたのでしょ?」
「……」
白ミイラは黙って息を吐いた。どうやら図星らしい。ということは、私は初めから守られていたのであり、一緒に戦うというのは方便だったらしい。
「全く、この子を守るのならきちんと守りなさいよ。そもそも……」
白ミイラはガミガミ言う赤ミイラをツーンと無視している。
「……、ちょっと、聞いている?」
「あのー、すみません」
「あら、何?人間ちゃん」
「に、人間ちゃん?」
「だって、桃ミイラとそう呼ぶことに決めたのよ」
そういえばそうだった。今日の朝に決めたことなのにだいぶ昔のできごとのように感じる。私は桃ミイラも気がかりだが……
「さっき、私たちをどう助けたの?」
「ふふっ、気になるの?」
「そりゃあ、命が掛かっているので」
「まずは、あなたたちが何に襲われたのかを知る必要があるわね」
「そうよ。あの時に何が起きたのよ?」
私はとんと見当がつかない。
「それはね、虫に襲われていたのよ」
「虫って、あの虫?」
「そう、あの虫よ」
私の頭の中で、カマキリ・セミ・バッタの姿が浮かんだ。
「でも、何処にいたのよ?」
「いたるところにいたわよ。足元・髪の毛の中・体の中」
「体の中?!」
私はサブイボが立った。
「そうよ。でも、珍しいことじゃないわ。普段の生活から体の中に虫が入ることはあるわ。ダニとかいろいろとね」
「そう言われたらそうだけど」
「普通の虫ならくしゃみとかで追い出せるけど、ゾンビ虫だから無理やり入っていくのよ。そして、体の中から無理やり操って動きを止めたりするのよ。もちろん、体の外の虫たちも動きを止めるわ」
「だから動けなかったのね」
「でも、動きを止められるだけならまだマシよ。体内の柔らかいところからから食い破られるところだったわよ」
「えっ?」
虫唾が走った。
「だから、本当に危なかったのよ。死ぬ間際だったのよ」
「助けてくれてありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
両者は深々とお辞儀した。
「それで、どうやって助けてくれたのですか?」
「それはね、これよ」
そう言って手のひらを平げて差し出したが、そこには何もなかった。
「……どれよ?」
私は目を凝らしたが、わからなかった。
「ふふっ。慌てないの」
その手に平に向かって、銀河のように白い粉状のものが集まってきた。
「何、この粉みたいなものは」
「正解。粉よ」
手のひらに白い粉が集まった。
「粉……ですか」
「そうよ。この粉でゾンビ虫を退治したのよ。まぁ、薬みたいなものと思ってくださったら大丈夫よ」
「ゾンビに効く粉ですか」
「そうよ。この粉があればゾンビ相手になんとかなるわ」
赤ミイラの周りを毒蛾の鱗粉のように白い粉が舞っていた。その粉はゾンビ虫から見たらたしかに毒なので、過剰な表現とは思えなかった。私はそろそろ毒が回ったかのようにそんじょそこらの出来事では驚かなくなっていた。
「赤ミイラは、どういう性格なの?」
「何よ急に?」
「いや、生前の赤ミイラはどういう人だったのか気になったのよ」
「そんなことが気になるの?」
「うん。だから、生前の赤ミイラについて教えて」
「――生前の私は……」
「それ、俺の役目……」
白ミイラは割って入ることをミスった。
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