第19話2-7:桃ミイラ②
「――桃ミイラは生前、文学少女だったらしい。いつも本ばかり読んでいて、空想好きな女性だったらしい。といっても体が弱いとか運動ができないわけではない。実家は木を扱うところらしくて、暇なときに植林や伐採に駆り出されたらしい。今流行りの農ガールというところかな」
「いや、古いでしょ。今時その言い方」
「……晴耕雨読の生活を送っていた彼女だが、きちんと恋もしていた。しかし、それは陰ながら片思いするものだったらしい。学生時代は毎年誰かに恋をして胸をふくらませていたが、1度も告白をしたことがなかったらしい」
「うぶな子ね」
「そんな彼女も、学校を出て働き始めてからは男性と付き合うことになった。今までと違って、自分から告白をしたらしい。それから彼女は今まで味わうことができなかったピンクの出来事で幸せだったらしい」
「聞いているこっちが恥ずかしいわ」
「ところが、幸せは長く続かなかったらしい。ある日、付き合っていた彼氏が急に襲ってきたらしい。彼女はそれによって命の危機に貧したようだ」
「それはどうして?」
「お前も勘付いていると思うが、その彼氏はゾンビになっていたようだ。桃ミイラは生前にゾンビになった彼氏に襲われたのだ。ゾンビに襲われるというのがどういうことかはお前もわかるだろ?」
「そうね。私の場合はあなたに助けられたけど、普通は助からないわ。桃ミイラはその時に命を落としたのね」
「――いや、そこでは死んでいない」
「あれー!」
私は腰が悪い時の運動に定評が有る水中で腰が砕けた。
「何勝手に殺しているんだよ。罰当たりが」
「うるさいわよ!逆にどうして助かっているのよ!」
「実家の手伝いで身につけた体力と実家から持ってきた伐採道具でイチコロよ、と言っていた。たくましいやつだ」
「たくましいというよりは、怖いわ」
「とにかく、桃ミイラは彼氏ゾンビを倒して助かった。しかし、それは彼女の心に大きな傷を与えた。愛する人を殺めてしまったこと、愛する人をゾンビにされてしまったこと、その2つに挟まれて彼女はすり潰されそうだった」
「それでどうなったの?」
「その後、ゾンビを殺したということで黒フードが直々に襲ってきたらしい。ちょうど昨日のお前と同じだな。違うところは、お前には助けてくれるものがいたが桃ミイラにはそれがいなかったことかな」
「それはつまり」
「さすがの桃ミイラも黒フード相手では勝てなかったらしい。一瞬で殺されてその後はゾンビにする処置を受けたのだろう。しかし、俺と同じようにゾンビ化が失敗してミイラになっている」
「どうして失敗するの?」
「だから、それはわからないと言っているだろ?俺も桃ミイラも、それだけじゃなくて他のミイラたちもなぜミイラになったかわからない。ただ分かっていることは、俺もあいつらも黒フードやゾンビたちが嫌いということだ」
「桃ミイラもイジメを?」
「それは知らん。あいつはそのことは何も言わない。しかし、普通に考えたら仲間はずれだからイジメられるだろ」
そんな会話をしている私たちと関係なく、桃ミイラとゾンビタコは水を羽ばたかせて戦っていた。桃ミイラの木による攻撃はゾンビタコを狙うが、ゾンビタコもそれをぬるりとかわして反撃する。足による攻撃が気を砕いて進むが、桃ミイラもそれをひらりとかわして反撃する。
ゾンビタコはスミを乱発してきた。それは木を貫き、貫いたところから木を黒く腐敗していった。海水に当たると除発の煙を上げた。
「さすがにこれはやばいわ」
桃ミイラが避けながら言った。
「桃ミイラ、そんなにヤバイの?」
「やばいわよ。足の攻撃のほうは当たっても最悪なんとかなるけど、あのスミはやばいわ。体が折れたり砕けることはまだしも、腐敗してり消えてなくなるのはミイラでもどうしようもないわ」
「折れたりするのは大丈夫なの?」
「大丈夫よ、塩分があればすぐに回復するわ。でも、腐敗したりしたらダメね。人間の体だってそうでしょ?」
ここで人間と比較されても……
「じゃあ、どうするの?近づけないでしょ?」
「そうね。遠くからの木の攻撃も届かないわ」
「打つ手なし?」
「ふふ、ここで有名なことわざを教えてあげる」
「何?」
「出す手がなければ足を出せ!」
「たぶんないでしょ、そのことわざ!」
私の訂正を無視して、桃ミイラは桃色の包帯を力強く海中に叩き込んだ。すると、足元が地震のように揺れるのを感じた。モーゼが海を割って歩いたという昔話があったが、それが起きてもおかしくない雰囲気だった。
ネグササササッ!
ゾンビタコの体が頭上高く串刺されていた。その串出していたものは、ゾンビタコの真下から垂直に天高く伸びていた。ゾンビタコを正月の凧のように高く高く上げていた。
「なにあれ?木……よね?」
「そうだけど、少し違うわ」
「じゃあ何?」
「あれは根っこよ」
「根っこってあの根っこ?」
「そう、植物を支えているとても大切なもの、根っこ」
そんなに丁寧に言われても反応に困る。
「それで、なぜ根っこなの?」
「根っこはすごく丈夫なうえに地中を進んでいくことができるの。だから、相手に気づかれずに地面の中から攻撃するにはちょうどいいのよ」
「そんなものなの?」
「そうよ。おかげでこうして倒すことができたのよ」
「それはありがたいわ。それはありがたいけど……」
「ありがたいけど?」
「私まで吊るさないでー!」
私は再び足を取られてパンツ丸見えの逆さ吊り状態だった。前と違うのは、その足を捉えているものはゾンビタコの足ではなく木の根っこであることだった。足の周りがゴワゴワしていた。
「ごめーんね」
桃ミイラはおちゃめな声を出しながら木を操作して、私の足を捉えていた部分を弱めた。私はそのまま落下物のように海に落ちた。静かになっていた海水は大きな音とともに大きな水しぶきを上げた。
「ぷはぁ。はぁはぁ、もう少し安全に助けてくれないの?」
「あはは。うち、不器用だから」
「――いいえ、ありがとう」
私たちは倒したゾンビタコを見上げた。それは貼り付けにされたキリストのように見えないこともなかった。その口からはスミが溢れてきた……
「きゃー、スミよー!」
私たちは腐敗させるスミの雨から逃げ出した。それは木の屋根でなんとかかわしていけたが、いつまでもつのかわからない。回避できることに関しても、桃ミイラの体力に関してもいつまでもつのかわからない。
「うちに任せて」
そうガッツポーズする桃ミイラの頭にスミが付着した。
「……」
「ちゃー、助けてー!」
桃ミイラは気が動転して、木を呼び出すことも忘れていた。これはやばい、みんなが腐敗してしまう。神様助けて。
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