17 亀裂
大河メラーは、数年に一度洪水を起こし、数十年に1度は大洪水をおこす。だが古代の民は洪水とうまく共存し、堤防なども必要最低限しか作らなかった。洪水のたびに上流のリンなどの肥料成分が入った泥が大量に運ばれてくるからであった。古代の建築に近づけようとしたこのカイザーパレスも、古代に起源を持つ巨大な平坦な丘グランポリスを再現し、その上に巨大な城を建てている。数年に1度の洪水の時でも、丘の下までしか水は来ないのだ。あの別荘がある林も、少し離れた丘の上に作ってあり、やはり洪水の被害を受けないように考えられている。
晩餐会が直前に迫ったその日、皇帝を絶対に守り抜こうと決意したオーギュスト・ゼノン大佐は、複数の人工知能を自在に操りあらゆる策略を練る算術軍師ガブリエル・ディーを呼んで幹部たちと対策会議を開いていた。
ここは古代のスフィンクスのような石像や鮮やかな壁画が飾ってある貴賓室で、女王が招待客を迎え入れるために良くこの部屋を使っていた。今では奥まった場所がちょうどいいと秘密会議に使われている。
「先日お話した、Gの経路、上流の巨大ダムを破壊して数十年に1度クラスの大洪水を起こし、電源や空港などの交通システムをすべて麻痺させるかもしれないというハカイオウの攻撃に対する備えの進行状況はどのようになっておりますかな」
そう、数日前ガブリエル・ディーはリスクAIを使って、予測可能なハカイオウの侵入方法と対処法についての報告を行った。そこにはAからGまでの様々なパターンが予測されていた。前回の宇宙船館で乗りつけるaの経路、招待客に変装して宇宙空港から侵入するBの経路、大河メラーの水上から、水路を伝って城のすぐそばまで来るCの経路など様々なパターンがあった。その1つ1つに対処していたのだが、Gの経路だけ対処法が不十分だったのだ。上流の支流に造られたタイタンダムは飲み水や農業用水、水力発電まで行う重要なダムであったが、最近老朽化による亀裂が発見され、補修工事を始めることになっていた。だが、人口知能の計算によると、ドローンに積める程度の小型爆弾をいくつか使えば、亀裂が大きくなり、巨大ダムが崩壊させることも可能だという結果が出たのだ。
人工知能が創った予測映像はとんでもないインパクトだった。上流の巨大ダムのアーチ部分に度爆弾を積んだドローンがいくつもはりつき、遠隔操作の爆弾が一気に爆発、ダムは大きくなった亀裂から水を噴き出し、崩れ去り、想像を超える津波のような水が下流に向かって押し寄せる。岸辺の移籍や観光施設を飲み込みながら、巨大な波がうねり、坂巻き、カイザーパレスへと押し寄せる。空港はあっという間に逆巻く海となり、飛行機も宇宙船も押し流され、川沿いのハイウェイを走る自動車たちは次々に流され姿を消して行く。カイザーパレスのある大きな丘、グランポリスは陸の孤島となり、通信手段、電気、交通などのインフラもすべて寸断される。その時、小型飛行艇を使って近付く黒い影がある。それがハカイオウだ…!!
「…はい、Gの経路ですね。強度を一時的に高める特殊なセメントで、突貫工事を始めたところです。ダムの亀裂は表面的にはわからないレベルまで補修できるでしょう・また、爆破、洪水に備えて上流のだむも警備を強化するだけでなく、1週間前から、ダム周辺を一切の通行を禁止にすることができました。また空からは最新の対ドローン用空中誘導地雷を前日までに数百個用意することができました」
「なるほどすばらしい…。危険確率がそれで相当低くなりましたね」
「あと、ご指摘のあったBの経路ですが、当日は招待客に派全員名札を義務付けます。名札には、位置確認機能と怪しい通信を感知する機能が付いていて、異常があればすぐにわかります。今回は警察や宇宙連邦の捜査官も、もちろん警備会社のガードマンもカイザーパレスには近づけません。警備はすべて皇帝親衛隊と王宮騎士団、その部下が当たります。あとはムナカタの厨房スタッフやオーケストラやサーカス団員だけで、その者たちの身辺チェックも厳重に行います」
「なるほど、あと、計画書を見ると1つ分からないことが…」
「なんでしょう?」
当日持ち込まれる荷物の数万項目に及ぶ物品のリストを、AIによって分析させたところ、引っかかった物品がありました」
数万のリストの中から赤い文字で浮かび上がった物品があった。
「当日、宮中晩餐会の計画とは別にナインキューブと呼ばれる荷物がいくつか運ばれることになっていますが…?」
ガブリエル・ディーの言葉に、今度は皇帝補佐官のウォルター・ワイルダーが慎重に答えた。
「実はクオンテクス皇帝陛下の最強の鎧を作るために生命金属が集められました。でも今生命金属はその高い性能がわかってから流通量が減少し、なかなか手に入りません。そこで一度売りに出された生命金属入りのナインキューブを買い戻して集めることになったのです。現在、すべて行方がわかり、招待客とともに当日持ち込まれることとなったのです。皇帝は復活宣言と同時に、最強の鎧の政策計画をぶちあげるつもりです」
「招待客と一緒?と言うことは、すくなくとも会場入り口まで持ち込まれると言うことですよね。そこにもし爆弾でも入っていたら…どうします?」
「ご心配なさるのも当然です。しかしナインキューブに使われているキューブ状の内箱は、1度封を開けると2度と使えなくなるような特殊な構造をしていて、中に仕掛けをしようと蓋を開ければ内部の金属部品が壊れて2度とふたが閉まらなくなります。当日届くことになっているナインキューブは、すべて未開封と確認済みです。また、中に入っている生命金属は、特別な生命金属反応を示します。箱の外からでも判別は容易です。招待客の降りる宇宙空港から生命金属反応をチェックする計画です」
「なるほど、そこまでわかっていれば安心ですね」
そして話題は警備体制の問題点に及んだ。算術軍師のディーが、前回のハカイオウ事件の時の分析から問題点を提起した。
「王宮騎士団は、あの時、ハカイオウとも互角の戦いをしたが、守っていたのは女王のいる西側のエリア、ハカイオウが皇帝の居場所を突き止めて追いかけだしてからは戦いは行われていませんでした。これはいったい…」
ゼノン大佐は眉間にしわを寄せてしばし黙り込んだ。もともとの宮殿の主人であったマリア・ハネス・メルセフィス女王と女王に忠誠を誓った超能力者部隊は、未だ皇帝親衛隊との共闘を拒んでいた。移籍の研究や観光を維持するために、女王の存在はどうしても必要であり、女王ではなく皇帝を守れなど、今まで無理な命令はあえてしてこなかった。だが流石に今回は決断しなくてはならない…。
「ガブリエル・ディーよ、君の察しのとおり、女王や王宮騎士団は表面的にはこちらの言うことは聞くが、非常に微妙な関係だ。何かいい策はないものか」
「なるほど…そういうことなら、なにもしないのが1番でしょう。でも大佐がどうしてもお望みなら、最善策ではありませぬが、こんな方法はいかがでしょう?!」
当日だけ女王の控室を、西のセクションから、この貴賓室に移すのです。そうすれば、王宮の騎士団はすぐ隣にいる皇帝も守らざるを得ない」
「なるほど…この部屋はもともと女王のお気に入りの部屋だし、実に明快な解決法かもしれない」
それに今まで女王と王宮騎士団だけ特別扱いしてきたことで、部下たちの不満の声が噴出してきていた。この辺で女王たちにもきっぱり言っておかないと部下たちにも示しが付かない。しばし考えた後、ゼノン大佐は決断した。
「わかった…。当日、女王は西のエリアからこちらに移ってきてもらおう。早速王宮騎士団に連絡を取ろう」
大佐のすぐ目の前にはどっしりとスフィンクスのような古代の石像がたたずんでいる。
その決定が伝わるや否や、早速、問題の王宮騎士団も西の離れに集まって女王とともに相談を始めた。
「女王様、ハカイオウを恐れる皇帝は、今度の宮中晩餐会で大幅な警備の配置換えを要求してきました。女王様も我々も、1日だけ西のエリアを離れ、皇帝のそばに配置替えとなります。これは女王を城の中心に移してセキュリティを高めるためだと申しております。でも、これは協定違反にもなる1大事かと思います、いかがいたしましょう」
女王が大1銭を退くことになった時も、女王の住まいや生活環境は一切の変更話という協定が取り交わされていた…。
「変更は1日だけ、場所も私のお気に入りの、貴賓室と言うことで喜ぶとでも思ったのかしら…」
女王は冷ややかに笑った。女王は大佐の考えているより、数段賢かった。
「奴らはうまい方法を考えたつもりでしょうが、魂胆は見えている。すぐ隣の皇帝の部屋にハカイオウが攻めてきたなら、女王警護のための騎士団も黙っているわけにはいくまい。黙って見過ごせば、腰ぬけ呼ばわりされかねない。そなたたちに皇帝の警備もしろと言うことに違いない?!」
「やはりそんなことでしたか…。そもそも、女王様は健康を崩され、皇帝にその座を奪われてしまった。でも、絶対に何かがおかしい、私達は食事係も医師団も信用してはおりません。女王様の控室の変更など、女王様が拒むなら私達も受け入れません。我々の型機絆も忠誠心も変わりませぬ。あくまで女王様をお守りするための騎士団でございます」
騎士団のリーダー、波動の剣のダビデはそう女王に訴えた。ほかの騎士たちもさっと駆け寄り、忠誠を改めて誓った。女王には古代文化を研究し、再現して行くと言う壮大な夢があり、その実現のための高い能力もカリスマもある。でも皇帝クオンテクスは軍事力で押さえつけて支配することだけが目的だ。そこには夢も達成感も何もない。
「ダビデ…みんな…」
女王は目を潤ませて礼を述べたが、少し考え、次のように意外な指示をした。
「さすがの皇帝も、ハカイオウにあれだけばらばらにされてしまった後では、気が気ではないのでしょう。臆病になるのもわかる。ちょうと良いではないか、部屋を変われと言うなら変わりましょう、皇帝の警備につけと向こうが言うならつきましょう。そのかわり…」
「そのかわり?」
「皇帝にこれ以上不遜な行いが目立つようなら、こちらも黙ってはおらぬ。皇帝のそばに配置されるなら、お前を守るばかりではないと思い知らせてやりましょう!」
つまり女王は、皇帝のそばで警備をやらされるのなら、皇帝を裏切りこともあると暗に言い放ったのであった。
「それこそ、われらの臨む通りです。でも7騎士が皇帝に反逆したとなると、女王様のお立場が…」
ダビデが複雑な表情で答えた。すると物静かな影の剣のレイベンが進言した。
「炎、氷、雷、竜巻、大地、波動の6騎士は何も無理に動くことはございませぬ。影の剣のレイベン、この私が影の超能力を使い、万が一の場合、皇帝に一矢報いることも含めて、すべてを気づかれずに執り行いましょう」
例えば炎の剣なら炎を吹き出し、氷の剣は相手を凍らせ、大地の剣は地を割り自信を起こし、稲妻の剣は雷を呼び、竜巻の剣は一振りで竜巻を巻き起こすことができる。波動の剣は波動エネルギーを放射するのだが、影の剣は、使うものの姿を消すことができるのだ。
「お任せください、私の配下、影の忍者部隊も、この日のために準備を進めてございます」
女王に忠誠を誓った騎士団は、ハカイオウの襲撃にそなえつつも、隙あらば寝返る可能性も出てきた。もともと小さな亀裂が生じていたのだが、ゼノン大佐の無理な決断により、亀裂は確実に大きくなり、崩壊の危機すら生じてしまったのだ。もちろん皇帝クオンテクスが考えもしない展開であった。そしてこの大きくなり始めた亀裂が、王宮晩餐会に予期せぬに波乱を巻き起こすこととなるのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます