16 暗殺士の系譜
武道の聖地、英雄の砦エリュテリオンの戦う哲学者、グレイシス将軍は、その日、数人の幹部を集めて重要な会議を開いていた。会議の場所は、流水のある日本庭園七滝亭。裏にある大きな森から湧きだした泉の水が庭に流れ込み、枝分かれし、行者の滝、白糸の滝、青竜の滝など、大小七つの滝を作りながら庭を一蹴して行く。将軍や皆の前には流れ込む水が1つの池になり、睡蓮が花を咲かせ、小魚の群れや水生昆虫が泳いでいる。
今日集められたのは、舞いながら戦う暗殺舞踊得意とする舞姫ジュネ、巨大な剣を自在に使うグレートソードのアリオン、浦葡萄の暗器を使う九鬼一族の九鬼一角、そして将軍の片腕でもあるあの美麗な黒ひげの大男、モリヤ・モンドであった。
「では九鬼一角殿、お話をうかがおう」
モリヤ・モンドが口火を切った。裏武芸の九鬼一族は、暗器と呼ばれる、表立っては使われない、変形武器や仕込み針などの特殊な武具を使う一族だ。
現在の当主の九鬼一角は一見現代的なシャイな青年だ。しかしいろいろな武道と積極的に交流を行うその腕前は、実践で歯敵なしと恐れられている、変幻自在の強さだと言う。
「我々は中世においても近世においても、表向きは木工や竹細工などを行いながら、戦乱の時代の裏側で、密偵や暗殺家業を生業とし、技を極めてまいりました。そして平和な現代となっては、スポーツやエンターテイメント、また、増えすぎたイノシシやシカなどの害獣の駆除などを中心に生き残ってまいりました」
そこまで話したところで、同じ暗殺家業を生業としてきた舞姫ジュネが割って入った。
こちらは演奏や踊りを生業としながら、おもに密室で権力者の暗殺などに関わってきた者たちの子孫である。
「この七滝亭では、森から湧き出た泉が湧かれてあるいは様々な滝となり、最後には池で一つとなります。受け継がれてきたものが様々に姿を変えてゆくのですが、池に集まれば同じ水、昔の姿を現すこともあるということです。実は私の妹、横笛のジュリのことでございます。わたくしたち姉妹は幼き頃から舞踊や楽器、そして特殊な暗殺技を仕込まれてまいりました。しかしこのエリュテリオンに移住することをきっかけに暗殺家業から縁を切り、私は舞踊の師範として、裏合気道の家元として、このエリュテリオンでお教室を開けるようになりました。妹も楽器や舞踊の師範として働いていました。ところが、妹は3年ほど前から横笛の演奏旅行に出かけるようになり、それなりに人気も出てうまく行っているようだと安心していたのです。ところが…」
そこでグレートソードのアリオンがしゃべり出した。アリオンは鋼のような筋肉の無頼漢と言った風貌で、顔や腕に傷がある凄みのある男だ。でも、アリオンの流派は巨大なグレートソードも扱うが、実はナイフから短刀からロングソードなど、ありとあらゆる刃物を扱う実践的な剣法を得意としている。最近では広く宇宙連邦の警察や軍隊で、護身術から犯罪者対策まで教える立場に成り、その関係から、いろいろな犯罪情報が漏れ伝わってくるのである。
「ちょいと耳にはさんだんだ。ベガクロスのところのオーケストラのコンサートのあった日の夜、近くの高級ホテルで妙な殺人未遂事件があった」
「妙な殺人未遂事件?」
「実は裏で覚せい剤の裏取引などに関わっていると言われていた大企業の役員たちが襲われたんだが、1人は事件以来植物人間のようになり、1人は視力がゼロになり、1人は車いす生活になっちまった。彼らは部屋で打ち合わせをしながら酒を飲んでいたらしいのだが、気がつくと3人とも眠ってしまって、次の朝、異変に気付いたホテルが救急車を呼んだのだが、もうその時は遅かった」
ところが犯人が逮捕されるどころか、証拠も何も残っていないという。ホテルの厳重なセキュリティがすべて誤作動を起こし、特に事件の起きた前後の12分間は監視カメラもすべて全く何も打つ手いなかったそうだ。普通では検出できない高性能の睡眠薬で眠らされたらしいということまでは分かったのだが、いったい3人に何が起きたのか、警察もおてあげだった。だがアリオンは思い当る事があったと言うのだ。
「確か、エリュテリオンには相手を殺すことはもちろんだが、逆に相手の命を奪わず、半身不随にしたり、目を見えなくしたり、社会的に抹殺する暗殺術があると聞いていた。確か、舞姫ジュネのところの…」
そこでまた九鬼一角が話出した。
「われわれはアリオンからの話しをもとに、密偵を送り込んで事実を探りました。その結果わかったのは、ジュネ殿の妹君のジュリ殿は、横笛で合同公演を行ったのをきっかけに、ベガクロスのミリオンクロスオーケストラに入り、横笛や、フルートの演奏をしながら、ベガクロスに利用されていると言うことです。彼女はそこで暗殺楽団の中心で動いているらしい…」
「またベガクロスか…」
グレイシス将軍がつぶやいた。そして舞姫ジュネが静かに話を続けた。
「命を奪わずに、体の機能を奪って社会的に抹殺する。場合によっては死ぬより大きな苦痛を与える秘術、わが流派の極意の1つです。それで私は、最近連絡のなかった受理に連絡を取り、九鬼一角から聞いた事実をすべてぶちまけたのです。ネットの画面の向こう出笑っていた受理に、あなたはやめたはずの暗殺家業をまたはじめたのかとね?!」
皆の視線がジュネに集中した。
「受理は…妹は、あっさりとその事実を認めました。でも私が、あなたはベガクロスに利用されているだけだと、すぐにやめるようにと説得をし始めると、彼女はこう突っぱねたのです…!」
「地球の隠れ里で育ち、エリュテリオンに移り住んだ私には、砂漠の惑星エスパルの暮らしは知らないことばかりだった。こっちはひどい格差社会で、搾取されている貧しい暮らしの人が大勢いる。ドラッグや人身売買、弱い立場の人から搾り取っている悪人も沢山いるわ。しかもそいつらはうまい手を使って、連邦警察に捕まる事もない。許せないのよ。だから私は警察に代わって奴らを社会的に抹殺することにしたの。これからは思い通りにやるわ。ベガクロスもきっとわかってくれるはず」
「今は戦乱の時代じゃないのよ。監視カメラだってどこにでもある。すぐに逮捕されるわ」
「ベガクロスのところには監視カメラをすべて無効にできる昆虫メカもある。抜かりはないわ。お姉さまが仕込んでくれたでしょ。一撃必殺、証拠は何も残さない。だからわかって。もうしばらくの間、こちらにいさせて。すべてが終わったら、ちゃんとジュネのところに帰るから…。ほらジュネの誕生日の頃にはね」
そこでネット通信は一方的に切れた。ジュリは何をしようとしているのだろうか…。
黒ひげのモリヤ・モンドは舞姫ジュネに訊いた。
「誕生日の頃と言うと、何かあるのだろうか…?」
するとジュネが答えた。
「それが、ちょうど例の宮中晩餐会の頃と重なるんです」
「うむ、やはり宮中晩餐会に何かがおきそうだ」
その時今まで静かに話を聞いていたグレイシス将軍がカット目を見開いた。
「しかもその物言いだと、ジュリは、ベガクロスの命令とは別の動きをするかもしれぬ。モリヤ・モンドよ。やはり決断せねばなるまい」
「はい。わかりました。では、提案いたします」
将軍の決断によって黒ひげのモリヤ・モンドが提案したのは、この英雄の砦の歴史を変える画期的な出来事であった。
「第1回総合武道大会」
モリヤ・モンドは次のような提案をした。
1、各流派演舞。
2、流派対抗戦予選。
3、武道と音楽のコラボパフォーマンス。
4、流派対抗戦決勝。
モリヤ・モンドはこう説明した。
「もともと暗黒剣法に対抗するために、宮中晩餐会にはリンダとメリッサのfガールズが出演することでクィーンウイングスが準備を進め、オーケストラとの共演も計画されていた。それが武道と音楽のコラボパフォーマンスです。だが王宮晩餐会は、皇帝が主催するものであり、そこにベガクロスのオーケストラもギラードのサーカス団も大々的に出演する。英雄の砦ももう少し力を入れてみてはという声は以前からあった。それを受ける形で、もし、これを実現するなら、この砦からあと10人近くの人数を晩餐会に送り込むことができる。たとえば舞姫ジュネと九鬼一角などがその場に行けばあるいは受理を止められるかもしれない。止められないまでも後始末ができるかもしれない」
すると、グレイトソードのアリオンが言った。
「なるほど、われらが仲間が行けば何か事件が起きた場合に対処ができるかもしれぬ。撃ちの流派のいろいろな剣を使った縁部はいいかもしれん、あのロックゴードン・ムトウの体を岩石のように堅くする技なども見るものの度肝を抜くだろう。だが、他流派との対抗などルールのこともあるし、とても危険だ。出る者などいるのか?」
すると責任を感じている舞姫ジュネとっ九鬼一角はぜひにと申し出た。モリヤ・モンドもこう続けた。
「試しにサンダーボルトジェニーに言ったら、いつでも誰でも全力で叩き潰す、私ならオーケーと言っていたな。まあ誰も出たがらぬなら、俺がでるのは一向に差し支えないが今ここにいる幹部たちやサンダーボルトジェニーのようなビッグネームが出るならば、大評判になる事は間違いない…」
最終的な出場選手や内容はまた話し合いを詰めて行くこととなった。七滝亭の水はコクコクと姿を変えて流れて行くのであった。
その頃、ベガクロスのミリオンクロスオーケストラは、エスパルの白いオペラハウスで、練習中だった。あのベートーベンのようなマイスターゲルバーが指揮台に立ち、宮中晩さん会で披露する、海の交響曲や幽霊船の音楽や合唱、さらにスペシャルなアンコール曲などの練習を積み重ねていた。そして昼休み、約2時間の休憩をとって午後の練習だ。だが1時間も過ぎると、半分ほどのメンバーが集まって隣の練習室で秘密の練習を始めていた。
思い起こせば今から3年前、ミリオンクロスオーケストラに横笛のジュリが加入した時、身辺調査をしていたマイスターゲルバーが、ジュリが暗殺舞踊の出身であるとベガクロスに報告した時にさかのぼる。
「…そういうわけでこの娘は懐に入れても手に余るだろうし、敵に回してしまえば英雄の砦の手ごわい奴らも敵にまわります…危険です。関わりを持たない方が賢明と思います…」
マイスターゲルバーの判断は正しかった。だが実際に横笛の受理を見たベガクロスはその気品に満ちた立ち居振る舞い、横笛の怪しい魅力、そしてなんと言ってもその美貌にほれ込み、そばに置くことにしたのだった。ジュリの思い通りに望みを聞き入れ、その暗殺技を役に立ててくれと説得したのだった。一度は暗殺家業をやめたはずのジュリだったが、なぜか素直にベガクロスの言葉を聞き入れたのだった。それからしばらくして、製薬会社ベガクロス者の邪魔になる非合法ドラッグの組織の幹部たちが次々と病院に送られ、社会的に抹殺されていったのだった。だがマイスターゲルバーの心配通り横笛の受理は目覚ましい活躍とともにオーケストラの中に次第に力を広げて行った。あの昆虫メカの天才少女メルパと恐ろしいことに気があってしまったのだった。楽団員の中に仲間を増やし、暗殺武術の訓練や楽器をつかった暗器を工夫し、オーケストラはいつの間にか、暗殺楽団と、うわさされる存在となったのだ。
マイスターゲルバーの心配をよそに、今日もジュリとメルパ、危険な美少女二人組が動き出していた。隣室に集まった楽団員にメルパと横笛のジュリが今回の計画の概要を話し始めた。
「…そう言うわけで、エスパルの裏社会では、毎年数百人の人間が行方不明になっている。ある時はドラッグの運び人として、ある時は女性や子どもが法律の穴を使って国外に売られていき、そして今回のターゲットはこの悪人たちです」
メルパの合図で、楽団員の眼のコンタクトレンズスクリーンに、数名の企業の社長たちの顔が映し出された。今度はジュリが話出す。
「1人目が疲労回復のサプリメントだと偽ってドラッグを売っていた健康会社の社長、2人目がインチキカジノのオーナー、3人目が遺伝子研究所のガロア博士。3人とも悪事の証拠が昆虫メカの盗撮によって証明されています」
「ところで非合法ドラッグやインチキカジノがひどいと言うことはわかるけれど、その遺伝子の研究所って何をしたんですか?」
1人の質問に、ジュリが早速答えた。
「若くて健康な男性たちが、知らぬ間にドラッグの中毒患者にされ、ギャンブルの罠にはめられ、あるいは犯罪組織の陰謀で身動きが取れなくなり、ガロア博士の研究所へと売られて言っています。そこはもともと開拓民のための遺伝子治療や体質改善のための研究所でした。でも、今は裏金を使って恐ろしい実験が行われている。その研究所から命からがら逃げだすのに成功した男が、この間私達のグループに逃げ込んできたのです。かれは数枚の貴重な写真を持っていました。それがこれです」
「キャー!」
楽団員がコンタクトレンズに移った映像に震え上がった。それは遺伝子操作された奇怪な生物や、怪物化したビーストメタルの人間の姿であった。
「なんなの、これ?!」
「これが、人間なの?ひどい、ひどすぎる…」
「遺伝子工学によって作り出された戦う怪物、人間の知能を持つ生物兵器です」
楽団員たちの声が、今度は怒りに震えた。
「…この怪物と化した若い男性は、巧妙な罠とも知らずにドラッグやギャンブルの深みにはまり、多額の借金を背負わされてこんな実験に利用されてしまいました。彼には家族も、帰りを待つ恋人もいたそうです…。そして現在も実験体として2人の若者が研究所に拘束されています」
そこで何も知らずにつれてこられたサム・グリーンと、ニック・ブルーという2人の若者の顔写真が映った。この2人も怪物にされてしまうのだろうか?!
「はやく助け出さないと、彼らも取り返しのつかないことになってしまう…、こんなことが許されるのでしょうか?そしてこの家事の経営者をはじめとする3人の犯罪者のほかに、もう1人の黒幕がいるらしいのです。そして昆虫メカの盗聴によれば、この3人と黒幕が今度の宮中晩餐会に全員そろうらしいのです」
すると、再びメルパが訴えた。
「今度の仕事は簡単ではありません。無理にとは言わないわ。帰りたい人は帰っていいのよ。誰もそれを攻めたりしない。でももし、私達の考えに賛同してくれるなら、できる範囲でいいの力を貸して!お願い、奴らはこうしている間も弱い人間から搾取し、のうのうと暮らしている。あなたの力が必要なの!!」
天才的頭脳を持つメルパの説得力は凄かった。誰一人帰る者はいなかった。
「でも、メルパ様、かいざーパレスのセキュリティは完璧だと言われています。気付かれてしまうのではないでしょうか?」
するとメルパは自信たっぷりに答えた。
「3つの方法で対策を立てています。1つ目は、かいざーパレスのセキュリティを徹底的に分析し、開発された新しい昆虫メカが、かいざーパレスのセキュリティーシステムを根本からひっくりかえすってこと、2ッ目は暗殺ターゲットの全員にある方法で発信機を取り付け、どこに移動しても、正確に居場所がわかるってこと、3つ目は証拠を消したり、アリバイを作ったりする、新しいメカが完成したってわけ」
その詳細をメルパが話出すと、みんなの緊張がみるみる解けて行った。
特に3つ目のアリバイを作るカゲロウというロボットの説明はみんなを安心させた。そして最後にジュリが、一人一人の暗殺武器の最終確認を始めた。
とどめを刺すのはあくまでジュリで、楽団員は睡眠薬などのはいった毒針等をうつのである。楽団員たちの楽器にはメルパの高度なメカが使われており、相手に近づいたり、自分で毒針を刺したりする必要はない。
「ゾフィーやレイチェルたちのバイオリンとビオラには隠し針が仕込んであるほか、ロックオンしておけば演奏しながら毒針を打ち出すことができるわけ。今日はもう一度安全装置と、ロックオンの手順をおさらいしておきましょう」
ジュリが考案、監修し、メルパのロボット工房で仕込んだ暗殺武器は秀逸だった。見た目や重さもほとんど変わらないのに毒針が仕込んであったり発射装置まで付いているのだ。何より凄いのは、楽器の音色が仕込んだことにより、かえってよくなっていることだった。
エリーのチェロとマヤのコントラバスには絞殺用の蛇メカが仕込んであり、チェルシーたちのトランペットは強力なロックオン吹き矢、さりーたちのサキソフォンやホルンからは、無味無臭の睡眠ガスが噴き出す。
メリルたち木管楽器のフルートやクラリネットには、睡眠薬と高度な人工知能を持った昆虫メカが1台ずつ仕込んであり、離れた場所の暗殺や、時間指定の暗殺などが可能だ。
そして昆虫メカの開発者であるヴァイオリンのメルパは常に数種類の昆虫メカを自在に操り、ジュリは、何本もの横笛に仕込んだ特殊な刃物で、音もなく近づき、直接悪人に裁きを下すのである。
やがて時間になり午後の練習が始まる。楽団員の怪しい動きを知りながら、何食わぬ顔でマイスターゲルバーが指揮棒を持って入ってくる。
「午後は、後半で新しい曲もやります。もう皆に楽譜が配信されていると思うが、今度の宮中晩餐会で、急遽、英雄の砦ともコラボすることになりました。曲名は…ええっと…、キンドラ・マキンドラだ。いいね」
「はい」
「ではまず、海の交響曲からいくよ」
そしてオペラハウスには、美しいシンフォニーが流れだすのであった。
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