22 バイオクリーチャー

「ピピ、ピピピー!」

 中央セキュリティルームで、今までとは違う警報音が鳴った。

「アノス、どうした、どこで、何が起きた?」

「ガロア博士の連れのサム・グリーンとニック・ブルーが体調が悪いと言って休んでいた医務室で異常警報です。…今中にいる常駐の医師と看護婦と連絡が取れました。彼らは危険を逃れて奥の薬品保管室に逃げ、内鍵を閉めて通信端末で直接助けを求めています…」

 ゼノン大佐が中の医師たちとすぐに連絡を取った。

「どうした、いったい何があったと言うのだ?」

「そ、それが…どう説明したら良いのか…?!」

 サム・グリーンとニック・ブルーは、医務室に来てから容体が急変して行ったという。

 ニック・ブルーは体のあちこちが腫れて痛いと言ってぐったりしていた。服を脱がせるといくつもの大きな水疱のような腫れものができ、中で何かが動いていたというのだ。

 サム・グリーンは体中が燃えるように熱くなり激痛が走るのだと言って、もがきだしたという。あまりに暴れるので、医師のサミュエルはサム・グリーンの体を押さえて鎮静剤を注射しようと試みた。だが、看護士が用意した注射器を見た途端、サム・グリーンは医師と看護師を恐ろしいほどの力で突き飛ばし、もがき苦しむと、見る間に体中に毛が伸び、カーテンを引きちぎり、医療戸棚をひっくりかえして手がつけられなくなった。そこで医師と看護師はこの小部屋に逃げてきたというのだ。

「すぐに親衛隊を突入させ、医師と看護師を救出するのだ!」

 すぐに数人の親衛隊が銃を持って医務室に急行した。するとなかから、一人の男がふらふらっとおぼつかない足取りで歩いてくる。

「く、苦しい…助けてくれ…」

 首に大きな腫れものがある。

「ニック・ブルーだと思われる。拘束の上、隔離しておけ」

 ニック・ブルーは親衛隊員に付き添われ、ゆっくりと歩きだした。

「よし、俺達は部屋の奥に突入する。俺が先に突っ込むから援護を頼む」

 そう言って1人の親衛隊員が中に入る。カーテンが引き裂かれ戸棚も倒れているが、動くものはない、奥に医師達が隠れている小部屋のドアが見える。親衛隊員はさっと駆けこんでドアをノックし、医師と看護師を廊下に逃がし、銃を構えてあたりをうかがっていた。

「ガルル…」

 その時、親衛隊員の後ろから何かが襲いかかってくる、鋭い爪が首元に食い込む。

「うわあああ!」

 バキュバキューン!

「大丈夫か?!」

 廊下側にいたもう一人の親衛隊員の銃弾が確かに数発命中した。ハンドガンを構えて助けようと駆けだすと、その怪物はものすごいスピードで廊下へと向き直り、ジャンプし、飛びかかってきた。

「ガルル!」

その瞬間、怪物の姿が入り口の監視カメラに捉えられた。

「なんだ?、狼男か?!」

人間のように2本足で立ち、破れた衣服も残ってはいたが、顔は毛むくじゃらで長い牙が生えていた、ここで寝ていたはずのサム・グリーンか?

「くそ、怪物め!」

毛むくじゃらの獣がのしかかってくる。さらに良く見ると、体の表面に鎧のような光沢のある部分があちこちに見えた。

ダダダ!数発当たったところで、銃がはたき落され、そのけだものは流れる血を押さえながら、大けがをした隊員を引きずって、医務室に引きずりこんだのだった。

さらにもう一人の男、ニック・ブルーが、歩いていた廊下で苦しみ出した。

「どうした、平気か?」

まわりに人は誰もいない。一体何が起きると言うのだ。

「う、う、助けてくれ」

「しっかりするんだ!」

ニック・ブルーがその場でひざまずいた。

「ぐあああ」

大きく膨らんだ首元の水疱が破裂し、中から握りこぶしほどの、蜘蛛のような怪生物が飛び出した。さらに男の袖の中や衣服の中から、何匹もぞろぞろとはい出してくる。

「な、なんだこれは!!」

親衛隊が拳銃で狙おうとすると、1匹が飛びついてきて8本の足を猛禽類の足のように開き、鋭い爪を伸ばすと拳銃を持った手首をわしづかみにしてきた。

「いてて!」

激痛が走るが、簡単には外れない。左手を使ってはがそうとすると、今度は蜘蛛のおしりからら蛇のような首が伸びてきて毒牙でかみついてくる。

「チィーッ!」

神経性の毒と一緒に隊員の体に何かが流し込まれる。のちに蜘蛛と蛇を合わせたスパイパーと呼ばれるようになる怪生物が、誰もいない廊下に何匹もはい出して広がって行く。

「どうした、何があった?あ、何だこpの生物は?」

バキューン。

異変に気付いた親衛隊員が、助けに賭けつけた。無理やり引きはがし、とっさに銃を撃つ親衛隊員。だが、怪生物は、俊敏でなかなか当たらない。

毒がにかまれた親衛隊員は、連絡する間もなく体がしびれてうずくまる。そして、ニック・ブルーと同じような水疱がだんだんと体のあちこちにできて行くのであった。

蛇の頭部には鋭い牙が二重に生えていて、蜘蛛のような複眼がある。生理的にうけつけない怖さがある。調べる間もなく、建物のあちこちに奴らは広がって行った…。

「ゼノン大佐、大変です、サム・グリーンが獣化して暴れています、まるで狼男の様です」

「なんだって!それで狼男は今どうなっているんだ?!?」

「狼男は大けがをした隊員を人質に医務室に立てこもりました。こう着状態で今、にらみ合っています」

ゼノン大佐は親衛隊全員に緊急命令を出した。

「怪物出現、緊急非常態勢だ。怪物をなんとか始末するのだ、奴はもう2人に大けがを負わせている。射殺してかまわん!」

建物内部に配置された皇帝親衛隊が一斉に動き出した。

異変に気付いた皇帝クオンテクスが中央セキュリティルームへ緊急通信をかけてきた。

「何があった?私を大ホールに護衛する予定の親衛隊まで移動して行ったぞ?!ハカイオウが現れたのか?」

ゼノン大佐は謎の狼男だと映像を見せて説明した。レイカー少佐が将軍に指示を仰いだ。

「皇帝を警備する人員が手薄になっています。いかがしましょう」

「いや、こんな時のためにあ奴らを配置したのだ」

そう言って大佐が連絡をとったのは王宮騎士団だった。リーダーのダビデが女王の護衛で大ホールに出かけているほかはみんな貴賓室に待機していた。

「王宮の騎士たちよ、謎の狼男の出現で警備が薄くなっている」

そして皇帝の部屋周辺の警備が命じられた。大佐は何か難癖をつけてくるかと警戒していたが、騎士たちは予想外に素直に従い安心した。

それもそのはずである。皇帝に近づくことは、騎士たちの思うツボだったからだ。

「ゼノン大佐の命令だ、ここの警備は交代する」

「はい」

今まで厳重だった皇帝の部屋の周囲の親衛隊がだんだん騎士たちに入れ替わって行く。あとは皇帝の部屋の中に置かれたナインキューブの護衛に着いた2人だけだ。

だが、突然皇帝の部屋のドアが静かに開く。何事だろうと護衛の2人がそちらを見るが、誰もいない…?

「どういうことだ。誰かが廊下側からドアを開けたのか?」

だが廊下側にも誰もいないように見える。

「?」

護衛の一人が確かめようと歩きだす。

「グハッ!」

ところが何があったのか?その護衛が倒れる。もう一人が連絡しようと通信機に手を伸ばした瞬間、その男も悶絶して気を失った。

「うぬ、どうした、何かあったのか?」

そう、ここは皇帝の部屋である。異変に気付いた皇帝が椅子から立ち上がった。だが、皇帝もすぐに後頭部にいたみを感じ、頭を押さえてそのまま椅子に崩れ去った

何もないはずの部屋の中にうっすらと人影が現れた。クールな影の剣のレイベンだ。姿を消して襲ってきたのだ。この部屋には通常の監視カメラはない。今はオフに成っている、中継用のカメラだけである。

「よし、手はず通りに行動しろ」

影の剣のレイベンが合図すると、黒い忍者姿の部下が貴賓室の方からさっと現れ、ナインキューブを1箱ずつ運び始めたのだった。だがその時、意識を失ったはずの皇帝の頭に一瞬、電気が流れたように見えた。そして、皇帝の眼がかっと見開かれたのだった。

その頃狼男を追いかけている親衛隊から、中央セキュリティルームに通信が入った。

「ダメです、狼男は驚異の素早さと攻撃力で、うまく射殺できません」

その時の通信画面で再び狼男の監視カメラの映像を見た将軍は驚嘆した。

「体中にアーマーのような外骨格が徐々にでき始めている。鋭い爪もさらに伸びて鎌のようだ。親衛隊の拳銃攻撃を受けて、それに対応して、体を進化させているのか?」

だんだん銃弾が聞かなくなるだけでなく、人質に取った親衛隊を盾に使う知能があり、なかなか致命傷が与えられない。それどころか、別の恐怖が親衛隊を襲ったのだった。

「大変です。狼男をやっと大人数で包囲して追い詰めたはずが、今度はどこからかバイオクリーチャーのような怪生物が何匹も出てきました。セキュリティ上のコードネームはスパイパー、第一発見者によると、ニック・ブルーの体を食い破って出てきたらしいのです。強力な神経毒を持つ危険生物ですが、すばやくて跳びはねるのでなかなか拳銃も当たりません、そして襲われた隊員の体を使ってどんどん数を増やしているようです。どうしたらいいのか、有効な手段が見つかりません」

「なんだと?!」

送られてきた画像を見ると、男性の手のひらほどもある蜘蛛型の怪生物が7、8匹、どこからカサカサと高速で出てきて、周囲の隊員に襲いかかっている。

「俊敏な大きな蜘蛛の背中に鋭い牙が二重に生えた蛇が乗っているような形態のバイオクリーチャー、スパイパーです」

8本の足の先には太くて鋭い爪があり、これでジャンプしたり、猛禽類の足のようにつかみかかったりする。毒牙のある蛇の頭部分には昆虫のような複眼がついていて、この部分がシュッと伸びてかみついてくると言う。

「大佐、生物相手には超能力者部隊はいかがでしょう?」

レイカー少佐の意見にゼノン大佐はうなずいた。

「うむ、そうだな王宮の騎士たちよ、力を貸してくれ!」

「はい」

早速炎の剣のフレデリックと氷の剣のシオンが医務室へかけつけた。

フレデリックはファイアボール使って狼男を攻撃、シオンは氷の息吹を剣の先から放射し、蜘蛛の怪物スパイパーを凍らせ二かかった。

炎と氷の攻撃は怪物たちを驚かすのには有効だった。狼男は炎を恐れ、蜘蛛の怪物スパイパーは冷気にちりぢりとなり、逃げ遅れた奴は、低温にみるみる動きが鈍って行った。

「よし、これからファイアボールストームで狼男を部屋から追い出す。親衛隊は飛び出してきたところを仕留めてくれ!」

「はいっ!」

炎の剣のフレデリックと、皇帝親衛隊の協同作業だった。万が一に備えて消火器が何台か用意され、集まってきた親衛隊が一斉に銃を構えた。

「行くぞ、3、2、1ファイアボールストーム」

フレデリックが炎の剣を振りおろす。炎が火球となり医務室の中ををぐるぐる飛び回って部屋中に砕け散った。

「グギャオオン!」

たまらず狼男が部屋から飛び出してくる。

「今だ、撃て!」

だが、狼男はものすごい勢いで親衛隊員たちの頭上を飛び越え、血を流しながらも、包囲網を突破したのだった!

すぐに消火器を持った親衛隊が医務室に飛び込む。そして一斉に消火作業に入り炎は鎮まる。銃声、叫びや怒号が起こり、廊下は大騒ぎになっていた。

「ゼノン将軍、大変です、王宮騎士の力を借り、大勢の親衛隊で狼男を追い詰めたところ、奴は大ジャンプで突破し、しかもそのあとめちゃくちゃに親衛隊のいる廊下を走り回っています!仲間にあたりそうで、銃が思うように使えません」

「突破された?、まずい、ばかものが!」

遅かった、狼男は人間の数倍のスピードで警備兵の銃弾をかわしながら数十メートルを走り抜けると、直角に角を曲がった。そこは皇帝の部屋のすぐ前、王宮7騎士が身構えた。

「うおお!」

竜巻の剣のジェイクが剣を構えて進み出た。

「竜巻の剣、大木倒し!」

廊下に一瞬で竜巻が巻き起こり、強風とともに狼男の体が空中に浮かび上がった。

「グオオオオオオッ」

竜巻に巻き込まれ、廊下の天井に、続けて壁に激突し床に墜落する狼男。

「竜巻の剣、真空構いたち!」

倒れた狼男に今度は竜巻で体を切り刻む必殺技が襲いかかる。

「ギャウ!」

だが、命の危機を感じた狼男は、がバット跳ね起きると、猛スピードで廊下を走りながら竜巻と廊下の壁のわずかな隙間をすり抜けるように、なんとそのまま斜めに壁を駆け上り、竜巻をかわし、そのままジェイクの反対側の壁にジャンプして突っ走って行ったのだ。

その頃、容易ならぬ気配を感じた英雄の砦の控室では、グレイシス将軍が動き始めていた。

「では頼むぞ、モリヤ・モンドよ」

「はい、事件の発端は横笛のジュリにもあるらしい。そのために我らは来たのですから」

モリヤ・モンドは怪物騒ぎを鎮めるために義勇兵を早急に組織・派遣するという申し出をゼノン大佐におこなった。連絡用のモニター画面の向こうでゼノン大佐は最初は渋っていたが、誠実なモリヤ・モンドの態度と王宮晩餐会を早く無事に終わらせたいと言う思いもあり、断りきることはできなかった。

そしてモリヤ・モンドは英雄の砦の全員に言った。

「何が起こるかわからん、すぐに各自武道アーマーに着替えてくれ。もう九鬼一角と舞姫ジュネが情報集めに動いている。諜報部員であるネビルとハヤテがみんなの武道アーマーの通信装置に最新の情報を送ってくれる手はずだ」

グレイトソードのアリオンが、サンダーボルトジェニーが今度は練習用ではない実戦用の武具を取り出し、モリヤ・モンドやロック・ゴードン・ムトウが超合金の武道アーマー姿で終結した。メリッサとリンダのfガールズは決勝戦はどうなるのだろうと心配しながら、試合に使うはずだった武道アーマーを着たのだった。それは、ステージ衣装と同じカラーリングの最新の機能を持ったものだった。殺気があたりを支配した。だが、ベガクロスの控室の方向からも怪しい殺気が広がり始めていた。

中央セキュリティルームでは、また立て続けに警報が鳴った。

「今度はなんだ?狼男の次は、ドラキュラか、フランケンか?」

ゼノン大佐がぼやいた。

すると今度はセキュリティーAIのアノスの顔が画面に出てしゃべり始めた。

ベガクロスの船で来たヴァルマ教授とフリードの2名ですが…。

「なんだと、大幅に容姿が変わってしまった?」

「ヴァルマ教授は、骨格認証では先ほどとほとんど変化はないのですが、年齢が20才ほど若くなった印象で、髪型や瞳の色、口元の様子がかなり違います。フリードは鉄仮面をつけていて本人確認ができません。特に問題はないと思いますが、いかがいたしましょう」

「わかった、ベガクロスの軍団に私の知り合いがいる、まずはその男に確認してもらおう。ベガクロスの控室で監視カメラの追尾システムをオンにしてくれ」

そしてゼノン大佐は自分の通信端末で連絡を始めた。

「ああ、マイスターゲルバーか、実は…」

ベガクロスのナンバー2であるマイスターゲルバーはクオンテクスの片腕のゼノン大佐とも旧知の仲だった。

ヴァルマ教授とフリードは暗黒闘気をまとって静かに進み出た。フリードの闇蟲を入れる古代の儀式は先ほど成功し、そしてたった今、蟲の力を引き出す儀式がおわったところだった。あまりの容姿の皮利用に、近付いて見たベガクロスの部下、あのベートーベンのようなマイスターゲルバーもおどろくしかなかった。

「これはこれはヴァルマ教授、いよいよ決戦に臨まれる用意ですか?」

「ほう、マイスターゲルバー、わかるかね?」

ヴァルマ教授がぞっとする笑顔で答えた。ヴァルマ教授の白髪交じりだった頭髪は黒々として逆立ち、瞳は金色になり、口元からはチラリと牙がのぞいていた。フリードはすでに鉄仮面をつけていたが体は一回り大きくなり、盛り上がった筋肉のあちこちに血管が浮かび上がっていた。

「…それと試合までは仮面はつけないでいただきたいと言う事で…」

フリードもマイスターゲルバーに言われて鉄仮面を外して見せたが、その瞳は射抜くような銀色、やはり顔にも欠陥が浮き出ていた。

「ああ、瞳の色?もちろん私もフリードもコンタクトレンズさ、戦闘中に目を保護するために寝。ほら、我々には武道アーマーがないからねえ」

うそぶく教授はにやりと笑った。

「教授、あまりお笑いになると、長い牙が目立ちますな。お気を付けください」

「ご丁寧なご指摘ありがとう、マイスターゲルバー君。早速気をつけることとしよう」

この3人のやり取りを、監視カメラ越しにゼノン大佐がじっと見ていた。

「コンタクトレンズねえ…?やり取りに問題はないようだが、どう思う少佐」

「やりとりは紳士的ですな。もともと重要チェックリストの人物ですが、しばらくは経過観察を続けて、様子を見ましょう」

レイカー少佐の言葉に、ゼノン大佐は首をひねりながら答えた。

「…金色の瞳に長い牙か?これでは魔人そのものだな。なにかとんでもないことが起こりそうだが…」

ベガクロスの大事な連れでなければ、この時点で退去させられていたかもしれない。教授とフリードは、黒いオーラを放ちながら、決勝戦の行われる大ホールへと歩きだした。

その時、目を覚ました皇帝は怒りに感情を失っていた。先ほど頭に強い痛みを感じて気を失い、目が覚めてみれば、あり得ない光景がそこに会った。セキュリティが1番高いはずのこの皇帝の部屋に、黒ずくめの男が2名入りこみ、事もあろうか、ナインキューブの箱を持ち出しているではないか?!

もちろんそれは姿を消すことのできる影の剣レイベンとその部下の忍者軍団の仕業に違いなかった。

「なんだ、貴様ら!」

完全に気を失っていたはずの皇帝が突然起き出し、黒ずくめの男につかみかかった。レイベンは姿を消せるが、部下たちはそれはできない。1人は持ち上げられて遠くに投げ飛ばされ、もう1人は、暴れて逃げようとするが、人間離れした皇帝の怪力に簡単に持ち上げられ、何回も叩きつけられる。レイベンの誤算は、皇帝は思った以上にサイボーグ化されていて、普通の人間ならしばらく意識を失うようなダメージからもたやすく回復してしまうことだった。

「ううぐおおおお…」

厳しい訓練に耐えたはずの忍者軍団の男が声を上げた。力の加減を知らぬ怪力だ、このままでは部下が殺されてしまう。

「しかたない。影の剣、おぼろ月」

姿を消したレイベンの影の剣が振り下ろされると、黒い雲のような翳りが発射され、皇帝の上半身を包んだ。

「なんだ、真っ暗で何も見えぬ。うぐっ!」

さらに影の剣の峰撃ちが決まり、視界をを失った皇帝の頭に強い衝撃が襲う。

皇帝は、今度は流石に倒れ込み、しばらくは動けなかった。

レイベンと忍者軍団はナインキューブを持ってさっと引き揚げ、あとには、気を失った皇帝だけが残ったのだった。

その時クリフは、あのアタッシュケースのパソコン画面を見ながらネビルと驚きの声を上げていた。

「クリフさん、やっとわかりましたよ。もともとどこが崩れやすいかどこが気喧嘩を察知し、ガレキの中から人々を救助する高性能ロボットだって聞いていたけど、こう言う事だったんですね」

「ああ、まさか、こんな能力を持っていたとは?!だが、これなら、頭と胴体を別々にして刑務所に入れられても脱獄できたし、あのアステカビートの事件の時も、我々の目の前から忽然と消えることができたわけだ」

そしてその能力がわかった時、クリフの頭の中には別の疑問が湧きあがってきた。

「ちょっと待てよ、ハカイオウはもう、すぐそばまできているのかもしれない…?」

そしてさらにデータを調べまくったのだった…すると…。

「あ、クリフさん、ここがそうじゃありませんか?」

「そうだ、そうだ。流石ネビルだ」

それは驚異の機能だった。高度なレスキュー用のロボットr5は、ガレキで埋まった室内やせまい通路を通行、探索するために、次のような機能を持っていた。

1、胴体を4分割し、さらに頭や手足を自ら切り離す。つまり、体を9つに分けて、ガレキの中など狭い空間へもぐりこめる。

2、それぞれの部分が高速で移動できるように、各部分に反重力エンジンを搭載。

3、各部分に強い意志と目的に基づいた行動ができるように生命金属で造られ、人口知能を搭載。

ネビルの声が震えていた。

「体を9つに分割でき、しかもそれぞれの部分が考えて自分で動ける、空も飛べる。そしてそのためにほとんどが生命金属で造られている…?!」

クリフが大声で叫んだ。

「ナインキューブだ!」

あの日ハカイオウは我々の前に姿を現してから体を9つに自分で分割し、9つの箱の中に入り、ナインキューブをでっち上げた。それをベガクロスが売りさばき、クオンテクス皇帝本人に、ハカイオウの体を集めさせたのだ。これこそ伝説の算術軍師ミハエル・マキシミリアンの策略であった。

そして生命金属でできたハカイオウは、依頼が成功したらそれを売って報酬にするつもりだったらしい。老練な軍師は、それも計算に入れて今回の戦略を汲みあげたのだった。

「あの箱にはハカイオウが入っている。開けさせてはいけない。急ごう、あの箱はどこだ?」

「わかりません、ゼペックなんとかなるかい?」

「私は親衛隊の通信端末のコピー機を持っているから、そこから逆に中央セキュリティルームにアクセスできる…。ちょっと待ってくれ」

急いでアクセスするゼペック。

「…ナインキューブは少し前に皇帝の部屋に運ばれた。おや、どういうことだ??」

ゼペックの顔色が変わった。ナインキューブが何者に持ち去られたのか忽然と消えている。所在不明となっているのだ。

「なんですって?!」

「そんなばかな?」

クリフとネビルのあわてようはなかった。もちろん王宮騎士団によってどこかにもちさられたなどとは知る由もない…。その時、ハッピーカバチョ団長から連絡が入った。

「そろそろ大ホールへサーカス団の集合の時間だよ。打ち合わせ通り、いつものガンマンショーの西部劇のコスチュームで来ておくれ。ああ、もちろん、皇帝クオンテクスも再び大ホールにやってくる。よろしく頼むよ」

時間だった、総合武道大会の決勝だ。優勝者にトロフィーを渡すために、公邸がまた大ホールにやってくる…。

少しして大ホールでは、総合武道大会で使う闘技場の用意が整い、フィナーレでサプライズ出場するサーカス団のメンバーの入場が始まっていた。みんな先ほどは、幽霊船の戦いの衣装を着ていたが、今度はいつものサーカス出演のオリジナル衣装に着替えていた。海賊ピエロのガレオンはコミカルな明るい衣装に成り、海の怪物ボブオクトは、お茶目なパナマ帽をかぶっている。キューピーは天使の姿に成り、アリストアリエスは海の要請から、双子コーディネートでかわいく決めてきた。マジシャンのキューブリックはステッキとシルクハット、ナイフ投げのキールやパリス兄弟、ブランかシスターズも、20世紀風の派手な曲芸師の衣装だ。そして招待がペリー博士だとわかった団長のハッピーカバチョもいつもの小太りのカバの燕尾服に、リアルカバのマスクに成っていた。決勝戦で優勝者が決まったら、みんなで飛び出して、踊って歌って、華吹雪とホログラム花火で盛り上げると言う段取りだった。

ちょうどその時、あのミイラ男、ラムセスが大階段を登りきり、空中庭園に姿を現した。狼男を追って空中庭園に集まっていた親衛隊員はぎょっとして、連絡を取った。

「中央セキュリティルーム、あの破壊3銃士のロボットラムセスが空中庭園に姿を表しました。このまま放っておくと狼男の捕獲作戦に支障をきたす恐れがあります。機能を停止させるか、別のところへの移動をお願いします」

「なに、ラムセスが?わかった、すぐ機能を停止させる」

こんなときに、どうしたのだと、あわてて命令を送るレイカー少佐。だが、ミイラ男からの応答はなく、もちろん機能も停止しない。

仕方なく、連邦戦略研究所のプラテオ・バルガスに連絡を採る。

「わかりました、すぐにメンテナンスエンジニアを直行させます。少しお待ちください…」

ただ待っているわけにもいかないので、2人の親衛隊がミイラ男に近づいて見る。

「本当に目も鼻も何もない包帯ぐるぐる巻きのロボットだな。よくこれでものが見えるもんだ。コントロールボックスもましてやリセットボタンなど何も確認できない」

「どれどれ…」

もう一人が後ろから覗き込むように近付いた瞬間だった。

「ウオオオオーン!」

親衛隊員は横殴りに吹っ飛ばされた。

「なんてことだ。なんで後ろから近づいたのがわかるんだ?ちゃんと見えているようだし、戦闘回路は生きているのか?」

包帯姿の怪力ロボットラムセスは、古代の石像や巨大な太陽神の顔のある空中庭園をゆっくりと進んで行く…。何のために、何を目指して…。

「とにかく、しばらくは近付かない方がいいようだな…」

「皇帝陛下、しっかりしてください。陛下!」

そのころ、部屋で倒れていた皇帝を、王宮騎士団が発見したと通報があった。

その通報でかけつけた医師が皇帝を診察していた。

「ふうむ、すると謎の忍者のような怪しい男達がやってきて、もみ合いになった時に、頭を何かで強打したといいうわけですね…」

「痛みや不快感は特にないのだが、あれから時々、電機が流れるような感覚が…」

医師が皇帝の頭の金属の輪をそっと外すと、大きな傷の痕があり、頭部に埋め込まれた機械の端子が見える。ドクターはそのあたりを調べて言った。

「頭部には全く異常は無さそうだが、体を制御している人工知能の部品が頭をぶつけた衝撃でいささか異常をきたしているようだ。我々医師にはどうしようもない、あとで生体工学技士を呼んで調べてもらうしかなさそうだ」

そしてドクターは慎重に頭部に鉄の輪をはめたのだった。だがその途端、また電流が走り、皇帝が暴れて、医師は吹っ飛ばされた。

「誰か、皇帝を押さえてくれ」

医師の声で、そばにいた親衛隊員が両側から皇帝を押さえた。

「な、なんだ、この力は?」

最新の戦闘サイボーグ用の義手や義足を備え、体の各部を改造されている体は、思いがけない怪力だった。しかも今はアーマースーツを着込んでいて、体の防御力もかなり高い。

「こ、皇帝陛下!」

「しっかりしてください。陛下!」

親衛隊員の呼びかけに、皇帝ははっと我にかえった。

「…すまん。心配掛けたな。もう大丈夫だ。痛みが取れた。予定通り、大ホールに行くぞ」

「陛下、大事をとって出席は控えた方が…」

「もう平気だと言ったら平気だ。弱みは見せられぬ」

しかし、またいつ頭痛に襲われるのか、暴れ出すのか、予断を許さない状況だった。

だが皇帝はゆっくり立ち上がると大ホールへと歩きだしたのであった。

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