第13話2-1:夜の会話


 私は海岸近くの公園のベンチで寝ていた。普通なら危なくていたらダメなのだが、ミイラ男が護衛してくれるからダメではなかった。ホームレスもいない状況だった……って、私たちがそれか。

「すぐに向かわないの?」

 私はサイドポニーを解いた左側をカバンの上に乗せながら聞いた。

「こんな夜中に行ったら危ないだろ?」

 ミイラ男は私の頭側にある隣のベンチに座りながら、視線は私ではなく正面を向きながら答えた。

「でも、討ち入りとか暗殺とか奇襲って、夜中にするものじゃないの?」

 私はミイラ男と同じく正面を見ながら聞いた。

「夜中にする場合もあるが、昼間にする場合もあるだろ。それに、夜中にする場合は土地勘が必要だ。さもないと、先に自滅する」

「その向かう先には土地勘がないの?」

「ないな。そんなもの」

ミイラ男は曇った夜空を見上げた。

「でも、大体の場所はわかるのでしょ?」

「わかるよ、それくらい。辿り着くかは別だけど」

「ヴぇ!そんな不吉なことを言わないでよ」

 私は心配で嫌になった。

「でも、大丈夫さ。俺たちだけじゃないから」

「それはつまり?」

 私は6体のミイラを思い出した。

「俺には6人の仲間がいる」

「それは、さっきの黒マントが逃げた時の?」

「そうだ。お前も見たのか?」

「見たわよ。すごく印象があったもの」

 私も曇った夜空を見上げた。

「たしかに、あいつらがいたから助かったようなものだからな」

「そうよ。私、お礼を言いたいわ」

「明日言えばいいよ。お前のことが視野に入ったかは知らないが」

「要らない一言ね」

 私はムスっと頬を膨らませた。

「何を膨れているんだ?」

「そりゃあ、膨れもするわよ。腹立つこと言うから」

 私はため息混じりに頬をしぼませた。

「何をしぼんでいるんだ?」

「別にいいじゃない。私の勝手でしょ?」

 私は再び頬を膨らませた。

「何を膨れているんだ?」

「だから……って、ちょっと、あなた、私を見えているの?」

 私は視界を移してミイラ男を見たけど、夜空を見上げたままでこちらは全く見ている素振りがなかった。公園の電灯に照らされるその姿には生気を感じなかったが、よく考えたらミイラだからそれが普通だと納得した。そもそも、ミイラが生きていることだとか、ゾンビに襲われたとか、包帯が今の私の目の前にフラフラと浮遊しているとか、おかしいことであったのよ……

 ……あれ?この包帯、宙に浮いている。というか、生気を感じるというか、なんというか、何なんだ?

「どうしたんだ?ジロジロ見て」

 ミイラ男の声がした。

「いや、別にあなたのことを見ているわけじゃないの」

 私はミイラ男を睨んだが、こっちを見ていなかった。

「違う。こっちだこっち」

 私は声のするほうを向いた。すると、さっきの包帯から声が聞こえる。

「どういうこと?」

「どういうことって、俺がしゃべっているんだ」

「いや、だから、何で包帯がしゃべっているのよ」

「そういえば言い忘れていたけど、俺、包帯部分が本体だから」

「……えっ?」

 私は小さな声を出してカバンから頭をずり落とした。


「――つまり、どういうことよ」

 私は座り直して、正座で包帯と真正面から対面した。

「だから、言っただろ?包帯部分が本体だって」

 私の目の目で包帯が蛇のようにフラフラうねっている。

「だから、そのことの説明をしてよ」

「これ以上何を説明したらいいんだ?説明してくれ」

 相変わらずムカつく言い方だわ。

「まず、どうして包帯がしゃべっているの?そういう生きものなの?」

「生き物の定義にもよるが、そういう生き物といったら、そうなるかな」

「生まれた時からそうなの?それとも何かのきっかけでそうなったの?」

「生まれた時からではない。あるときにこうなってしまった」

「あるときというのは?」

 私の質問に、包帯は間を空けた。

「……黒フードの奴がいるだろ?」

「……あの人殺しね」

 私は話を本腰で聞く空気になった。

「あいつが全ての根源だ」

「具体的にどういうこと?」

「あいつは、ゾンビを作る呪術師、っといったところだ」

「じゅじゅつし?」

 初めて聞く言葉だった。

「そう、呪術師だ。呪いを扱う者だ」

 包帯は簡潔に説明した。

「その呪術師が何ですって?」

「ゾンビを作っているんだ」

「ゾンビって、あのゾンビ」

「そうだ。お前が襲われたゾンビだ」

「どうしてゾンビなんかを?」

「そんなの知らねぇよ。仲間を増やしているとかじゃねぇの?」

「どうして仲間を?」

「だから知らねぇって。まぁ、世界制服をしたいとかじゃねぇか?悪者はだいたいそんなもんだろ、たぶん」

 私はゲーム世界の悪者を思い浮かべて、勝手に納得した。

「それで、黒フードとあなたとの関係は?」

「俺はそいつに作られたものだ」

 私は疑問で眉をひそめた。

「作られた?」

「あぁ、そうだ」

「それはおかしくない?」

「笑うところあったか?」

「そうじゃなくて、その黒フードの呪術師はゾンビを作るのでしょ?それがなんでこんな包帯を作るのよ?」

 私は呆れながらも、気なることを質問した。

「こんな包帯を作りたかったわけではないと思う」

「じゃあ、何よ?」

「俺は、いわゆる失敗作だ」

「失敗作ってどういうことよ?」

私は包帯がうねらず静止しているのを眺めていた。

「俺はゾンビの失敗作さ。本当ならゾンビになるはずだったが、そうはならなかった。ただの失敗作さ」

 包帯は少しぶっきらぼうな言い方で震えていた。

「失敗作って、どうしてわかるの?成功作かもしれないじゃない。ゾンビの方が失敗作かもしれないじゃない」

「それはないな。俺が生まれたとき、あいつははっきりと『失敗作』と言っていた。だから失敗作だ、ゾンビのな」

 私は仮面ライダーを思い浮かべた。

「そうなの?というか、どうやってゾンビを作るのよ?そもそも」

「死体に呪術師が呪いをかけるだけだ。その呪いのかけ方までは知らん。黒フードのあいつに聞いてくれ」

「遠慮しとくわ」

 私は危ない目には極力会いたくなかった。

「とりあえず、俺はゾンビの失敗作さ」

「でも、そうだとしてもおかしいところが色々あるわ」

「だったら笑えよ」

「またこのやりとりー!」

 私は呆れた叫び声をあげた。

「――っで、何がだよ」

「まず1つ目、どうして包帯に命が入ったの?死体に入るものでしょ?」

「さあ?あれじゃねぇ、正月の時におみくじをかけると自分の代わりに犠牲になってくれるのと同じ感じじゃねぇ?」

「そんな日常的で見るような理由?」

 私は適当にあしらわれたと思った。

「だって、俺も知らねぇし」

 それもそうか。

「――では、2つ目よ。あのミイラは何?誰の死体よ」

私はミイラ男を指さした。

「あれは俺の死体だ」

「あなたのなの?」

「そうだ。呪術師はあの死体に俺の魂を入れようとした。しかし、失敗して包帯に入れてしまった。だから、中身が空の死体だ」

「ふーん。どんな顔か見てもいいの?」

「ダメだ」

「どうしてよ。何か呪いとかあるの?」

「……そんなところだ」

「でも、どうして自分の死体に自分の魂を入れようとしなのかしら?」

「どういうことだ?」

「こういうのって、死体と入れられる魂が違うことが多いイメージなの」

「そうなのか?」

「そもそも、死んだらその人の魂がどこにいるのかわからないものじゃないの?漫画とかでも魂と死体が違うことが多いし」

「それは、そういうことが多いからじゃないのか?俺の場合はその多くある場合と違う場合だっただけじゃないのか?」

「うーん。私も詳しいわけじゃないからわからないや。あなたがそう言うのならそうかもしれないわ」

「お前、自分の意思はないのか?」

「うっさいわね!包帯になっても一言多いわよ」

 夜中に迷惑な声量で怒鳴った。

「夜中だから気をつけろよ」

「……3つ目。あの黒フードに敵対しているのはなぜ?ほかのゾンビと違って操られていないじゃないの?」

「なぜだろうな?失敗作だからじゃないのか?そのへんの操られる機能もぶっ壊れているんじゃないのか?」

「そうかもしれないけど、それは操られないだけで従わないわけじゃないでしょ?どうして敵対しているの?というか、敵よね?」

「敵だ。あいつは俺を従えようと拷問してきた。命からがら逃げることには成功した。だが、すごく辛かった。だから俺はあいつを嫌いだし敵だと思っている。だからお前は安心しろ、俺は味方だ」

 包帯は私の頭を撫でるようにさすった。それは、すごく温かみがある手にさすられているような気分だった。私は夏が近づいているからだろうか?頬が熱くなった。

「あなた、生きているときはどういう人だったのよ?」

「それを言ってどうする?」

「な、なにかあるかもしれないじゃない」

「それはないな。とは言い切れないが、残念なお知らせがある」

「なによ?」

「俺は生前の記憶が無いんだ」


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